hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
2019年のあなたを表す漢字 募集中

懺悔

回答数回答 4
有り難し有り難し 24

現在高二なのですが、私は中学のころ、あだ名を言う、言われるの二つの体験をしました。
私は唇が太く、ぼってりしているのでそのことであだ名をつけられ、また不細工なのでからかわれ、当時は、家に帰ると独りで泣き、鏡を見て絶望し、自分なんかいないほうが良い、と考えていました。そのネガティブな気持ちはつい最近まで続き、もともとの神経質も関係し、苦しかったです。
また、私は、苗字があるレスラーといっしょだということで、プロレスラーというあだ名をつけたり、態度がおっさんぽくて目が丸く大きいということでおやっさんというあだ名をつけたりして、数人とそのあだ名を言い合って笑ったりもしていました。後悔するころには前者は転校、後者は転塾していました。彼女らには、実際会ったりや、メールで謝るなどの行為はもうできませんが、心の中でなんども謝り、またそれがきっかけで自分をかえることができ、今ではネガティブには決してならず、不平不満悪口も一切言わないようになりました。
このことは全て親に話し「実際に謝れないのなら、心でしっかり謝り、罪悪感を持つのではなく反省をしなさい」と言われました。当時共にあだ名を言っていた者にも相談したのですが、彼らは、罪悪感など一切なく、あだ名を言ったのも青春の1ページさ、などと言っていました。
最低な行為をしたことはわかっています。しかし過去は変えれませんし、過去に縛られていては未来でも同じ過ちを犯してしまうかもしれません。そうは思っていても、私は極悪人で、まわりとはけた外れに悪いことをしてしまったのではないかと思い、勉強にも手がつきません。
これから私は、どのように過去の過ちを捉えていけばよいのでしょうか?また、罪悪感を持つことと、反省とは違うのですか?どうか御回答よろしくお願いします。

2014年5月16日 21:35

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

反省は 反映してこそ

反省と言うのはこういう顔( >_

2014年5月19日 0:24
{{count}}
有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

過ちは誰でもするもの

いじめられたこともある者としても解答させて頂きます。
今になって思えば、いじめられた経験は自分を成長させる肥やしになりました。
人は生きている限り過ちは犯すものです。
仏教には時効はありません。
だから生きている間は自分の犯した罪を反省します。
今のあなたは確り反省が出来ているから大丈夫!!
もう二度と同じ過ちは犯さない!!
この決意が大事だと思います。

2014年5月16日 22:32
{{count}}
有り難し
おきもち

有坂脩岳(しゅうちゃん)
『般若心経』を梵語(サンスクリット語)で読める日本でも珍しいお坊さんです。...

思い出したのだから許される

私自身も、かつての同級生に会ったら謝りたいと思う事が多々あります。大和さんは高校二年生という若さでそのような気持ちを持たれるという事は、本当に慈悲深く感受性が豊かなんだろうと思います。

世の中のほとんどの人は、そんな昔の事を忘れてしまうし、誰だって、忘れてしまうことがほとんどではないでしょうか。そんな中、「思い出した」という事は、それだけでかなり前進しているのだと私は思います。大和さんがご自身を「極悪人と思ってしまう」と書かれていましたが、本当の極悪人は「思い出さない人」だと私は思うのです。

大和さんは「思い出した」のですから、もうそのことだけで、充分に反省され、懺悔したのです。思い出し、反省するという「経験」をしたのだ、ときちんとご認識ください。そのこと一つで、大和さんはもう十分に許されているはずですよ。

2014年5月17日 23:02
{{count}}
有り難し
おきもち

住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

「慚愧」

大和様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まだ高校生でお若いですのに、自らの過去の過ち(あだ名の付け合いぐらいは、中高生ぐらいであればよくある悪ふざけの部類で、それほど深刻な過ちではないかとは存じておりますが・・)と真摯に向き合われておられる姿勢、誠に感服させて頂きました。

さて、「どのように過去の過ちを捉えていけばよいのでしょうか?また、罪悪感を持つことと、反省とは違うのですか?」でございますが、仏教では「慚愧」(ざんき)という善い行いがございます。

実は、「慚愧」につきましては、これまでも下記のような問いの各回答にて扱わせて頂いております。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/慚愧

改めて、

「慚」は、自分の心の中にて悪いことを反省したり、恥じたりすることです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/慚

「愧」は、悪いことを恐れたり、または他の者に対して反省や恥じたることを表すことです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/愧

まさに、大和様は、内容を鑑みさせて頂きますと、この度は十分に「慚愧」という善い行いをなさっておられます。

もちろん、この「慚愧」することから、更に、二度と同じような過ちはしないこと、相手に会うような機会があれば、反省や謝罪の思いを伝えること、もしできることがあれば償いを行うことも大切なことにはなります。

ただ、あだ名の付け合いぐらいで、そこまでしなくても・・という意見も恐らくは多いのではないかとは存じます。

今回のことは、これからの善い行いを進めていくことにも活かして頂くとして、一つは、他に迷惑を掛けない、自分のされて嫌なことはしないという善い行い(代表的な十善)と、もう一つ、苦しみ困っている者がいれば積極的に助けていく、施していくという善い行い(慈悲・利他行)と併せて、努め励めるようになさっていかれるとより良いのではないかと存じております。

川口英俊 合掌

2014年6月5日 14:46
{{count}}
有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

「過去の罪・過ち・懺悔」問答一覧

過去の自分の過ちへの囚われをなくしたい

40歳で結婚し(初婚)43歳で出産しました。仕事は主人が営んでいる会社(従業員5人ほど)で役員として働いています。 主人と知り合う前、私は最低な人生を送っていました。その頃の仕事は順調だったのですが、男性と付き合うというスキルが低く体の関係になるのは早くても付き合いに至らなかったり結婚している人と体の関係を持ったりともう思い出すだけで吐き気が催します。(寂しさからだったのかすぐに男性を受け容れてしまっていました) 20代の時10年ほど21歳離れた人と俗にいう「パパ」のような感じで付き合った経験が恋愛のスキルを低くさせたとも思います。 そんなことをしてきた私が主人のおかげでまともになったと思っているのですが、(主人は私の過去は勿論しりません)私がそんな人生を送っていたので仕事で知り合う女性=不倫相手の可能性ありとか今は会社には女性は私だけなのですが、今後女性を入社させたほうがいいという主人の考えにその女性も不倫の対象になってしまうのかとか心ではそうではないことわかっているのですが、どこかで過去の自分が蘇り、主人を信じ切れずにいつもモヤモヤしている状態です。 どうすれば過去の自分の過ちからの囚われをなくすことができるでしょうか。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

過去の窃盗で常に心苦しいです

・友達の小さなおもちゃを盗むことから始まり、文房具屋のペンを盗む、などが幼い頃。 ・小学生の頃は母のお財布からお金を盗り何度も怒られました。 ・高校生の時はクラスの人の財布からお金を抜いて問題になりましたが、やったと申し出ることはしませんでした。 ・社会人になってからは、会社の人のお金3万円を盗り問題になり、自分がやったと申し出ました。その時は父に本当のことを話し、一緒に会社に頭を下げ、お金も用意してもらい返しました。 その後結婚しました。 ・子どもの為に貯金したお金は使い込んでしまい、何度か主人の財布からお金を盗ったこともあります。 ・2年ほど前、パート勤めをしている会社のお金を盗んでしまいました。社長からはお前はやっていないと優しい言葉をかけてもらったりで、職場は辞めず真面目に続けています。疑ってはいるかもしれませんが、お金を返す余裕もない私は真面目に働くことしかできません。 今は人様のお金を盗むことはしていません。 最近、神社仏閣参拝によく行くのですが、こんな私が行ってもいいのか、お願い事なんて聞いて頂けないだろうな、など迷いがあります。 また最近、オーラや守護霊様が見えるような力のある方と知り合ったのですが、自分の過去の悪い行いを見透かされているようでビクビクしています。 いつも心の中がモヤモヤして、とても辛いです。すっきりと楽に生きる方法を教えて頂きたいです。宜しくお願い致します。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

過去の後悔に縛られてしまいます

回答をぜひお願い致します。 後悔で苦しんでます。 私には将来の夢があります。 あと一歩で叶いそうです。 しかし、この踏ん張り時に、過去に行ってしまったことを後悔してしまいます。 それは一日だけ、研修という形でお水のバイトをしたことです。(いわゆるママという方がいるお店です。) 生活費を稼ぐため、作法などを身につける為など考えて、安易な気持ちで研修を受けました。 実際にスタッフの方々も優しく働きやすい場所でした。 しかし、夜の仕事の不安がやはり大きかったこと、下ネタの会話もちらほらあったことなどから、一日目でやめさせていただきました。(お店側には大変ご迷惑をお掛けしてしまいました。) いくら働きやすい場所とはいえ、私が目指している夢はお堅い職業と呼ばれるものであるため、周りからはあまり好ましく思われないアルバイトであることを、世間知らずの私はちゃんと考えていませんでした。 当時の無知で馬鹿な自分をひっぱたきたいです。 ただ、お客様の話し相手をして、お酒を作ってという内容だけだったのに、私の感覚では体が穢れてしまったように思ってしまうのです。 罪悪感に似たような、穢れを背負ってる感覚にも似たようなもやもやがあり、このような穢れを背負った自分は夢を追いかけてはいけないのではと考えてしまうのです。 もやもやした気持ちがない、すっきりした気持ちで夢を叶えたいです。 でもそれは私の自己中な願望であり、周りの人たちはもし私が穢れていることを知ったら、そんなことを望まないのではないかと考えてしまいます。 いえ、実際に思われてしまうのが、私が目指している職業です。 私は自分の夢を目指してはいけない人間でしょうか。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る