回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人生は夢探しなんでしょうね。
有名な美空ひばりさんの最後の曲となりました『川の流れのように』での詩の中に、「愛する人そばに連れて、夢探しながら」とあります。
まず、この愛する人とは家族や大切な恋人などを指しているのではないと仏教観点から把捉します。
なぜならば、「愛する人とは」"自分自身"のことだからです。
私たち誰もが生まれて亡くなる人生の一期には、最後の最期まで共にいてくれるのは自分自身の心です。だからこそ自分を知ることが夢探し、その夢探しとは、いろいろな日常を積み重ねていく経験の中に苦楽の思いから心は形成されていくのであり、自分を知ることが夢であり、自分が幸せだったら最高なのです。
人間論での幸せは「自由」です。
それは金銭や物質で満たされるものでなく、心がどの境遇におかれても自由な心境に置かれている状況です。
人は旅をしたり、趣味などさまざまですが、至るところは「原点に戻る(還源)」本来の自分自身はこうであることなんだと気付くことが悟りのひとつとなります。
仏教、特に真言宗では『大日経』の中に「如実知自心」とあります。弘法大師(空海)も悟りとして捉える肝要な点です。
だからこそ、自分探しをすることにエネルギーを使うことが、自由となる幸せへと帰着されます。
また、歌手の松山千春さんの『君を忘れない』での詩には、「どうして生きているの?君は僕に尋ねるけど、答えを知ることはない。やがて分かるから」とあります。
これは、ただ年齢を重ねる人生で知ることでなく、常々葛藤の日々送る中に、幸せとは?を探究する意識(努力)によって分かるものです。
人生は単純です。
それは「一日一日の積み重ねが人生となり、気付けばすべては"今という日(今日)"になるからです。」
だからこそ、一日前にも戻ることない過去であり、過去に感謝をできる心がけ、未来に不安を考えない心がけであり、未来には希望をもつ心がけが大切であり、何よりも肝要なのさ、今を生きる心がけなのです。
今に納得できないことは、どこかで世間の基準に合わしていかなければならないという認識(常識)が自身を邪魔していることです。
すべては今日が新しい一日の始まりであり、明日を開けるのは自分の意識であり、過去は過去と今までの自分と一旦、腹を括ってサヨナラ(決別)する決意にエネルギーを使うことが、変化をもたらし、自身にとっての充実される人生に繋がります。
合掌
エネルギーは有限です
いちろーさん
お悩み拝見させていただきました。
自分が持ったエネルギーをどこに使えばいいですか?ということを日々考えて
らっしゃるのですね。
エネルギーは有限です。分かりやすくゲームで言うとHP(ヒットポイント)みたいなものです。(笑)全部使うと無くなりますし、回復するまでは使えません。ですので自分にとって大切なところから使っていきましょう。
例えば、歯を磨く。ご飯を食べる。散歩に行く。こうやって字を読む事でさえエネルギーを使います。人はエネルギーが0になると本当に何もできなくなるのです。
朝起きた時に、「今日は何にエネルギーを使おう。」と自分と対話する時間を作ってみると良いかもしれません。
そして自分がワクワクすること。大切にしたいこと。大切にしたい人。優先順位をつけてエネルギーを使ってくださいね。
いちろーさんの心が少しでも軽くなり温かい光に包まれるようお祈りしております。
南無阿弥陀仏。合掌。
質問者からのお礼
確かにスマホをいじればいじるほど何もやる気が起きません。。
スマホにエネルギーを奪われる生活やめたいです。
毎日死んで毎日生まれているのですね。
その日その日をが人生なのだと当たり前なのに何故だか実感がない、
ありがとうございます。