興味と情熱が長続きしません。
タイトル通りの悩みです。
やりたいことがたくさんあります。語学、美容、遊び、仕事のスキルアップなど挙げればきりがないです。
ですがそれに着手した途端、興味が消えてしまいます。
それではだめだと思うので続けようとはするのですが、だらだらずるずると続けていくので成長はしません。
どうしたら最初から最後まで、物事に集中できるのでしょうか。
元は興味のあったことなので、続けられないことが疑問で仕方ありません。私だけでしょうか。みんなどうしているのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
🌼花びらはそれぞれの方向を向いてそれぞれ光を授かっている
「一本のフランスパンを一回で食べきる事は難しいが毎日少しずつなら確実に消費することができる」
あなたがいっぺんに沢山やろうとすれば当然無理が生じます。
私もギターを弾きますが、長い時間続けるには、play「しなければならない」より「したい」がないとできません。
「釣り人は魚が釣れなくても一日中針をたらすことができる」
物事への集中力は、ただ集中力だけが表面にあるのではありません。
根底に「好き」があるか。「楽しめる」があるか。そのほかの「授かり」が見いだせているか。
私の場合の爆発的集中力は、must と enjoyです。
たとえばこのhasunohaもある時点から質問者への全回答を志して今日まで来ていますが、それは質問者さんと、それをご覧になる方々に喜んでもらいたい、納得してもらいたい、仏教の素晴らしさを分かってもらいたい、この世に救いがある事を分かってもらいたいが為です。同時に私自身があらゆる困難に打ち克つ力を持つことができる喜びです。
「新聞配達員は配達中、新聞配達だけをやっている訳じゃない」
当山の坐禅会にお越しになられている70を超える新聞配達員の女性は、配達中もただ新聞配達をしているわけではない、とおっしゃっておられました。この言葉に学ぶべきことはおおいにあると思います。
つまり、あなたは、ただ、それ❝だけ❞をしているから楽しめないのではないか?
あなたがそれをやるという事がそれオンリーにしてしまっていないか。
出逢いやつながりや発見や向上や没入や熟考や自分を知るということだってあります。
花には、花びらがあるでしょう。一つ一つの花びらを他方の光に向ける。
そこで見つかる発見は無限にあります。長く持続させるためには、別方向の価値も授かりを見出して楽しむことですよ。
モチベーション維持のために
つちふまず様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
「地に足付いていない」という思いの心境が、「つちふまず」というニックネームにも表れているのでしょうかね。。
他の皆様もおっしゃっておられますが、まだ10代、心配はいりません。まだまだお若いのですから、色々なことにチャレンジして、学ばれて経験していくことも大切ではないかと存じております。
歳を取っていけばいくほど、そうは無理ができなくなって参ります(実感中)。今のうちに色々と試される中で、やがてこれだというものに出逢われたら、きっと継続していくこともできるのではないかと存じております。
ただ、モチベーションの維持へ向けては、幾つかのことを意識して取り組む必要もあるかとは存じます。
一つは、目標を明確化させることです。それも到底実現不可能なものでなく、また、あまりに先となる長期的なものでなく、自分の実力、努力にて可能となる範囲内で、短・中期として、例えば、一ヶ月毎、三ヶ月毎、半年毎ぐらいずつに、それも手帳やスマートフォン・携帯の予定欄やメモ欄に明記しておいて、常に意識できるようにして、その目標を達成していくごとに、何か自分へのご褒美も考えておいて、一つ一つ充実感・達成感がもたらされるようにしていくと良いのではないかと存じております。
二つ目は、あまり無理はせずに、休息や気分転換を適宜に入れることです。頭も身体も情熱という熱を出し続けて進めようとしても大変で、やがて疲れきってしまいます。時には熱冷まし、クールダウン・冷静になることも必要です。
三つ目は、あまり他と比べて劣等感や自己嫌悪に陥らないように注意して下さい。自信を失う原因となり、モチベーションも一気に低下する恐れがあります。下記の各拙回答も参考にして下さい
拙回答一覧・タグ「比べる」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/比べる
四つ目は先生、先輩・後輩、励まし合う友だち、ライバル等、人間関係を良好に保つことです。
この人間関係の悪さにて、学校や職場など色々な場面で悩みを抱えられてしまっているご質問も本当に多くございます。人間関係のつまづきも大きくモチベーションに影響致しますので、誠に注意が必要かと存じます。
善処を祈念申し上げます。
川口英俊 合掌
色々と試す事です。
洞然坊の大橋です。
色々な事試して見て、嫌ならやめる。又興味有る物見つけ、試みて見る。此れの繰り返しで
良いじゃ無いですか?やがて試みた事、必ず役に立つことありますよ。飽きても良いから、私は色々な事、チャレンジする事が大切な気がしますよ。
単純な回答でごめんなさいね。
諸行無常のこの世ですから
やりたいことがたくさんあって、興味は持つけれど長続きしない。
そういう悩みをお持ちなのですね。
私もそういう悩みを同じように抱えているのだと思います。
あれほどやりたいと思ったものが、取り組もうという段になると、取りかかれない・興味を失っている。
本来なら、やり始めたら、そのことに最後まで集中し、やり遂げることが望ましいでしょう。
現に、そうやってやり遂げることができた人のことを何かで読んだり、話を聞いたりすると、自分もそのようにやっていきたい、やれるはずだと意気込んでしまいます。
でも、人の興味や関心は、長く続かないと言うことも実に多いですよね。そういう例も数え上げればきりがないでしょう。
「諸行無常」という教えがあります。
いつまでもそのまま続くものはないのです。
変わってゆくからこその世界もあるのですよ。
たぶん、興味が持てない、長続きしないということを、あなたはマイナスの面ばかりでとらえておられるのではないでしょうか。
でもプラスの面もあるのです。
ブラスの面に目を向けていくことも大切なことだと、私は考えています。
続ける事で今の自分にはわからない感覚が生まれてくる
つちふまずさん、こんにちわ。一妙寺の赤澤と申します。
どうすれば最後まで物事に集中できるかというお悩みですが、世の中は「素敵」と思われるものには手間ひまがかかっているという法則があります。
例えば、私のお寺にはホームページがあります。これだって一朝一夕にできたものではありません、多くの失敗や発見を繰り返し少しづつ更正しています。今、振り返ると設立当初のホームページは「なんじゃこりゃ!?」というものです。でも手を加えることによって、だんだん良いものになります、その進化が楽しく気付けば長続きしています。
なので「体験すれば、少しだけど前に進める」という感覚をまずお伝えしたいと思います。
次の強みは「人間はどんなことでも続ければ慣れる」という法則です。
マラソンだって、荒行だって、刑務所生活だって人間は慣れることができます。
同じ内容の訓練でも昨日より、今日のほうが楽にこなせる。それは慣れてるから。
この慣れこそが最強です、習い事がどんどん楽しくなります。
よい師に出会いますように。
質問者からのお礼
大橋様、返信ありがとうございます。
いいんじゃないかというお言葉に少し気持ちが楽になりました。
吐き出したことで心も少し整理できたような気がします。
ありがとうございました。
皆様ご返答ありがとうございます。
まさかこんなに反応がいただけるとは思っておらず、戸惑うような、うれしいような気持ちです。
やさしい言葉であり、強かさを感じる言葉ばかりです。
視野を広く、気を長くやりたいことを楽しんでみたいと思います。