自分が嫌です
自分の要領の悪さや人とのコミュニケーションがうまくとれないこと、自分の発達障害、諸々あり仕事を辞める事になり、本当に情けないです。普通に仕事をして普通に生活がしたいだけなのに。自分に存在価値あるように思えません。起きてても、寝てもしんどいです。だれにも迷惑かけず、ぱっと消えて無くなりたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
考え方のフィルター、汚れていませんか?
エアコンのフィルターが汚れていると、部屋中がカビだらけになります。
考え方の機軸がどす黒いと何考えても不幸になっちまうのは悲しい人間のサガ。
あなたが恐れていることを具体的にしてみましょう。
それは誰から
批判されたことののか
否定されたことなのか
非難されたことなのか
本当は自分がそうされたことを自分の中で❝悲観❞していることが最大の原因です。
他人からの批判、非難、否定はどんなひどいものであっても、そこで確実に終わっているはずです。
プラスに考えられる人は、そこでそれを今後の為のバネ、クスリ、肥やし、ステップアップにします。
それができなくなるくらいあなたは今、サポートしてくれる人にも、機会にも恵まれていない。
あなたが、自分の脳内メカニズム、自分の考え方の悪癖、自分を傷つけやすい負のサイクルを自分でやっていることに気づいて、それをやめることで人生が変わります。
それは、過ぎた事を、何度も何度も煮つめなおして「低評価」「自分いじめ」「過反省」「自責」を繰り返していることです。
フェイスブック内「幸せ頭脳 養成所」か「TOKYO禅」か「丹下禅塾」ご参加ください。(^<^)悪い考え方が良い考え空に変わればあなたはきっと幸せになれますよ。
人の欠点を愛せますか?
ワシはあるドラマで「結婚して大切なことは相手の欠点を愛すること。」という台詞が非常に気に入りました。長年暮らしていくので良いところより嫌なところが目立ってしまうものです。相手の欠点を愛せるのは夫婦円満の秘訣であり、簡単なことですが、その簡単なことが中々できません。職場や友人関係でも同じことが言えるのではないでしょうか?
あなたの欠点である自分の要領の悪さや人とのコミュニケーションが上手くとれないことは実は結構多くの人が抱いていると思います。ちょっと視点を変えてみましょうか。
①あなたの欠点を注意した上司。怒ったて、直らないのだから、もっと良いところを褒めたらどうですか?ホント要領の良くない叱り方。ようさんと上手くコミュニケーションがとれているのかしら。
②それを見て、影でクスクス笑っている同僚。職場の雰囲気を壊さない方法を考えないのかしら。要領よく雰囲気が作れないこと。雰囲気作りも立派な仕事ですよ。この職場は上手くコミュニケーションがとれているのかしら。
③対岸の火事を気取っている社長。あなたの社内で起こっている出来事を把握しているのかしら。このような些細な出来ごとが大きな問題に発展するのよ。小さい内に解決した方が時間も労力も少なくて済むのにホント問題解決に要領の良くないこと。社内をたまには回って社員と上手くコミュニケーションがとれているのかしら。
どうですか。ここから先はあなたが考える番ですよ。何をすべきか。消えてなくなるなんて言わずに、あなたと同じ目に遭っている人を助けるつもりで仕事に打ち込んでください。こんな私でも出来たと自信をつける意味でも・・・。
共に
ようさま
はじめまして、なごみ庵の浦上哲也と申します。よろしくお願いします。
「普通に仕事をして、普通に生活がしたい」
文面から、ようさんの非常に切ない思いが伝わってきて、私も胸が苦しくなるような感覚を抱きました。
「人生は苦である」とはお釈迦さまの言葉です。
だからどうした、とお感じになったでしょうか。
ようさんも、お釈迦さまも、私も、多かれ少なかれ、苦しみの人生を生きています。
その苦しみが耐えがたくなった時、「ぱっと消えて無くなりたい」と思われるのは、仕方のないことです。
それでも、ようさんはhasunohaと出逢ってくれました。
苦しい時には、hasunohaの僧侶たちを思い出して下さい。
目の前の問題を解決することは出来ないかもしれませんが、共に苦しむ仲間がここにいます。
しんどい人生を、共に歩んで参りましょう。
欠点があるから長所がある
まず、最初にお願いします。
人間、消えようと思ってもそんなに簡単には消えられません。
それどころか、多くの人に多大な迷惑をかけてしまうのは必至です。
ご自分を消そうなんて決して思わないで下さいね。
人間は人によって様々な欠点が有り、そしてそれを補う長所が有ります。
何か人と同じように出来ない事があるという事は、恐らくご自分も気がつかない何かが人よりもかなり優れているのではないでしょうか?
長所だけの人間って…いませんよね?
もし、長所だけしかないように見える人がいたとしたら、その人は恐らく他人に見えない所で短所を人前に出さない血のにじむような苦労をされているのかもしれませんね。
今日、偶然にこんな記事にネットで出会いました。
ここに上手くリンクが貼れれば良いのですが…見えますかね。見えなかったらごめんなさい。
https://mobile.twitter.com/Isseki3/status/332416467784052736/photo/1
どんな人も何かのキッカケでご自分の得意な部分を見つける事が出来ると思うのです。
それがすでに解っていれば、その「得意」な部分を多いに発揮すると良いと思うのです。
もし、まだ、ご自分の「得意」な部分が見つかっていないのであれば、
自分の「得意」を探してみるのも良いかもしれません。
ご自分の短所を嫌ってばかりいると、そこ(短所)しか見えなくなってしまいます。
短所は誰にでもあるのですから、ご自分の短所を嫌わずに あるがままに見る事で おのずと「得意」(長所)も見えて来るのではないかと思います。
「得意」を活かす生き方をするのが良いのではないでしょうか?
あるがままに正しく見る事を仏教では「正見」(しょうけん)と言います。