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今が幸せすぎて来世が不安です。

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タイトルの通り今が幸せすぎて毎夜来世が不安になります。

私には、私たち姉弟を女手ひとつで育ててくれた母がいます。私のことをよく理解してくれて、支えてくれて、寄り添ってくれます。

また、虐待や育児放棄が珍しくない世の中で、特に食事に困ることも無く、外食もたまにできて、お風呂にも入れて、ペットもいます。

本当に私は幸せ者だなと、毎日思います。

そして、バカバカしいことだとは自分でもわかっているのですが、毎夜本当に来世が不安になります。来世の親が厳しい人、または愛情をくれない人だったらどうしよう。来世餓死だったりとても辛い思い、死に方をしたらどうしよう。来世が今の時代のように自由ではなかったらどうしよう。などと考えてしまいます。

まだ来世どころか死んだこともない、15年しか生きてなくて何も分からないはずなのに、どうしても想像してしまい、不安で怖くなってしまいます。

どうしたらこの不安がとれますか?
不安でなくなる事実(?)はありますか?
その道の専門家である皆様に聞きたいです。

よろしくお願いします。

2021年6月24日 3:33

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

幸せを人に施すと、来世も幸せになりますよ。

みみさん、こんにちは。

今が幸せなのですね。それは素晴らしい。
物質的な幸せは浮き沈みありますが、心の幸せは自分がブレなければ永遠に続きます。そのためには、自分が頂いた幸せを、自分も多くのご縁の方にお分けすることです。すると「幸せ」システムは不思議もので、幸せを分ければ分けるほど、自分の幸せが増えていくという不思議なエネルギーがあります。

是非、みみさんも自分の幸せを皆さんに与えてください。そういう生活をしていれば必ず来世も幸せになりますよ。

私も来世も幸せにいきたいので、一緒に幸せのおすそ分け、がんばりましょう。

合掌

2021年6月24日 7:52
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貯金と借金

功徳=善業と悪徳=悪業はそれぞれ貯金と借金みたいなものです。物質ではなく心に溜まるので、前世の残り分が今世に、今世の残り分が来世に続いたりします。
 業はむつかしいので、善いことがあったら善業が出たかな、悪いことがあったら悪業が出たかな、と考える程度で理解するとよいです。現世で片親なのは少し不利なので悪徳の分を返しているのかもしれません。すごくできたお母さまで、お子様もしっかりしているようなので、功徳を味わっているのかもしれません。
 善業も悪業も、遣うと減ります。貯金も借金も減るのと同じです。
 天人は前世の善業を使うだけで、遣い終わったらまた何かに生まれると、餓鬼や畜生や地獄の生命は、過去の悪業の借金を使って返しているだけで、終わったらまた人間などに生まれると、仏教では考えます。
 人間だけが、過去の善悪業を消費しながら、現世で善悪業を作ることもできる、と仏教では言います。
 今のささやかな幸せを消費し尽くすことを心配する必要はありません。苦境の中でさえ善行為はできます。ましてや、心だけは穏やかでいられる今、工夫すれば、功徳貯金は作り放題です。
 ただし、功徳を作る、善業を増やすには注意が必要です。善に群がる邪なものもあるからです。女性が世の中のために善行為をするときは、特に体のせいで、制限や危険もあります。頑張りすぎて自分を壊したり、危険な目に遭わないように、無理のない範囲でするべきだとわきまえておきましょう。
 「悪いことをしない」という善行為は、安全なので、仏教で勧めています。殺さない、盗まない、不倫しない、嘘をつかない、酒や麻薬などは避ける、など、悪をしないように気を付けて生きることがそのまま善で、しかもこれは安全です。悪友などに誘われたら、せめて自分だけは参加しない、逃げる、というやり方です。
 具体的な善行為も、仏教では教えています。子供のうちは、親孝行と自分の勉強(学校の成績とかではなく将来の仕事のための学びと、社会で必要な善悪観念の道徳の意味)の2つだけ。親孝行から広げて、全生命までの慈悲の心を持つ。大人になっても、親のお世話と、仕事などをして家族や世の中の役に立てるように頑張るくらいです。
 心を清らかにすることが最大の善行為で、それができれば来世も心配ありません。私の言葉より、スマナサーラ長老の『成功する生き方』角川文庫などがより的確です。

2021年6月24日 7:45
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初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本...

質問者からのお礼

染川様へ
自分が頂いた幸せを周りの人に分けるという発想がありませんでした。教えていただきありがとうございます。これからは頑張って私の母や祖母、友人に何かしらの形で幸せを分けていきたいと思います。
藤本様へ
今の自分に出来ることは悪いことをしないこと、親孝行をすること、勉強をすることの3つなのですね。教えていただきありがとうございます。この3つを心の中に常にとどめておいて毎日の生活を送りたいと思います。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死にたいのか生きたいのかわからないです

私は10年ほど、死にたいという気持ちと一緒に生きてきました。 きっかけは他の方からしたらきっと些細なことだと思うのですが、 その後人付き合いが上手くいかず、 当時は全く問題なかった人間関係を上手く築けなくなり、 他にも辛いことが重なり、 死にたいと思うようになりました。 生きたい人が生きられない現実がある事もわかっています。 ある時から(プロフィール参照) 私は自分の手で人生を終わらせることが出来るんだ と思うようになり、 いつでも死ねるというのは 私の希望になりました。 ですが最近、死ぬ事が怖くなりました。 自ら命を絶つのが怖いのではなく、 事故でも病死でも寿命でも、 人間いつかは必ず死ぬ、 という現実が怖いです。 こればかりは絶対避けられない現実なのに 怖くて怖くて仕方がないです。 それなのに死にたい気持ちが無い訳でもない。 死にたいのか生きたいのかわからないんです。 今現在私が生きているということは 少なからず死にたくない、 という気持ちがあるんだと思います。 死にたいと思っても、死ぬのが怖い、 だから生きるのもこわい。 こんな矛盾に戸惑っています。 人間はいつか必ず死ぬ事、 どうしたら自分を納得させられるでしょうか。

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不幸になりたくないと願ってしまう

初めて質問させていただきます。 下手な文だと思いますがご了承ください。 私は家族とも仲が良く学校でも特に苦しむこともなく、いわゆる「幸せ」と呼べる人生を送っています。 だからこそだと思うのですが最近、自死を願っている人の事を聞くと、 「もしも私の人生に1歩間違いがあったら私もあんな考え方をしていたのかな…」 と、不安になってしまいます。 今、幸せに生きれている事は偶然の重なりです。 もしも、生まれた場所や時間が違っていたら、「死んでしまいたい」と考えてしまう人生を送っていたかもしれません。 自分が本当にそう願ってしまったら、実際にそうしてしまうかもしれません。それがものすごく怖いんです。 もちろん、その考えをしてしまった人達が行動した理由が、そんな人生を望んでいなくて、限界が来てしまったから、という事は分かっています。 ですが、私は寿命までしっかり生きていてほしいです。 すいません、話がごちゃごちゃになってしまったのでまとめますと、 今、私が思っている事は、 「不幸な人生を送りたくない、でも、今その人生で苦しんでいる人に申し訳ないかもしれない…」 ということ、 私の悩みとしては、 「その思いを少しでも和らげてしまいたい」 ということです。 この思いが少しでも和らげられそうな考え方を、たくさん聞きたいです。

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死の恐怖でどうしても苦しい

以前から同じような相談をさせて頂いており、その度に温かいご回答を頂き感謝しております。 ご回答のおかげもあり、少しずつ死の恐怖を克服していたつもりでした。 しかし、それでも何度も何度もどうしようもなく死の恐怖に襲われます。死ぬことに怯え、泣き、気が狂うような恐怖で、これを感じないためには死ぬしかないのかと、本当につらいです。 自分で沢山考えた結果、私の一番の恐怖はやはり死後が分からないことでした。無になることが一番怖いです。でも、輪廻転生できたとして、宇宙が無くなったら転生は止まるのか?解脱したら、魂は消えてしまう(無になってしまう)のか?など、怖さで考えが段々大きくなり、恐れることがどんどん増えていってしまいます。 死後を考えても仕方がないと、頭では分かっている筈でした。死は逃げられるものではない。だからこそ、死そのものを、たとえ死後が無だったとしても、ありのままに受け入れる姿勢、考え方が大事だと理解しているつもりでした。でも、どうしても、湧き上がる恐怖が勝ってしまいます。 いつか死ぬと理解してから、人生が虚無です。最後死ぬのに、消えるのに、生まれて自我を持つなんて、なんて残酷な世界なんでしょう。なんでこんな世界に私達はいるのでしょう。 どうしたら、死の恐怖を消すことができますか?死を受け入れることができますか? 私はこれから、最後は無になる(かもしれない)ような分からない未知の世界に否応なく行くしかないのに生きて、耐え難い死の恐怖に襲われながら死んでいくしか無いのでしょうか。 乱文かつ感情的で本当に申し訳ありません。どうしようもなく苦しいです。どうか、助けて下さい。

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死ぬのが怖いです

死ぬのが怖いです 私は小学校低学年の頃、数回万引きと、親の貯金箱からお金を盗んでしまいました。 また、小学校6年生の頃には自分がなくしてしまった卒業アルバムの代わりに友達のものを盗んでしまいました。 お金はいつか絶対に働いて返すと心に決めていますし、卒業アルバムは本人に連絡が取れれば返そうと思っています。 しかし、そんな罪滅ぼしをしたところで過去の罪は消えないだろうと思います。 私は最近、死について異様に考えるようになりました。 人のものを何度も何度も盗んだ私は、黒縄地獄に落ちるとサイトなどに書かれていました。 地獄では、様々な苦しみを与えられるそうです。 許されたいなんて思っても、きっと無理なのは分かります。 質問したいことはいくつかあります。 1つ目、死んだらどのような苦しみを受けるのか。 2つ目、どうにか、地獄行きを回避する方法というものがあるのか。 3つ目、その方法とはなんなのか。 夜も眠れないほどに不安で仕方がないです。 人のものを盗んでしまったことについて、今ではどうしてそんなことをしたのか、100数十円しかしないようなお菓子のためになぜ万引きなんてしたのか。とても後悔しています。これらの罪は自分の母親にだけ言いました。それ以外にバレたことはありません。 お願いします。私に上の質問の答えを、わかる限りで教えて頂きたいです。

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幸せを感じると死ぬのが怖い

以前、死ぬのが怖い、そしてこの世界はなんなのかという質問をさせて頂いた者です。その度に暖かいご回答を頂き、大変感謝しております。ありがとうございます。 ご回答や仏教について、素人ながら自分で調べたり考えたりしております。その中で、やはりお釈迦様のように、この世から執着を無くすということは、死の恐怖や今生きていることの恐怖を克服する上で大切だと考えました。 しかし、この世への執着というのが、日々の小さな幸せを感じるたびに増えて行くように感じています。例えば、今日も家族と暮らせたこと。友人と話したこと。ご飯が美味しかったこと。素敵な景色を見たこと。そのような日常の幸せを噛み締めるたびに、大切な人たちと離れたく無い、なぜ永遠に一緒にいられないのか、こんなに綺麗な景色を死んだら見られない、死んだら「今ある幸せ」が消えてしまうのだ…と、死によってそれを失うという恐怖にかられます。魂を信じてみても、自分の肉体さえ今は愛おしく、離れがたく思ってしまいます。 この世への執着を手放すことと、幸せを感じることは共存できるのでしょうか?死という自己意識の消滅の恐怖は、どういう考え方をすれば克服することができるのでしょうか? 今はまだ、死ぬのが怖すぎて生まれてきたくなかったと思ってしまうことが多いのですが、願わくば、それでも生まれてきてよかったと思いたいです。いつも、どうせ死ぬのに生まれた、最悪だ、と思ってしまうので、恐怖を克服することで、本当に心から幸せだと思いたいです。 乱文で申し訳ありません。御助言を頂けると幸いです。

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