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法事の際に受けた説法が引っ掛かっています

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先日、年忌法要の為に帰省したのですが、そこで受けた説法が今も引っ掛かっています。
その説法とは『身内葬で済ますのは不幸なこと』『親族の傲慢』といった内容で、
(忘れようとしているのか)細部まで記憶していませんが、とある事情から恥ずかしながら非常に怒りを覚えました。

その事情とは、年忌の前日に別の親族が亡くなり、事情から親族だけの葬儀にしていたからです。
つまり、その説法と亡くなられた親族が被ってしまい、
『なんて身勝手なことを言うのだろうか』という怒りがあったのだと愚考します。

ただ、親族の代表として向かった手前、怒りを堪えたものの、未だにお坊さんが唱えられた話が引っ掛かっています。

身内だけの葬儀は悪いことでしょうか?確かに親族や友人、知人を呼んで大きく葬式を行うのが一般的でしょう。とはいえ、それが絶対かというと腑に落ちません。

また、説法を行ったお坊さんとは今後も顔を合わせることになるでしょう。
その時にどう顔を合わせたものかと思うと、辛いものを感じます。
(今は説法に対する怒りの感情というより、疑問が凝り固まっているような状態です。)

不躾な文ではありますが、ご教示願えればと存じます。

余談ですが、出来れば浄土真宗本願寺派のお坊さんのアドバイスを頂ければ幸いです。
もちろん他宗の方のお話もお聞きしたいです。

2014年6月12日 18:25

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

大きいなりの、小さいなりの

見通し未設定さま
はじめまして、なごみ庵の浦上哲也と申します。
私は浄土真宗の高田派という宗派に属していますが、僧侶としての学びは本願寺派の仏教学院に通っておりましたので、参考としてお聞き下さい。

見通し未設定さんの帰省先がどこかわかりませんが、都市部から葬儀の少人数化、簡略化の波が広がっています。

私は今日、全国各地のお坊さんが集まる勉強会に参加してきたのですが、地域によって葬儀の雰囲気は大きく異なるのだな、と感じました。
複数の僧侶が読経し、百人以上が参列するのが一般的な地域。
僧侶は1〜2名で、家族親族で葬儀をする地域。
僧侶を呼ばず、数名で火葬のみ行うのが珍しくない地域、と様々でした。

私も大小さまざまな葬儀を経験しています。私自身の感想としては、大規模な葬儀は大きいなりの、小規模な葬儀には小さいなりの、良い点もあれば、気をつけなければならない点もある、ということです。

見通し未設定さんが不快を覚えたような、「小規模だから不幸、傲慢」とは全く思いません。
たとえ1人でも、心を込めて手を合わせてくれる方がいれば、それでいいのではないでしょうか。いや、その1人すらいなくても、仏さまは暖かく迎えて下さるのだと、私は信じています。

もしかするとその僧侶は、今まで大規模葬儀が一般的だったのに、最近小規模葬儀がポツポツ出てきて、社会の変化に対し焦りを覚えているのかもしれません。
一般の方の気持ちを推し量ることが出来ないような僧侶が存在することに、申し訳なさを覚えます。

2014年6月12日 22:05
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おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

お寺さんとお話しください。

私も本願寺派ではなく、真宗山元派ですが、気になる質問でありましたので、書かせていただきたいと思います。

小さな葬儀が多くなりつつあることを、都市部とはいえない私の寺の近くでも感じております。

お寺さんの真意は、文面だけではよくわからないところもありますが、私なりに補って回答させていただきます。

葬儀には、重要な意味があります。
1,社会的な意味での、周りの人とのお別れという意味、
2,親族その他、個人に関係する人たちが、その人の死を受け入れるための儀式という意味。

最近よく言われている小さい葬儀というのは、「安く済むなら安く済ませよう」という発想から選ばれるような気がしてなりません。

1.については、故人の死を知らせなかったために、後から家に故人のゆかりのある人がたくさんお弔問にお見えになり、かえって大変だったという、笑えないような話を聴いたことがあります。

ある方の死は、親族以外の多くの方にとっても、大きな出来事です。
葬儀は、ある意味で、その死の意味を、故人と関わりのあった人々が共有できる場でもあります。
小さな葬儀の選択は、もしかすると、こういう場を多くの人から奪っているのかもしれません。

2.については、葬儀の大きさではなくて、葬儀に関係する人たちが感じた、葬儀の質の問題かもしれませんね。
充分な儀式をすることがなかった、ということであれば、故人との充分なお別れができなかったと、心の底に思いが残ることもあるかもしれません。

お寺さんの単なる誤解ということもあるかもしれません。

親戚が亡くなり、私も悔やみに行き、僧侶としてお勤めをさせていただきました。
そのことがありがたかったという意味で、親戚のものが、お手次のお寺さんに話したのだそうです。

「それはお手次のお寺の仕事だ。」とそのお寺さんは言われたそうですが、僧侶としてそういう場に赴いたなら、お経をあげることは当然だと思いますが、仏壇の前で読経をしたという事実が、伝えるときの言葉の不十分さ故に誤解を与えたのだと思います。

そのお寺さんが葬儀についてどういう考えを持っておられるのか、親族はどのように葬儀を受け止めているのか、一度忌憚なくはなされたらいかがでしょう。

案外つまらぬ誤解から生まれたことのように、私には思えます。

2014年6月13日 2:25
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おきもち

真宗山元派上西山正善寺住職

どうとも取れる話を苦しみのタネにしない方が良い

先日お一人だけの法事がありました。
亡くなったその方には兄弟がいるのですが、たった一人だけで49日の法事をなされました。
亡くなった人の子供(40代)が身内をよばず、たった一人です。
その人はめんどくさがり屋なので煩わしいから呼ばなかったそうです。
私でいうと兄が亡くなったのに、兄弟の法事に駆け付けたいのに子供が私を呼んでくれずに法事をする、というカタチです。さすがにそれはちょっと寂しいですよね。
きっと、その住職さんは「故人は誰か特定の人だけの存在ではないから、広いつながりを感じ取ってほしい」という意味も込めて、深い意味で言ったのではないと思います。
(^

2014年6月20日 2:46
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丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

浄土真宗さんの場合における葬儀の意義

見通し未設定様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度の説法の内容に対しての憤り・・誠に最もなることであるかと存じます。

ただ、浄土真宗さんの場合における葬儀の意義と致しましては、供養というよりも、亡くなられた方とご縁の深くあったご遺族、参列者の皆様と共に仏恩に報謝するという側面が強くあるため、阿弥陀如来様や親鸞聖人の教えとの有り難いご縁(仏縁・法縁)をできるだけ大勢の皆様と共に分かち合い深めたいという想いがどこか説明不足にもこの度の説法にて現れてしまわれたのではないかと推察致す次第でもございます。

とは言え、昨今の世情や事情等も鑑みて、もう少し配慮を持ってその意義についてのお話をなさられると見通し未設定様もご納得するところがあったのではないかとは存じております。

以前には、家族葬に関しまして、逆に最後のお別れができなかったことへのご質問もございました。

問い「家族葬について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002953906.html

「・・ご葬儀の形態については、もちろん、費用・時間・煩雑さ等、現実的な葬送に係る問題も色々と控えてはございますが、できるだけ、故人、遺族はもちろん、縁故者・参列者たちにおいても納得・満足の頂けるような形にて調えて参りたいものでございます。・・」

また、拙生のお葬式に関しましての見解につきましては、下記の各問い、拙論の内容もご参照頂けましたらと存じます。

問い「お葬式」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1004470067.html

問い「御葬式について」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002959881.html

お葬式・葬儀に対する拙個人的見解の補足について
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/644562be202e5ab9e6208d8f6b7d6b96

川口英俊 合掌

2014年7月12日 10:45
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おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

>なごみ庵 浦上 哲也様
解答有り難うございます。抱えていた悩みへの回答も確かに受け取りました。
そして1人でも手を合わせてくれる人がいればそれで良い という当たり前のことを見失っておりました。
仕事柄見てくれる人を欲することを多く望んでいた時だけに、思い出させていただき感謝いたします。
  
出身ですが、この質問自体が親族にバレると怒られそうなので、双方ともに九州の田舎の方とだけ書いておきます。年忌が行われた方の仏さまは生前の功徳もあってか、家族・親族・そして地域の方々が一丸となって葬儀が行われておりました。
  
そんな地域柄だからこその考え方の違いかもしれません。あるいはお坊さんの焦りやこれまでにありえなかった状況への不思議感もあったのかもしれません。
それでも納得がいかずに内に抱え、ここでようやく吐き出せました。それだけでも有り難く感じております。

>正善寺 藤堂尚夫様
お礼が遅くなり申し訳ございません。
まず、おっしゃられるように『「安く済むなら安く済ませよう」という発想』があるのではというのは私も薄々感じてはいます。もちろんそれ掘り返すことを憚られているため、謎のままです。
ただ、祖父(既に逝去)が地元でも著名な方と聞き及んでいるので、1のような事態も考えられたのかもしれません。

事情は知っているものの、実際に話そうとすると口をつぐむような素振りを見せるため、親族との話は難しいかもしれません。
しかし、帰省の際に説法をくださったお坊さんとは今後も会うことになるのは確かなので、一度話を行うよう取り組んでみます。
内情踏まえたご回答、ありがとうございました。

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法要時、肝心な箇所を間違われたら?

初めて相談をさせて頂きます。宜しくお願いいたします。 先日親戚の四十九日法要と納骨がありましたが、その際に僧侶の方が「参列者の名前を間違えて唱える」という場面がありました。 ※卒塔婆を立てる参列者の名前を読み上げていったのですが、私の家族全員が「名字」を誤って読まれました。 ※私の名字は、故人が生前 結婚する前まで名乗っていた旧姓でもあります。また故人は生前私達の家に対して大きな愛情を持って接して下さいました。 ※墓所と法要を行ったのは葬儀会社が運営する霊園です(今回の僧侶の方は霊園職員の方が手配。霊園と提携するお寺のようです) 亡くなる直前まで私達の家族を愛して下さった親戚。私の家族もまた故人を愛していましたし深く感謝しています。だからこそ今回「名前を間違われた」事は悔しく感じました。 法要後、思わず僧侶の方に『恐れ入りますが名前を間違われて読み上げられました。▲▲(間違った名字)ではなく、●●(正しい名字)です』と申し出てしまいました。 しかし僧侶の方は「じゃあ墓前納骨時に言い直しますから」という『軽くあしらわれた』と感じる言動を取られました。これには参列者一同唖然となりました。 今日の為に必死に準備をしてきた施主や関係者全員、そして私の家を心から愛してくれた故人の事を思うと…あの言動は非常にショッキングでした。 納骨時には正しい名字で言い直してお経を上げて下さいましたが、参列者全員わだかまりが残ってしまい非常に残念です。 実は前回、祖母の回忌法要においても同様の事件がありました(回忌数を間違われて読み上げられた) 連続して類似問題が起こり、悲しさと憤りを抱いてしまいました。 霊園職員の方には「2度連続で誤って進行された」と抗議したので次回以降はこのような事がないよう願うばかりです。 さて、このような事態を経験してしまったのでお伺いしたいのですが、法事の席で僧侶の方が名前や回忌数など「参列者にとっての重要点」を誤って進行する事はあり得る事なのでしょうか? またこのような誤りがあった場合、参列者はどのような対応を行うのがベストですか? そして…故人に対する供養はどうすれば良いでしょうか?今回はモヤモヤが残るような法要となってしまい…故人に申し訳ない思いがあります。 稚拙な文章で恐れ入りますが、お知恵を拝借願えますと幸いです。宜しくお願いいたします。

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菩提寺に不信感。寄付って何?

私には先祖代々の菩提寺があり、いつかそれを継いで行くんだなと漠然とした想いがありました。 でも最近の菩提寺のやり方?経営に疑問を持つようになりました。 事の発端は住職さんが代わってからお盆の供養で自宅に住職さんが来て私達に話したことから始まります。 その時は祖父から孫の代までみんな集まり住職さんにご先祖様達を供養して頂きました。 供養が終わり、ありがたいお話を頂けるのかと思ったらなぜが、ずっと本堂以外にある小さな観音堂の建て替えをするための寄付金が足りないと言う話をされ続けました。 私は目が点になりました。 供養の場でそんな寄付金の話ばかりされるとも思わなかったですし、ここ数年で、永代供養用のとても大きく豪華な大仏や建物が建てられたり、お寺の中やお墓が整備されていたからです。 その時は寄付金を集めたりはしていませんでした。 それなのになぜそれだけ多くの事にお金を使っておきながら、わざわざ寄付金を集めて観音堂を建て直さなければならないのか。 それならあと数年まって、年会費を貯めて建て直したり、あんな豪華な永代供養大仏を建てるならそこの費用を削って観音堂にまわすなど出来たと思うのです。 あまりの経営の雑さ、そして寄付金が一口〇万円以上でないといけない、観音堂を建て直すにあたり観音堂(本堂以外とは言っても人が10人は入れる大きさです。)をあけてみたらお飾りもボロボロになっていたので全て新しくしようと思うなど、普通、寄付なら1円からでも寄付であってその人の心なのに、仏に使える人が〇万円以上でないと寄付金でないと言ったり、普通時々でも観音堂の仏様にお経をあげていたり、掃除していたりしたら前々から少しずつ修理したり出来たと思うし、本堂がものすごい豪華なので、そこの費用を抑えて観音堂にまわせたりもすると思うのです。 こうゆうやり方や、はお寺としては普通なのでしょうか? なんだか檀家を都合の良いATMのように見てるとしか思えなくなってしまいます、、

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お寺にて。私ばかり叱られるのはなぜ?

いつもお世話になっております。 きょう、(ドクターストップを 破って)祈願寺へ行きました。 やけにペコペコ挨拶してくる お婆ちゃんがいたのですが、 礼儀として、挨拶を返しました。 法要が終わった後、 「あなたはいつもいい声を 聞かせてくれる!ありがとう」 などと言われた後、私の持って いるヘルプマークを指差して、 「あなたも何か持ってるわね」 と言ってきたので、 「持病がございまして」 とお答えして、その場では 別れました。 帰り道、外の参道に出た所で 「まってー!」と呼び止められ ました。無視することもできた のですが、こういう方は、 しっかり断らないと後が面倒 なので、「なんでしょうか!」 と低い声で対峙しました。 「参道を出た所のカフェーで お茶をしよう」と言われ、 「皆さんお断りしております、 申し訳ございません」 と最敬礼して別れました。 運良く、その場は引き下がって くれました。 この人はお寺の御詠歌グループ のメンバーなので、私はお寺に 引き返して、お坊さんに逐一 状況をお伝えしました。 自分自身も興奮していたと 思います。ドクターストップ が出るくらいなので。 「そういう人はどこにでも います。気にしなくていい。 うちは警察じゃありませんから」 と突き放されました。私は 言い返せませんでした。 受付の女性が、悲しげに目を 伏せていたのが印象的です。 「宗教法人の、信徒の教化育成 義務」に当てはまるので正当な 行為だとは思います。 ですが、お花の件もそう。 なぜ、私だけこんなにもきつく 指導されるんでしょうか? 年齢差でしょうか?先の 先達さんも仰るような、親心? まあ、ドクターストップに従わ なかった私も悪いのですが。 次に参拝した折に、お坊さん に謝って、事情を伝えようか とも思っています。 「会う人みんな、悪い人や 怖い人に見えるんです」と。

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お寺さんとの関係の築き方

はじめまして。 今回はお寺さんとの関係の築き方についてご相談です。 以前、臨済宗のお寺さんに観光目的でお邪魔した時に、住職さんが「お庭だけ見て帰られる方が多くて残念です。お寺に来たからには、仏様に手を合わせ、そこの住職たちとお茶でも飲みながらお話でもするのがお寺本来の在り方ではないかと思います」と話しておられました。当方と宗派は違いますが、そのお話に非常に共感しました。私自身、高齢の父母がいるので、そろそろ葬儀などについても普段からご相談できる方がいればいいなとも思っております。 しかし実際問題として檀家制度が薄くなりつつある現在、お寺さんと在家の若い人たちとの間にはハードルができてしまっている気がします。縁もゆかりもないのにいきなり飛び込んでいってご迷惑をかけないか、また法事などの特別な用事もないのにお電話をしてアポを取ってお邪魔してもよいものか…そこにいらっしゃるご住職やお坊さんたちもとてもお忙しいでしょうし…とまあこんな具合に悩んでいます。 ちなみに昔は父方の家系が村にあるお寺さんにお世話になっていました(もしかしたら元々は檀家だったのかもしれません)。 しかし村を出た父の代から疎遠になり、祖父が亡くなった現在、私はご挨拶へ伺えていません。また、自分の意志でそちらのお寺さんへ伺おうにも、新幹線の駅から車で一時間以上はかかるところで、なかなかご挨拶へ伺いにくいです。父へ真剣に仲介をお願いしてもはぐらかされてばかりで。私ひとりで伺ったところで相手してもらえるかと思うと気後れしてしまいます。 問題をまとめると ①新しく今住んでいるところの身近なお寺さんとのご縁を築く ②それとも祖父の代からのご縁を何とか復活させる どちらにするか悩んでいます。そして、どちらにせよその方法論もわからないので更に悩んでいます。 長々とすみません。上記の三点について、どうかご助言お願いできないでしょうか。

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お寺のシステム?私は金づる?彼が怖い

僧侶の方と交際し始めて半年ほどになります。 住職ではありません。寺院に所属しているわけではなく、本山から依頼があると指定された場所にお勤めに向かいフリーで活動しています。 交際し始めて2週間も経たない頃、本山への移動費がなくてお金を貸しました。それ依頼、この半年で総額50万近くになりました。返済は一部ですがありました。お寺の都合でお布施が入らないと言っていますが、そんなことあるのでしょうか。私の生活にも関係してくることなので困っています。実際私の返済が滞っています。 〇日に〇万円返せるからと言われ、会う約束をすると、〇万円しかもらえなかったと、結局返してもらえるのは雀の涙。 そして、とても短気でせっかち、キレやすい性格で、私は怖くて何も言えません。お金のことも、こちらはあくまでも言葉や言い方に気をつけて伝えましたがキレられました。 月の半分以上は彼に会っていて夜も共にしますが、泊まるのは節約のため(そのお金も元は私が貸したもの)カプセルホテルで、エッチは月に1回あるかないか。デート代もほぼきっちり割り勘です。 割り勘が嫌な訳ではありません。 そこまできっちり!?と思ってしまいます。 奢ってもらったことはありません。 私が彼に貸したお金というのは、私は体調が不安定で仕事をできない時期が続くため、その時の生活費にあてようと取っておいたものと、娘の結婚祝いにと貯めていたものです。それが全て、彼へ貸したお金と私の生活費で消えました。 彼は、私から借りたお金で、私同伴でスナックにも行きます。 私が惚れてるのをいい事に、金づると思ってるのでしょうか。 そして、私の母は性格に難アリで、そのことを話すと聞いてるこっちが気が狂いそうになると話を聞いてくれません。お坊さんだからというより、彼だからこそ、私の悩みを少しでも聞いて欲しいだけなのに。 常に自分のペースでことを進める彼。 私に質問して返答が遅れると直ぐにイラつく彼。 彼のことで悩みすぎて、私はODとリスカを繰り返すように。 彼は、それは当て付けでやってるの?薬を飲みたいのはこっちの方だよ。病院に行きたいのはこっちの方だよと言いました。 彼は、私のことを想ってくれてるとは思います。 大切に想ってくれてるとも思います。 育った環境や性格の違いもあるのでしょうか、とにかく態度や言葉に怖さを感じてしまうのです。

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父の17回忌が近づいています。

お世話になります。 今回は、実家の父の17回忌法事のことで相談させてください。 父は次男で、郷里から離れて家庭を持ちました。 そのためお付き合いのある寺はなく、父が亡くなった際、葬儀会社の紹介で急遽、お寺を紹介してもらいました。 初対面のお坊さんに父の戒名をお願いしたのですが、父に所縁のある漢字も使用されず、生前の人柄なども尋ねられることもなく、ただ事務的に考えて下さった印象を持ちました。 〇〇院、と父方親戚にはつけられているためそれだけを頼むと、割増料金?のような請求があったと記憶します。 その後、法事の度に実家へ来て頂きましたが、愛想のかけらもなく、ただお経をあげられて支払いを済ませると、矢のように帰られます。 会話も殆どなく冷たい対応しかないため、すっかり私たちも信頼する気持ちが薄れてしまい、今度の法事では呼ばない、と母が言い出しました。 そして、お坊さんなしで自分たちで読経して17回忌を済ませよう、と言うのです。 私が、他にお寺を探してお願いしよう。と提案しても聞いてもらえなく、兄姉も母に賛成のようです。 父に申し訳ないようで、とても気になります。 家族だけで法事するなら、せめて私だけでも何かできないかと思いますが、アドバイスいただけますか? 宗派は、浄土真宗の"お東さん"らしいです。

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実家の菩提寺の御住職様の言葉に大変ショック

いつも、有難うございます。 大好きな実母の、十七回忌の御塔婆をお願いするために、 本日、実家の菩提寺(真言宗)に行きました。 でも、かなり、きつくショックなことを言われました。 (私は嫁いで別の市に住んでいるので) この寺院とは別の寺院(同じく真言宗)の境内に 樹木葬墓地を購入し 「生前戒名」まで頂いたことを伝えました。 すると、実家の菩提寺の御住職様が 「私は、樹木葬なんて墓として認めない!!」と 仰いました。 そして、 「当寺院は樹木葬墓地を作る気は全く無いし、あんなの 墓じゃ無いよ」 と仰いました。 御住職様によって、いろいろな考え方があるのだと 思いますが、 私が、今、ここで、樹木葬墓地を購入したことを 告げたばかりなのに、否定されて、凄く悲しく ショックでした。 私達夫婦には後継者がいないのだから、しょうがないのにと。 そして、 内心、「生前戒名」まで頂いていることを誉めてくださると、 少しだけ期待していたのに真逆でした。 同じ真言宗智山派の御住職様なのに こんなに考え方が異なるものかと思いました。 そして、生前位牌(戒名は朱色)を作ろうと思っていることを 伝えたら、 「位牌は死んでから作るものだ」だと仰いました。 本当に「生前位牌」はイケナイのでしょうか? 今日は、ショックで落ち込みながら家に帰って来ました。

有り難し有り難し 27
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