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宗派とお墓について

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義父が数年前にお墓を購入しました。
実家から近くとても見晴らしが良い所でした。

義父は末っ子なので分家になります。家系は天台宗ですが購入したお墓は日蓮宗だそうです。葬式も日蓮宗でやると言っています。

主人は長男なので私達もそのお墓に入ると思います。先祖代々の決めた宗派をコロコロ変えても良いものですか?

あと離婚し名字をそのまま変えていない義妹もそのお墓に入れると言っています。大丈夫ですか?


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

大丈夫です。

そのお寺の宗旨宗派でお勤めするのなら、
またそのお寺の御住職がOKなら、
宗旨替えに問題はありません。

銀行の口座をイメージしていただければ、
分かりやすいでしょうが、
どの支店のATMでも繋がるように、
お浄土にいらっしゃるご先祖さまには、
どの宗旨宗派だろうが、
お墓だろうが、お仏壇だろうが、本堂だろうが、
逢うことはできるのです。

「倶会一処」
どなたとでも同じところに一緒に居ます。

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 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱サラし、親戚筋の超覚寺に入寺、45歳で住職継職。  遺族の分かち合いやお悩み相談などグリーフサポート活動を続け、お寺の掲示板による法語伝道にも尽力している。カープ坊主の会会員。
こちらに法事が入っていなければ、ご希望の日時に相談させていただきます。 想いを吐き出しても、あなたの環境は変わりませんが、あなたの気持ちは変わっていきます。 どうぞ安心してお話しください。

魂の無い墓はただの石塔

これはアナタに申し上げるのではありませんのであしからず。
昨今のお墓問題に一言申し上げたく一筆奏上いたします。
お墓を立てるというのは、そこに故人とのお誓いが無ければただの石塔に過ぎません。
仏教行事、仏教儀礼としてお墓を立てて供養するということは、そこに魂が無ければいけません。
仏教ソウル。悟りソウル。ブッダソウルがそこにあるかどうか。
菩提心という言葉をご存じでしょうか。
お寺でお墓立ててOK~ではないのです。
菩提を弔う、菩提を成ずるとは、菩提を円満するとは「あなたの問題」なのです。
墓石を立てると共にそこに仏教的誓願を立てるのです。菩提心を石塔、供養塔として建立することではじめて供養になるのです。
引っ越した。あ、オランちの近くに寺あった。いい場所ゲット。これでは個人も先祖も浮かばれません。
立てる人をはじめ、守る家族がそこに菩提心という悟りや仏の誓願を成し遂げる気持ちがないと宗教でも仏教でも何でもなく、ただのお墓立てればOK思想です。だから心が救われないのです。散骨なんてもっとペケです。何もなくなっちゃうんだから。樹木葬?NO。(丹下の個人的意見です)
ではお墓ならいいのか?いいえ、そこに菩提心という誓願を立てる気持ちが無かったらそのお墓も残された人も開眼されていません。
仏教でお墓を立てるって何の為でしょうか。生きながらに心が本当に安らぐことです。生老病死から救われることです。そのためには悟りを求める請願をこそ立て直しましょう。
仏道を求めてください。そうすればあなたの疑問は全て晴れましょう。
聞こえますか?石塔が、泣いてますよ。
「私が亡き後あなたは如何に生きるのか。何ゆえに仏事としてお墓を立てたのか。ならば誓願を立つるべし。無上菩提を求める請願を立てて、道を求めてこそっ本当の供養となる。」私は先祖や先亡さま、尊敬する人のお墓の前でそれを感じました。

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お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

みんなで大切に守って下さい(^-^)

現代って、本当に様々な納骨法があります。
樹木葬…バルーン葬…散骨…
元々土葬だったのが火葬に変わってます。

案外「こうじゃないといけない」ってこと、少ないんですよ。だから大丈夫!

宗派も、広く見れば同じ仏教。
狭く見ても、天台宗は朝念仏夕題目というくらいすべてを含んでるので、そこから日蓮宗ということなら無関係ってわけでもないですよ(^_^)(少し乱暴な言い方かもですが)

見晴らしのよく、居心地よさそうなお墓とのこと。一族みんなで大切にして下さい。
誰も納骨されてなくても、先祖の供養塔なのがお墓です。合掌

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困っている人や悩んでいる人にとって、仏さまの教えが少しでも良薬となれることができればと思います。 そしてこの縁によって仏教の良さを知って頂けるととても嬉しいです。

日蓮宗からの視点で失礼します

こんばんは初めまして普門院の武田でございます
宗派を変えるという事は義父さんは思うことがあっての事だと思います。
もし、納得できないのでしたら、旦那様にご相談してみては如何でしょうか?
お墓の問題は後回しにすると後々問題になっているお檀家様がよくいらっしゃいます。
その日蓮宗のお寺に話を聞くのも良しですし、お参りしてみてお寺さんの好きになれそうな所を探して見てください
お寺からの意見ですと宗派をころころ変えるというのはお檀家様の責任ではなく、皆様に満足して頂けなかったお寺の責任と思っております。
変えたからといってご先祖様を敬う気持ちは変わらないと思います。色々なご縁で今回日蓮宗のお檀家様になった訳ですが、本質は先祖供養でございます。そこをお忘れなきよう

義妹さんについてはそこのお寺さんにご確認ください。昨今の事情ですとおそらく大丈夫だと思いますが…
墓相学等気にしだしたらきりがありません、ご実家で、ご自身で出来るお墓、お寺とのお付き合いをお探し下さいませ

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個別相談可能
日蓮宗の僧侶をしております 祖山での修行、荒行を終え現時点での精一杯でお答えさせて頂きます まずは自分を好きになること、今の自分貶すのは仕方なくても今までの自分は認めてあげること 人生はピンポイントで見ると悲劇だけど、大局的にみると喜劇であるbyチャップリン 迷う時を凡夫と名付け悟る時をば仏と名付く 皆様のお悩みを一緒に考え少しでも悩みの手助けをできたら幸いです お寺に興味がある、個人的な相談が…とありましたら遠慮なくご連絡下さい 一緒に頭をひねってがんばりましょ!
九星気学や厄除け、憑物など。 個別相談は、hasunohaオンライン相談より受け付けています。お寺へ電話をいただいてもお返事しかねます。 またお越しいただいてのご相談は予約制となっております。

質問者からのお礼

みなさま回答ありがとうございました。
私も主人も宗派にこだわりはないので義父に任せます。
銀行のATM分かりやすかったです。大切な事は供養する心なんですね。お墓の悩みが無くなりました。子供たちにも伝えていきたいと思います

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