hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

生きてる価値が見いだせない

回答数回答 5
有り難し有り難し 325

はじめましてお願いします。

私はちょっとしたことでもすぐ嘘をついてしまいます。
やめたいと思っても、自分に自信がないので嘘で自分をかためなければ人と話もできません。
おまけに仕事もすぐ嫌になり何も言わないで10社以上ばっくれて、同居してる親には会社に問題があるからだと嘘をついて説明してます。
再就職しないとと、面接を受けますが最近落ちます。
今まで異性とまともに付き合った事も無いくせに理想は高いので見かねた親にお見合いの席を設けてもらっても、相手を見てすぐ嫌だと思ってしまいます。
相手もこんな私を好きになんてなってくれないだろうと卑屈な気持ちになります。私は自分に自信が持てず手っ取り早く変わりたくて整形した過去もあれば、資金に困り風俗で働いたこともあります。
そんなんだから性格も曲がってるし、人づきあい苦手で友達いないし、高卒で学が無く資格もなく、見合いの席で相手が友人多そうだとその時点で差を感じダメだと思います。

私は母子家庭で育ち母を守らないといけないのに、心配ばかりかけて散財までして親に300万程の借金までしてます。
それなのに日中寝て家事はしません。
面倒でだるくて死んでしまいたくて虚しくて、親に注意されると謝るどころか口答えして威圧的な態度を取り黙らせてしまいます。
死んだ方がいいと思っても痛いのが怖くて死ねません。
この文章打ってて死にたくなるのにベランダから一歩で死ねるのに怖いんです。

生きてる価値がどうしても見つけられません。
親が大事です。私を心配してくれてるのに。
親がいなくて天涯孤独ならその日暮らしの仕事に就いて、将来の心配なんてしなくてすむのに、どうしようもないって野たれ死ねるのに、誰も私が死んで迷惑かからないのにと思います、死んだ後の親がどうなるかと心配になります。散々私が迷惑をかけてるくせに。
完全に現実逃避中です。

これからどうゆう気持ちでやっていけばいいのか死ぬ勇気も無い私に教えて下さい。
せめて親が生きてるうちは生きて働いて借金返して老後の面倒も見て、親の葬儀をすませたら自分も死ぬのが今の理想です。

勝手にしろよってかんじだろうけど、何か覚悟を持って親が死ぬまで生きて恩返しがしたいので考えを聞かせてください。親に優しくなりたいです。お願いします。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

人はお互いに認め合って生きている。

 僕にも似たような時期がありました。
「この文章打ってて死にたくなるのにベランダから一歩で死ねるのに怖いんです。」
この気持ち分かります。
僕の場合は、駅で線路に飛び込めば死ねる!と思いながら、それが怖くて、必ずホームの一番後ろに立っていました。
今、思えば自分の中の深いところに生きようとする力があって、表面的な頭では死にたいと考えていたことよりも、ずっと大きな力で護ってくれてたんだなと感じます。
 junさんにも、生きようとする力がはたらいてますね。だって、ハスノハに相談しようと行動したのだから。
 junさんは、とても聡明な方ですね。生きている価値が見いだせないとの事ですが、それ正解です。生きる意味は人間に備わったものではありません。
 では、なぜ生きるのか。junさんが、お母様が生きている内は生きていようと思うように、人間は人の縁によって生かされているのです。junさんがお母様を大切に思うように、お母様もjunさんを大切に思ってらっしゃるでしょう。それと同じに、ご先祖様方にとってもjunさんは大切な命です。人間は、自分の中に生きる意味を探しがちですが、実は、他人の喜びこそ、自分が生きる意味です。
 朝、互いに「おはよう」と言う。なぜ、お互い声をかけ合うのか。逆に声をかけないとどうなるのか。
そして、意識的に「ありがとう」を増やすと良いです。互いに感謝する気持ちが豊かになってきます。「ありがとう」とは、「私にとってあなたは大切な人です。」というメッセージです。
人間は、言葉によってお互いを認め合って、そこに自分の生きる意味を感じて生きているのです。

{{count}}
有り難し
おきもち

45歳 独身 銭湯通い 浄土真宗の僧侶だけど、「中観派です」って言って...
このお坊さんを応援する

命はメイクも整形もできない

アンタ、自分に嘘をついていることが自分で分かっていてエラいね。
分析も立派です。人間のダメさ加減もチャンと肯定できている。
小さな人間の小さな評価なんか気にすんな。
どうせ評価されるならあなたが心底惚れる人から評価されるべきですよ。
あなたが救われる方法は、2つあります。
まず、自分と自分の命を別個に考えることです。
十分に心と体を痛めつけて=さんざん命がSOS信号を送ってくれていたのに、あなたが向き合おうとしないのは、あなたが否定し続けてきた過去の自分こそが本当の主人公であると、どこか思い込んでいるでしょう?
ご安心を。命の今の鼓動は、過去のものではなく、今だけのもの。
今の心臓の音があなたが愛すべき最高の友達の奏でる音であり、永遠にあなたを見捨てない本当の自分自身です。
あなたの本当の主人公はあなたの「命」であって、そればかりは整形もメイクも不要。できもしない。あなたはその自分の命を好きになるとイイ。自分の顔とか、好きにならなくてイイ。
今日まで生きてきたこと自体キセキ。それを支えてくれていたのがあなたの本当の主人公の命です。
お母さんも独りであなたを育ててきて、お父さんにぶつけるべき事をあなたにぶつけてしまったでしょうし、あなたもお父さんがいれば本来、お父さんに受け止めてもらったり、ぶつけたかったことをお母さんに当たってしまったりもあったのではないでしょうか。
十分に傷つけあったでしょうから、この辺でもうやめにしましょう。恩は返すべきだよ。死んじまえば母ちゃん、誰を頼ればいいんだい。
お母さんもあなたの強くなりたかったが故のウソや自傷行為は容認してくれているのです。
お母さんだって被害者です。かわいそうです。支えてあげてください。
だけれども、いつの日か、あなたたちは被害者であることを捨てなければならない。
自分を永遠の被害者のままにするのは自分の被害者意識です。
あなたが自分とお母さんとを被害者であることから解き放ってあげましょう。
最後にもう一度
「あなたの被害者意識こそがあなたをダマしている」

{{count}}
有り難し
おきもち

お母様といっぱいお話を

母子家庭で将来的にお母様の面倒を見なければならない、というプレッシャーの中、よく頑張ってこられましたね。整形も風俗のことも、さらりと書かれていますが、ご自身の中で大きな葛藤があったことでしょう。大変だったろうと思います。

>親が生きてるうちは生きて働いて借金返して老後の面倒も見て、親の葬儀をすませたら自分も死ぬのが今の理想です。

という文章に、お母様の事を本当に大事にされていることが伝わってまいりました。
junさんは、今、人生とは何なのか、生きる価値とは何かという人類の大問題に裸で向き合っておられます。これは昔々ギリシャローマ時代の哲学者たちも、もちろんお釈迦さまもイエスキリストも悩んだ問題です。それに対しjunさんはたった一人で考えている、これはある意味凄いことです。凄いことですが、重すぎます。一人で抱え込まないようにしてほしいです。

親にやさしくしたい、という言葉に胸が熱くなります。お母様に「やさしくしたい」と直接言えたらいいですね。ちょっと恥ずかしいですけど…。
親は誰でも自分の子に、医者になって欲しいとか弁護士になって欲しいとかではなく、「生きていればそれでいい」と思われるそうですよ。私もそう思います。生きていればいっぱいお話ができます。仕事ができない今こそ、お母様と家でいっぱいお話をされてはいかがでしょうか。世間的にはそれをもって親孝行と呼びます。

{{count}}
有り難し
おきもち

住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...
このお坊さんを応援する

どんな人も苦しんでいます

人がこの世に生きる以上
金持ちでも
美人でも
誰でも死ぬまで悩みや苦しみはあります。
あなたはどんな人生を生きたいのか
常に自分自身に問いかけ続けて下さい。
誰もあなたがどんな生き方をしたいのか分かりません。
『人生の質は自分への質問の質で決まる』
問いかけ続けて下さいね。
大丈夫!!
きっと見つかります。
私だって見つかるまでにとっても時間がかかりましたよ。

{{count}}
有り難し
おきもち

有坂脩岳(しゅうちゃん)
『般若心経』を梵語(サンスクリット語)で読める日本でも珍しいお坊さんです。...
このお坊さんを応援する

現実を受け入れてから・・

jun様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まず、「生きている価値」につきましては、相対的な価値判断・基準により成立しており、絶対的・決定的なものとしてはあり得ないものとなります。あくまでも様々な「縁」によりてあり得ているもので、もちろん「縁」次第で様々に変化していくものとなります。良くも悪くも、「縁」次第となり、もしも、良き価値判断・基準を望むのであれば、より善き縁をということとなります。

さて、ご質問を読ませて頂きまして、少し自己嫌悪、自暴自棄なお気持ちになられているところもあるのではないかとお察し申し上げます。また、若干、虚栄心にもお悩みのご様子・・実は拙生にも少しばかりそのようなことに陥った時期がございました。

その時期を振り返りますと、将来的な不安や悲観が大きく影響し、自分のことを冷静に見れず、自分を見失っていたのではないだろうかと存じます。つまり、jun様もおっしゃられている現実逃避であります・・

正直、当時の拙生は自分自身のおかれている現実、立場をとても受け入れることができなかったのだと思います。

しかし、やがて否応なくに現実を受け入れざるを得なくなると、どこかで諦めと共に、自分を見つめ直す時がやって参ります。今のjun様ももしか致しますとそうなのかもしれません。

問題はそこからで、ではどうするのかということとなります。

まず、自分の現実を見つめることにより、自分のありようをまざまざと理解し、何が問題であるのかを冷静に分析していけるようにしないといけません。問題が何かが分からないと、当然に解決のしようもないからであります。

実はjun様は既に問題も十分に分かっておられて、そのための解決への道もご自身で提示なされておられます。

「・・せめて親が生きてるうちは生きて働いて借金返して老後の面倒も見て、親の葬儀をすませたら自分も死ぬのが今の理想です。・・」

ただ、そこにできましたら、拙生の希望として、「良い縁もあって、良い伴侶と結婚し、そして子どもにも恵まれて、お母さんに孫を抱かせてあげたい」ということも、宜しければにてお加えを頂けましたら有り難くに存じております。あくまでも、あくまでも拙希望としてです。無理にとは申しませんので、どうかあしからずご容赦下さいませ。

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
このお坊さんを応援する

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ