お盆中の故人はどこに?
こんにちは。
いつも話を聞いてくださりありがとうございます。
昨年父を亡くしましたが、父が跡継ぎではなかったので残った家族は仏事にうとくて知らなかったり迷ったりの1年でした。
お盆もいまいち他人事でしたので、少し教えていただきたく思います。
(我が家は浄土真宗です。)
父の遺骨は合祀でお寺に預かっていただきました。
お仏壇は実家で母がみています。
初盆ですのでご住職に実家でお経をあげてもらうことにしましたが、それとは別にお墓参りのタイミングはいつが適しているのでしょうか?
合祀ですので、他家も集中してお花もすごい量になると聞きましたし、駐車場も少なくどうしたものか?と悩んでいます🌀
迎え火送り火までは考えてなく簡略化してはいますが、はたしてお盆中の父の魂?はどこにいるのでしょうか?
どうお盆の供養をしたら父に届きますか?
アドバイスをよろしくお願いします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
お盆の時だけ戻ってくる仏さまではない。
宗派によってお盆の考え方は違うのですが
浄土真宗では
成仏されたご先祖は
お浄土にずっと滞在しているのではなく
縁ある人々を導くべく
そばに居てくださる仏さまと考えます。
13日に戻って来られ
16日に還られる仏さまではないんですね。
ですから
早めにお参りくださっても全く問題ありません。
すでにお父様は
あなたのそばに居てくださっているんですよ。
お盆は文化的な行事
お盆に故人が帰ってくるというのは、日本の文化的な行事です。
しかし、仏教的には、輪廻転生を考えます。
たとえば、あなたにも前世があり、前世の子孫が日本人ならば、どこかであなたのために迎え火を焚いているかもしれません。
だからと言って、あなたの魂が今の体を抜け出して前世の家族のもとへ飛んで行ったりはしないでしょう。
ただし、極楽浄土に生まれ変わった場合等は、神通力を得て、他の世界に朝飯前のような短時間で行ける能力を得るそうなので、その場合は前世の家族のもとを訪れることは可能かもしれません。
お盆に大事なのは、仏教教団や他人にお布施や供養(おもてなし)をして、功徳(心の畑に善のパワーの種をまく)を積み、その功徳を先祖等に回し向けて、どこかに生まれ変わって新しい生活をしている先祖等の幸せを願うことです。
また、功徳を積むと自分自身も幸せになりやすい性格・能力を得られます。
つまり、自分と他人のために善い行いをすることが、仏教的に大切なことなのです。
唯識思想という考え方もあり、私達の心は深層心理でつながっているという考え方もあります。
心に功徳の種をまけば、お父様の心にも功徳が届くかもしれない。
新しい生活をされているお父様の幸せを願いましょう。
手を合わせる行為そのもの
魂のようなものを想定されているなら、一旦その考えは置いておきましょう。
人の生死というものは、仏法の働きによるものです。
生と死は同時です。
生命という意味でも魂という考え方でもなく、死ぬると同時に生まれるという働きが常にあるのです。
言い換えればお父様は常にあなたの見たもの感じたもの全てと言えます。送り火、煙の香り、手を合わせた祭壇、風も、線香も全てお父様です。道端で咲く花、蝉の声、仏法の働きお父様そのものと同じ働きです。いつもあなたの活動そのものにお父様は感じられます。
お父様を大切に思う気持ちとそれを表す一挙手一投足全てがあなたのこれからの生活の誓願のあらわれです。
人や物を大切にすること。人のために生きることそうしたお誓いがおとうさまをよろこばせることになるのです。
真宗のお盆
初めてのお盆ということでいろいろ戸惑っている事でしょう。
一番良いのは実際にお参りされるご住職のご意見を伺うことかと思います。
真宗のお盆の迎え方は少し他宗とは趣が違うと思います。
まず、キュウリやナスの馬を飾りませんし、迎え火、送り火もなければ清めの塩もありません。初盆という節目の仏事なので普通の法事と同じで構いません。
真宗では亡くなられた方々は阿彌陀さまの働きでお浄土へ行くとあります。でも、行きっぱなしではないのです。私たちが亡き人を偲んで手を合わせる時があると思います。それが亡き人からのそして阿彌陀様からの働きかけ。であるならば、お盆だから特に帰ってくるとか、終わったら帰って行ってしまうとかではないのです。だって、手が合わさった時に帰ってきてるともいえるのですから。言ってしまえば、日々感謝の合掌があるなら毎日がお盆。お盆に特別な飾りつけをしないというのもそこから来てるのだと思います。
盂蘭盆会の語源ともなった目連尊者の故事に倣い、亡き人と共に手を合わせて仏法を頂く機会を喜ぶ、それが真宗らしいお盆の迎え方だと思います。なので、お墓参りもお盆の期間中が望ましいとは思いますが、きちんとしたお気持ちがあればその前後でもよろしいのではないかと思います。
一応自坊の門徒さんにはこのようにご案内しております。しかし、お参りされるご住職の考えもあるかとは思いますので、繰り返しますが、一度そのお寺に相談された方がよろしいかと思います。
合掌
質問者からのお礼
たくさんのお坊様方からのご回答をとてもありがたく読ませていただきました。
皆様に同時にお礼をさせていただくことをお許しください。
お盆には亡くなった人が帰ってくる…という考えが仏教というより日本の文化的なものだったとは知りませんでした。
たしかに仏教では輪廻転生があるし、この世に残った人をどこかで見守っていてくれたりというのも、お盆だけに限ったことではないのですよね。
皆様方がおっしゃりたいことが分かりました。
私からの父への供養は、いつも写真を見ながら挨拶したり心で語りかけたり、過去を思い出したりすることのようです。
この気持ちを忘れず、お盆だけに限らず、日頃から父を身近に感じながらの生活を続けたいと思います。
また初盆の際にはご住職にもお話を聞いてみたいとも思っています。
皆様の丁寧なご回答に感謝いたします。