大好きな女友達に嫉妬してしまいます
大切な友達(A)がいます。
一緒にいると大爆笑できて、悩みも聞いてくれるし、彼女がいたからこそ楽しい青春時代を送ることができました。
でも、私の好きな人がAのことを好きになりました。
その後、私の元彼氏もAのことを好きになりました。
別の元彼氏もAのことをすごく褒めるし、人間的に認めています。
みんな結局、Aを好きになるんだ。私をやめてAにするんだ。
私はAよりとても劣っているんだ。
そんな思いにとりつかれてしまいました。
さらにAも含めた仲良しグループでは、Aをちやほやして、私を三枚目扱いします。Aもそのノリに加担します。それもとても嫌です。
そういうわけで、昔は大好きで、いつでも一緒にいたAのことが、今は嫌いになりかけています。不幸になればいいのに、と思ってしまいます。Facebookの繋がりも勝手に切ってしまいましたし、会う約束をしていたのにどうしても嫌になってドタキャンしたこともあります。
そんな醜い心に支配された自分、Aより魅力的になろうと努力しない自分が本当に嫌いです。死んでしまえと思います。
また昔のように仲良くなるにはどうすればいいのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人間性のファーストクラス
男は単純な生き物です。見た目がキャワイイー♪とかキャピキャピ感、清楚感を高めて愛嬌ふり撒けばワンワンと犬のように美女に群がることはアイドルのおっかけ男子をみれば一目瞭然。
ネットで「男性から好かれる女性」を検索して、あなたもマスターすれば、ああ、なるほど、こういうことネ、と合点納得します。
彼女はきっと男ウケがいい、いわゆる女の敵タイプなのかしらねぇ。
以前読んだ女性週刊誌に長澤まさみさんや永作博美さんは「女の敵」なのだと(笑)書いてありました。男性の世界にも似たようなことがあります。
ですが、ないものねだったり、ヤキモチ妬いても得するわけじゃないし。
あえて称賛、してあげることです。
でも美しい人と、美人は違います。
美しい人は、仏教的には人間性、心の豊かさです。
美人はビジュアル的な美しさ。整形すれば整形美ーになれます。
AKB総選挙で1位になろうが、人気がいくらあろうが、100人と結婚することなんてできません。結局、人気というものの本質は、❝人気❞、人の気を引く、という程度。されど人気。人気があれば影響を及ぼす力となります。それでも我々は、芸能界でもあるまいし、所詮、人の気を引く程度で実生活にはさほど影響力はありません。
あなたは人気者になりたいのか。それとも精神面を高めたいのか。
あなたが何で勝負するか。いや、勝負ではなく、自分の独自性に気づくべきです。
バラにはバラの良さ、タンポポにはタンポポの良さ。
ダリアにはダリアの良さ。蓮の華には蓮の華の良さがあります。ここは蓮の花ではなく、蓮の葉、です。花でなくてもお役に立つことだってできます。
自然界に勝ち負けはありません。
人間だけが比較の心、勝負をしようとたくらむのです。
ビジュアル的な美のファーストクラスではなく、エリカ様もビックリな精神面でのファーストクラスを目指すべきかと。
結論:自分の嫉妬をうちあかせれば失うものはない。嫉妬も打ち明けれれば友情は深まる。
嫉妬 それは 嫉妬している相手に最も知られたくないこちらの感情ですが、それを打ち明けてこそ人間関係は深まる。
輝くあなたを見つけましょう
いろいろと人間関係は難しいですね。
お友達に対し、劣等感を持ってしまったご様子、お辛い事と思います。
あなたはお友達とのその感情に捕われてしまって、
ご自分の魅力を発揮出来ないでいるのだと思います。
難しいかもしれませんが、今はお友達の事はちょっと横に置いておいて
あなたが本当にやりたい事、楽しい事を探してみませんか?
あなたはどんな事をするのが好きですか?
何か夢中になれる趣味はお持ちでしょうか?
小さな事でも楽しいと思える事を、少し真面目に追求してみませんか?
胸を張ってそのことが「楽しい!」と言える理由を目を輝かせて細かく説明出来る程に…。
その時のあなたはきっと輝いています。
魅力的であると思います。
そうなると、もう、お友達に劣等感も感じないのではないかと思うのです。
そしてもう一つちょっと気にすると良いかなってことが有ります。
それは、男性でも女性でも自分以外の人と相対する時にその人の立場や目線、
考え方をよくよく考えてみて、その人が「してもらうと助かる」と思えるであろう事を想像して、ほんの少しだけ、やってみることです。(ほんの少しだけで良いんです)
いかがでしょうか?気が向いたらお試しくださいね。
「うたかた」
泡子様
川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。
「嫉妬」につきましては、これまでにも下記の各ご質問にてお答えさせて頂いております。
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/嫉妬
最近では、嫉妬の対策として特に「慈悲の瞑想」をお勧め致しております。
この慈悲の瞑想と共に、そうですね・・実は、その「泡子」というお名前が既にヒントとなっておりますが、あらゆる全ての存在・事象・現象はまさに「泡」のようなものであると私たちは理解することを目指します。
鴨長明の方丈記の冒頭で、
「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例(ためし)なし。世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。 」
とございますように、まさに仏教の無常観を示す有名なフレーズとして「うたかた」、つまり「泡、泡沫」がここにても挙げられております。
拙生も、泡子様も、そしてお互いに様々に浮かんでは消え、浮かんでは消える感情たちも、実は泡のようなものであり、様々な縁(原因や条件)によって生じたり滅したりと致しますが、実体として、永遠に、永久に有り得るものではないというものとなります。
泡子様の嫉妬も、煩悩、あるいは無明(根本的な無知)を縁として生じてしまうものではありますが、当然に、煩悩や無明というその原因や条件を何とかすることにより、悪い感情を生じさせなくすることが可能となります。
慈悲の瞑想もまさに煩悩や無明を対治していくための大切な一つの方法となりますし、もう一つが「無常」、「空」、あるいは「縁起」ということを理解するのも重要な要素となります。是非、この機会から学びを進めて頂ければと存じております。
また、「比べること」・「自己嫌悪」もこれまでにも下記の各問いにてお答えさせて頂いておりますので、是非ご参照して下さいませ。
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_320135.html
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/tag/自己嫌悪
善処を祈念申し上げます。
川口英俊 合掌