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いつか死ぬ自分が存在することが辛い

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有り難し有り難し 35

以前よりお世話になっております。

私は常に死が怖く、近頃は恐怖感と絶望感が以前より一層強いです。恐怖に襲われると自分を殴ったり、突発的に大声をだすなど、パニックになります。
そこで、どうにか恐怖を減らしたいと思い、仏教を中心に勉強しているのですが、勉強中は強く死を意識してしまって恐怖でおかしくなります。

私は死=自分や(今私が五感で感じている自分自身の感覚)世界の消滅と強く感じており(この認識を変えようと勉強していると、パニックが起こり‥.の繰り返しです)、いつか消滅するのに今は存在するという状況が、本当に全く理解できないことが引き金になりパニックになります。

存在とは空であり、縁起によって仮に成り立っている、と以前ご教示頂きました。理屈はわかるのです。他にもたくさん仏教について、今までご教示頂いています。
それでも、世界がある、そして自分がいる、自分も世界もいつか消えるという恐怖感には、私の今まで蓄えた知識では到底太刀打ちできないんです。

死の恐怖は、生物の本能として当然だと理解しています。でも、本当につらいんです。恐怖を消してしまいたい。毎日動悸と自分のうめき声で目が覚めて、「生きている!じゃあいつか死ぬんだ!死にたくない!」と絶望するのが、本当につらいです。

生まれなきゃこんなに辛い思いはしなかったはずだと、思わずにはいられません。最後は絶対死ぬのに、生まれるなんて残酷です。

私、どうしたらいいですか。
毎日、自分が世界に存在していることを認識するたびつらいんです。恐怖を減らす為に勉強してるのに、恐怖感は増幅するばかり。
起きていても、眠るのも、目が見えるのも、全部怖いです。それらは全部消滅するものだから。消滅ではなく変化だとしても、「何に変化するのか」わからないことも怖いです。来世があって、虫になったら、今日見た蝉のように踏み潰されるのが怖いです。私はいつか消滅する存在だなんて、理解しようとすればするほど、残酷すぎて怖くて、つらいです。

この、「絶対にわからないことへの恐怖」へ、どうやって立ち向かったらいいですか。もう、本当に、本当に、怖くてたまらないんです。

乱文で感情的で、本当にすみません。以前からご回答にお時間を割いていただいているのに、成長できていなくてすみません。
お時間ある時で構いません。どうか、助けてください。本当にすみません。

2022年8月20日 1:06

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自分のいのちのために、いただいてきた縁も考えていきませんか。

今までの質問や呟きを読ませてもらっていました。
追求して深く知ることが、全ての解決.解放とは限りませんよ。あなたは、どんどん恐怖が増しています。仏教の教義を理解しても、受け入れていくということが出来ないから。「やっぱり生きている限り、死は避けられないんでしょ、だったら怖い!」のスパイラルです。考えれば考えるほど、自分の「死」のことだけを考えている状態。

自分の死は怖いけれど、他の命は奪って生きているでしょ。食するということは、命をいただいているということ。奪われている命を食しています。

そうしないと生きていけない。自分の命を長らえるために、多くのいのちの恩恵をいただいてきたんだよね。

いのちを生きるときに、死を考えていくのは大切ですが、自分のいのちのために、いただいてきた縁も考えていきませんか。だから人は、いのちの縁がいつか尽きるとわかっていても、自分にとって大切なものを手にしていきたいと思うし、それを残していこうと生きるのだと思うよ。この世では縁が尽きても残していけるものもあるし、死の先に続いていく生きる世界を信仰の中に求めるのでしょう。

誰だって、死を考えないわけじゃない。恐怖も感じている。それでも恐怖や絶望に襲われないように、何か(誰か)と繋がって今を生きていますよ。喜びや幸せを味わえるようにね。

あなたの恐怖心が少しでも和らぎ、別のものにも向いていきますように。

2022年8月20日 3:21
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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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安心なさって下さい

拝読させて頂きました。
あなたが自分が亡くなることを恐怖におびえて正気を失っておられることを読ませて頂きました。
亡くなることはとても怖いですし不安になることはもっともです。それはあなただけではありません、全ての人々や生きものにとって亡くなることはとってもこわいことなのです。あなたのそのお気持ちを心よりお察しします。

あなたが亡くなるのはいつかはわからないです、あなたの命は様々なご縁に恵まれながら生まれ多くの方々に愛されて育ってきたのです、今でも沢山の生命を頂いて生かされているのです。そして与えられた天寿を全うなさりいくのです。

死が訪れたとしても決して終わりではありません、あなたは仏様に導かれ沢山の親しい方々やご先祖様があなたを優しくお迎えなさって下さいます。そして一切の迷いや苦しみや恐れや痛みからも救われていきます。ご先祖様と一緒に何の憂いもなく清らかに円満にご成仏なさっていかれます。

そしてあなたのご縁のあった方々をご先祖様と一緒に心から穏やかに安らかにお見守りなさることでしょう。

ですから死は終わりではありません、あなたは生き続けるのです、それはこの世ではなくて仏様のお浄土です。そこでは一切の迷いも欲も煩悩も怒り憎しみも消え去った円満なところです、そこであなたは仏様から教えを受けて真理を体得なさって仏道を歩まれて仏となっていくのです、一切の障がいも悪もありません。どうか安心なさって下さいね。

人間は死の間際の臨終にこの世での全てのことを思いだすと言われます、この世に生れてきた時からのあらゆること悪しきこと・善きこと全てが走馬灯のようによみがえってくると言われます。そこで私達はあらゆることを思うでしょう、感謝の気持ちも罪深い思いも申し訳なかったという懺悔の気持ちも全てよみがえってくるでしょう。その思い全てを仏様は受けとめて下さいます、その罪を全て受け入れて私達をお導きなさって下さるのです。

あなたがこれからの未来を与えられた生命やご縁に心から感謝なさり、善き考え・言葉・行いを心がけ心から豊かに幸せに生き抜いていかれます様に、そして天寿を全うなさいます様に、仏様に救われご先祖様にあたたく迎えられます様にと切に仏様やご先祖様にお祈りさせて頂きます。至心合掌 南無阿弥陀仏なむあみだぶつ

安心なさって下さい、そして穏やかに生きて下さい。心より祈ってます。

2022年8月20日 12:47
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おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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質問者からのお礼

中田 三恵様
深夜遅くにもかかわらず、ご回答ありがとうございます。何度も繰り返しご回答を読ませていただきました。また、つぶやきなどもご覧いただきありがとうございます。お礼が遅くなり申し訳ございません。
受け入れることができない、本当におっしゃる通りです。本当は、ほかの命を頂くときもつらいのです。私が恐怖を感じるように、頂いた命も怖かったはずだと、きっと死にたくなんてなかっただろうと、自分と同等に考えるからです。でも、命を頂かなければ自分の命を殺すことになるわけで、どちらに転んでもつらいのです。
それも含めて、受け入れなくてはならないのですよね。頂いてきた縁を考えるというのは、自分の死以外のことに目を向けるという解釈をしましたが、あっているでしょうか。
受け入れるというのは仏教の基盤ですが、本当に難しいです。私は本当に弱く、現実も事実も受け入れられずにいます。ですが、受け入れること、頑張ってみようと思います。
この度はありがとうございました。今後も、よろしくお願い申し上げます。

Kousyo Kuuyo Azuma様
ご回答ありがとうございます。以前から何度も同じような質問をしてしまう私に、何度も安心するお言葉をかけて頂き、本当に感謝しております。
死の先のお浄土、素敵な場所なのでしょうか。亡くなった親しい人に会えて、不安も悩みもなく、安寧を得られるのでしょうか。本当にそうなら、早く行きたいなどと、ほんの少し思ってしまいます。ですが、未来を与えられたご縁、善い行いという観点からは、怖がりながら寿命を全うするのが筋ですよね。今はとにかく初心に立ち返って、仏様へのお祈りと感謝を習慣にしてみようかと思います。そうしたらいつか、事実を受け入れて仏さまにお任せできるようになると信じたいです。
この度はありがとうございました。今後も、よろしくお願い申し上げます。

「死ぬのが怖い・死恐怖症にお坊さん知恵袋」問答一覧

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有り難し有り難し 6
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初めてご相談させていただきます。 私は死にまつわる物事に異常な恐怖を感じます。 例えばお葬式、葬儀場、霊柩車、火葬場、お墓などです。 始まりは小学生の頃、親戚が亡くなり初めて遺体を見ました。今でも忘れられないのですが、母親から幽霊の話をその時に聞かされて恐怖で逃げ出したい気持ちになりました。その後、成人してから父型の祖父が亡くなった時に初めて火葬場に行きましたが、とてつもなく怖くて出棺後を見届ける事ができませんでした。その後祖母も亡くなった時も怖くて立ち会わず恐怖に苦しみました。 私はどちらかと言うと母方の祖父母の方で育てられました。その2人もこの10年で亡くなりました。その際は最期まで見届けて、骨上げにも立ち会う事ができました。 しかし、その後異常な行動が始まりました。死にまつわる物事に異常なまでの反応をします。 例えば葬儀場の近くはなるべく通らない。 喪服を着てる人を見かけたら、その人が歩いていた所はジャンプしてまたぐ。 電車で見かけたら車両を変える。 霊柩車が通った道は遠回りしてでも避ける。 葬儀に参列した際はその時着用していた下着やシャツなど全て処分する。 カーナビなどで、〇〇苑【葬儀場や火葬場】と言う言葉を見つけると異常なまでに恐怖を感じる。その日、何時間も気にな楽しめない。 霊柩車を1日に何台も見つけてしまう。 小さい頃、霊や悪霊が悪さすると母親から刷り込まれ今だに目に見えない不思議な物を信じて恐怖にかられています。 霊が私に何かするんじゃ無いか?不幸を連れてくるのでは無いか、呪われるのでは無いかと、毎日恐怖にビクビクしてとても生きづらいです。お墓の近くを通ったりした際はすぐに洗車に行きます。 コロナが始まってから余計にこの強迫概念にかられとても苦しいです。 僧侶の皆様にこの様な質問は失礼に当たるのでは無いかと何年も悩みましたが、勇気を出してお伺いします。 どうかこの強迫概念が少しでも楽になる助言をいただけましたら幸いです。 よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 5
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ