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現在妊娠中です。

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初めまして。私は現在妊娠中です。
約2ヶ月後には出産を控えています。

そんな私ですが一昨年の10月末。
中絶手術を受けました。
その頃妊娠3ヶ月。初めての妊娠で相手は今の旦那です。(当時は彼氏)

最初は彼氏(旦那)に産もうと言われ、無知で馬鹿な私はその言葉を間に受け2人で産めるんだと思っていました。
しかし現実はそう甘くなく中絶をしました。
それからは後ろ向きな思いと前向きな思いが交差する様になりました。

そして、もうすぐ1年が経とうかという去年の9月末。2度目の妊娠が発覚しました。

今回の妊娠は前回の妊娠と違い、トントン拍子に話が進みました。
そんな中私は元々決めていた、亡くなった子の供養に1年が経った2日後に相手(旦那)と私の両親でお寺に供養に行きました。
水子供養のお札と安産祈願のお札を書き、お焚き上げをして貰い
赤ちゃん用のお菓子、相手(旦那)が買ってきたお花、私の買った小さなブーケをお供えして手を合わせました。

その時に私は
''身勝手なのは分かってるけど、どうかこの子を連れて行かないで''
と、あの子を殺したのにも関わらずそんな最低な事を思ってしまいました。

今回の妊娠が前回と違いスムーズに話が進み、妊娠も順調に進む中で罪悪感と幸福感を感じました。

''あの子の時はこんなにスムーズにいかなかったのに、''
''あの子を殺した癖にお腹の子を産もうとしてるなんて''

妊娠が進むに連れて段々と動いているのが分かる様になり更に幸せを感じる様になりました。
ですが、それで良いのかとふとした瞬間に良く思います。

手術をしてから月末には必ずお花や、その月に見合った物をお供えしています。
1月ならお年玉だと称して赤ちゃん用のおせんべい。3月なら桃の花。
今は少し早いですが、小さな鯉のぼりを飾っています。

それくらいしか出来ない上にあの子を殺した最低でダメな母親が、約2ヶ月後にお腹の子を産み、本当に母親になって許されるのでしょうか。

水子霊はとても純粋なものだと聞きましたが、あの子は私を本当は恨んでいるのでしょうか?

どうしてあの子は私を選んでくれたのでしょうか?
そしてお腹のこの子はどうして私を母に選んでくれたのでしょうか?

長くなりましたが、ご回答頂けると幸いです。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お一人目の赤ちゃんは、今の状況を導いてくれました。

お幾つで亡くなろうと、
どのように亡くなろうと、
みな仏さまになります。

あの赤ちゃんも、
今では仏さまとして、
見守ってくれています。
仏さまとして一緒に喜んでいますよ。

そう思うことが、
あの赤ちゃんへの一番の供養になります。

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 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱サラし、親戚筋の超覚寺に入寺、45歳で住職継職。  遺族の分かち合いやお悩み相談など地道なグリーフサポート活動を続け、お寺の掲示板による法語伝道にも尽力している。カープ坊主の会会員。

水子もあなたの大切な子どもです。

辛い経験をしましたが、そのことで生命の大切さを知ることができました。
一部の宗教者は「水子は祟る」と教えている方もいますが、私は「絶対に祟らない」と説明しています。子どもが一番好きなものはお母さんだからです。どんなに虐待されてもお母さんを恨もうとはしません。もし不幸なことが起こるのであれば、それは水子を作るような生活をしている自分に原因があるのです。
 あおさんはすでに水子の事を思い反省し愛情を注ぎ供養をなされました。霊界で子どもは喜んでいると思います。そして子どもにかけるはずだった愛情を次の子どもにかけてあげることは一番水子の子どもが喜ぶことなのです。年に一回ぐらいは水子供養をして思いだしてあげてください。そして水子を通して自分の生き方を反省し夫婦子ども共々幸せになる道を歩んでください。それが一番の供養になるはずです。合掌

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個別相談可能
★僧伽(お友達)になりましょう。一緒に仏教を楽しみましょう★ Email;kongozaji@renge.net(気軽にメールしてね!)  直通電話:090-6041-0193(最初はショートメールで) ※※※※※※※※※※※※ 山寺の小さな金剛座寺は10月23日に襲った台風21号で、大変な被害を被りました。大規模な斜面の崩落で客殿が倒壊の危機に陥っています。人生は何が起こるかわかりません。復興に向けて20年努力してきましたが、またリセットになるとは思いませんでした。でもあきらめません。仏さまの教えは「一切皆苦」苦難をなくすことではありません。苦難は必ずきます。それを乗り越える心を作ることが、御仏さまの教えなのです。  ハスノハに訪れる皆さん。私と一緒に人生の苦難に正面から立ち向かい、乗り越えていきましょう。仏さまと共にならば、必ずできます。合掌 ※※※※※※※※※※※※ Email;kongozaji@renge.net 在家から天台宗僧侶になりました。田舎のお寺だからできる新しいお寺ライフを試みて活動しています。特技は手話で現在某大学の非常勤講師で初歩の手話講義をしています。NPO手話技能検定協会理事の役職を頂いて手話学習の普及に努めております。社会貢献として保護司のお役を通して社会更生のお手伝いをしております。 どうぞ伊勢にお越しの際は遊びにお立ち寄りください。また活動は三重だけでなく、埼玉・東京・神奈川などの首都圏、または車でいけるところはどこでも出張で活動しています。仏事のことなら気軽にご連絡ご相談ください。お寺には宿坊もありますので、心のリフレッシュをされたいのであれば、いつでもお泊りくださいね。 私と一緒に、お寺の復興を手伝ってくれる方を募集しています。私とお友達になってください。そして伊勢の山寺をあなたの第二のふるさとにしてください。 ●お葬式や法要、納骨をお受けしております。 エリアは三重・中部・近畿から東京・埼玉・神奈川まで、車でいけるところはどこでも走り回っております。どうぞご相談ください。  (メールが有難いですが、直通電話 090-6041-0193 でもお受けします。なかなか出られないので着信を残してください。またはSNSでご連絡くだされば折り返し電話します。なお電話での悩み相談は10分と決めておりますのでご了承願います) ※もし少しでも回答がお力になれましたら、その感謝のお気持ちを、ご本尊如意輪観世音菩薩さまへのご志納(布施行)でお願いします。ハスノハ活動ができるお寺の維持活動に使わせて頂きます。 ゆうちょ銀行100010-67608891 名義コンゴウザジ 百五銀行多気支店(普)221446 名義シュウ.コンゴウザジ 檀信徒・弟子になって一緒に仏教ライフを楽しみませんか?(檀信徒費志納年1万円) 仏教を人生に活かして楽しみましょう。合掌 

その子はあの子です。

あお様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

優しいあの子は、きっとまた二人のところへと戻ってきてくれたのでしょう。

有り難し。

ご安産、お子様の健やかなご成長を祈念申し上げます。

どうかお二人、仲睦まじく、優しいお子に愛情を精一杯に注いであげて下さいませ。

川口英俊 合掌

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おきもち

最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断しています。 https://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k

自分に相応しい両親を選ぶ

殺されても恨まないなんて生きてる人間の身勝手。恨んでますよ、第一子は。よくも殺したなぁ!と。裏切られた思いでいっぱいです。
詫びるしかない。お詫びの生涯を生き抜く。それくらいのことをあなたはしたのです。
ご質問を拝見すればその思いはじゅうぶんあるようです。また行動にも移している。それを一生続けなさい。安心しなさい。安心しなさい。
第二子が生まれたら、「これはあなたの兄か姉である」と伝え第二子が成人するまで供養を怠らないこと。
そして、これが一番大事なことです。
お子さんは何人ですかと問われたら必ず
「二人います」と即答してください。

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おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

皆様、お忙しい中回答頂き有難うございました。
あの子を殺してしまったのは紛れもなく私自身の心の弱さ未熟さ決意が足りなかったからだと痛恨しております。
それ故に今回の妊娠で強い決意を持つ事が出来ました。

厳しいお言葉、優しいお言葉。
両方とても心に刺さりました。

お腹の子を産んでもあの子を忘れる事なく、あの子への供養やお供えは私の命が絶えるその時まで一生続けて行こうと思います。

良い母親になれるかは分かりませんが、この身の限界まで子ども達に愛情を注いでいきます。

有難うございました。

あお

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ