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修行について

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有り難し有り難し 27

私の実家はお寺です。
民間企業で働いていたのですが家族や檀家の方々のことを考え、急遽地方僧堂へ修行に行きます。
実家は継がなくて良いから好きに生きなさいと言われ、自分のことしか考えずに生きてきました。お寺の息子でありながらお寺のこと、仏教に関しての知識はまったくありません。
こんな私でも檀家の方々を導けるのでしょうか?
最後に上山前に最低限覚えること、心構えなどを教えていただけると幸いです。

2021年3月1日 12:18

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

導かれる者になりましょう

ご相談拝読しました。修行頑張って下さいね。応援しております。

>こんな私でも檀家の方々を導けるのでしょうか?

とご心配です。

大丈夫です。導くのはあなたではありません。仏の教えです。だから何よりもあなた自身が仏の教えに導かれる者になることが大切です。あなたのその姿が檀家さんを導くことになるかもしれません。

それに逆に檀家さんがあなたを導いて下さることでしょう。檀家さんからの疑問や要望に丁寧に向き合ってみることです。知識を得てくると、なんとなくごまかしつつ答えることもできてしまうかもしれません、それで生活も回っていくのなら問題ないと勘違いをしてしまうこともあるかもしれません。でもそれは宗教者として一番危ういことです。あなた自身が持つ疑問や違和感も大切にしていきましょう。

おそらく宗派が違うのでアドバイスもしにくいのですが、とりあえず釈尊の生涯については学んでから修行に行かれてはいかがでしょうか。これからともに学んで行きましょうね。

2021年3月1日 13:49
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有り難し
おきもち


はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...
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こんにちは。曹洞宗です。

 社会人として働いていたが、家族や檀家さんの事を思ってお寺を承継することにしたのですね。その決断はとても重く、大変だったと思います。

 私もお寺の子供として生まれましたが、仏教とは関係のない学部に入り就職もしました。27歳まで働いていましたが、あなたと一緒です。何もわからずに本山に安居する事になりました。

 檀家の方々を導けるかどうかと不安のようですが、先に回答してくれたお坊様もおっしゃっている通り、導くのはあなたではなく仏さまの教えです。私たち僧侶は、仏さまの代弁者なのです。

 僧堂へは特に知識がなく行った方が良いと思いますが、お近くに最近同じ僧堂の出身者がいたら、様子を聞いたりお袈裟の付け方や応量器の使い方など教えてもらっておくといいでしょう。いなければ無理をして他の僧堂出身者に聞く必要はありません。僧堂や指導者によって違う事もありますので。

 私が僧堂で苦労したのは、入った時に頼れる仲間がいなかった事です。同じ学校を卒業した者どうしが助け合っている様子を見てはうらやましく思っていました。でもね、実は後から聞いてみると、ほとんどの人が私と同じ感想を持っていたんです。つまり「同じ学校を卒業した同士の仲間」がいた人は少数派で、ほとんどの人が私と同じように何の知識もなく頼れる仲間もなく上山した人たちだったのです。
 一緒に修行した仲間は、将来にわたり強い絆で結ばれたかけがえのない友になりますよ。

 仏教に関する知識などですが、私が本山にいた頃は、坐禅・法要・掃除が中心で、仏教の教えに関する座学の時間は少なかったです。そのような事は帰ってきてから学びました。年に一度お坊さんの研修が義務づけられており、とても勉強になります。また任意の研修会もあるのでそれにも参加すると良いですね。

 参考になったかどうかわかりませんが、僧堂にはたくさんの理不尽があります。あなたの持っている全ての自尊心を捨てて僧堂の門をたたく事だと思います。

 私が本山に行く前に読んだ、本山修行の様子を書いた本を紹介しておきます。
 https://www.amazon.co.jp/dp/4101231311
 本山修行の様子を映画にしたものもあります。
 https://www.amazon.co.jp/dp/B0002U8NRU

2021年3月1日 15:41
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有り難し
おきもち


・曹洞宗/静岡県/50代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが、...
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質問者からのお礼

光禪様、文法様
回答していただきありがとうございます。
仏の教えに導かれる者になれるよう精進して参ります。
修行は不安しかありませんが、頂いたアドバイスを活かして立派な僧侶になりたいと思います。

「仏教における修行」問答一覧

彼氏が修行中です

 私の彼氏が先月から總持寺に修行に行っています。彼氏が修行に行ってからいろいろと疑問点が出てきたのですが、100日過ぎるまでは彼氏と何も連絡を取ることができないので、ここで質問させて頂ければと思います。 まず、具体的に雲水さんは毎日どのような生活をしているのでしょうか?1日の中で、朝課と晩課、食事とお風呂以外なにをしているのか分からないので、總持寺に修行に行った方以外でも修行していた時どのようなことをしていたのか教えて頂きたいです。 また、週に一度くらいのペースで参拝をし晩課を見させて頂いていて、たまに誰も他に見てる人がいないときがあり少し気まずい時があるのですが、朝課や晩課はあまり頻繁に見に行かない方がいいのでしょうか?朝課や晩課をしているお坊さん方はあまり見られると嫌な気持ちとかにならないですか?頻繁に見に行くのが迷惑じゃないか心配です。 シンプルな疑問なんですけど、修行に行くと煩悩がなくなって性格とか変わってしまうのでしょうか?私の彼氏は修行期間が1年半で、やはり毎日の厳しい修行を乗り越えて帰ってきた時はひとまわり成長しているんだろうなと思うのですが、あまりにも煩悩がなくなって性格が変わりすぎていたらどうしようと思ってしまいます。 また、彼氏が修行に行ってから私も坐禅してみようと思って毎日寝る前坐禅してみているのですが、どうしても雑念ばっかりで頭を空っぽにすることが難しくてできません。コツとかあれば教えて頂きたいです。 どなたかご回答頂けたらとても嬉しいです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 23
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八正道実践のアドバイス

本件急ぎませんので、お手すきの折にご確認頂けますと幸いです。 何卒よろしくお願い致します。   ■質問 ①得度前と比べて、八正道の実践が上達している実感はあるか ②八正道の実践における、具体的な行動例とは(心がけ以外) ③八正道を実践する上での「難しさ」と、その対処方法は何か   ■仮説(想像です…) ①得度前と比べて、八正道の実践が上達している実感はあるか ・ご実感は「ある」のではないか ・筋トレと同じで、徐々に筋肉つき、サボると落ちるイメージか?   ②八正道の実践における、具体的な行動例とは(心がけ以外) 【正見】仏教を勉強する、見分を広め固定観念に気付く、瞑想する等 【正思惟】モノや人間関係や思い込みの断捨離をする、慈悲の瞑想する、感謝日記かく、怒りは深呼吸する等 【正語】うそ、悪口、おべっか、無駄話NG。言葉は大切にする等 【正業】殺さない、盗まない、不倫・浮気しない、人に迷惑かけない、菜食試してみる等 【正命】仕事がんばる、規則正しい生活する等 【正精進】煩悩を誘発するものと距離を置く(スマホ、酒、繁華街etc.)、良い習慣は継続する(笑顔、気持ちいい挨拶、募金etc.)等 【正念】瞑想する(観察型)等 【正定】瞑想する(集中型)等   ③八正道を実践する上での「難しさ」と、その対処方法は何か ・「正しさとは」で迷う⇒経典を参照したり、師匠に相談する 等?   ■質問の背景 ・四法印や四諦の理解が少しずつ進み、八正道に興味が出てきた ・しかし具体的に何をすれば良いか、すこし分かり辛い印象がある ・なので、稚拙ですが、いったん具体的な行動例を書き出してみたもの ・その他具体例があれば、是非アドバイス頂きたい(無数にある?) ・実践面での工夫や困難等、お坊様のご助言をぜひ頂きたいと思った ・また、そもそも上達(?)する性質のものか、気になっている   以上です。 いつもご回答頂き、有難うございます。     師走のお忙しいところ、重ねての質問で大変恐縮ですが、お手すきの折に、どうぞよろしくお願い致します。  

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夏休みを利用した参禅の可否について

こんにちは 私は現在海外の大学にて哲学を学んでいますが、その興味の分野はもっぱら西田幾多郎や鈴木大拙などの俗にいう「東洋思想」にあります。そこで私は大学の夏休みを利用して、臨済宗のお寺に数ヶ月間参禅したいと考えているのですが、そういった短期の修行は可能なのでしょうか?また、もし可能であれば鈴木大拙の思想を深く学べるところを紹介していただけると幸いです。 上記の質問だけだとただ思想に魅了されただけの青二才という印象が否めないので、もう少しだけ「禅」を志す理由を明記させていただきたく思います。 私は幼少期の頃から嗜んでいた少林寺拳法と、中高で出会った先生方の影響により教育者になることを志しています。しかし現代教育におけるあまりにも多くの問題はロゴス的思考力ばかりを求め、心のあり方や感覚などのレンマ的なものを忘れ去ってしまっているように思われます。学問とは本来「学ぶことの楽しさ」を追求すべきなのに成績や偏差値と言った数字だけで縛りつけ、「合理的」という一点のみを求めてただの点取りゲームのようになってしまっている現状は、「歪んでいる」としか形容ができないものです。 「禅」の教えが、それは古くから日本文化が、そして日本人が慣れ親しんできた教えですが、そうした教えが「歪み」を直し、子供たちに「学ぶ」ことの楽しさや「健全な心」の育み方を教える大きなヒントになるではないかと西田幾多郎や鈴木大拙の著書を読んで感じ、より彼らの思想への理解を深めるために、修行をしたいと思い立ち、現在に至ります。 教育者を志しているので出家をし本格的に臨済宗の僧侶になることはいささか迷いがあるのは事実ですが、それでも自らの思想を育み、未来の少女少年たちに「禅」の教えを、そして「学び」の楽しさを教えることができる人間になれたらと思います、長々と失礼しましたが、何卒ご意見やご紹介のほどをよろしくお願いします。

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人間はなぜ修行しなければ悟れないのか?

ご質問させて頂きますハルソラと申します。 私は禅の思想に感銘を受け、座禅修行を念頭に日々の生活を送っております。 多数の書物やお話から理屈では「なるほど悟りとはこのようなものか」と理解しつつも、お坊さまはご存知の通り、頭の理解でどうにかなるものではなく悪戦苦闘の日々です。 そこで私はふと思いました。なぜ人間はこんなに修行しなければ悟れないのか?…と。 昔、文鳥を飼っていた事がありますが、文鳥は悟っていると思いました。 すべての行動が「作為なく自然体で、ありのまま」なのです。 例えば、指で突っつくと怒るのですが、次の瞬間に手のひらを差し出すと、怒っていた事はすっかり忘れて手のひらに乗って機嫌良くしているし、 晩年は羽の力も衰えて全く飛べなくなりましたが、そんな事を気にしたり落ち込んだりする様子もなく、シャカシャカと素早く走りいつも通りのご機嫌なのです。 動物植物などはそのように「ありのまま」生きている(…と思う私の推測ですが)のに何故に人間は長い間たくさんの修行をしてやっと悟れるか、あるいはそれでも悟れない、という言わば面倒な存在なのでしょうか? お坊さま方もお忙しい中まことに恐縮ですが、ご教授よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 37
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