蜂を殺しました
どうしても罪悪感が消えず苦しいのでこちらに相談させてください。
先日家の中に蜂が3匹入ってきました。蚊取り線香を焚いたり部屋を暗くして窓を開けたり、色々試したのですが2日間出て行ってくれず、顔の近くを飛んだりととても恐ろしく、友人に相談して殺虫剤を使うことを決めました。
蜂専用のものを購入し、噴霧したところ蜂は苦しむばかりでなかなか死なず、2匹はバタバタともがくように暴れるばかりでした。また、残りの1匹はふらついた様子ながらこちらに向かってきて、私の服にしがみつき顔の方に登ってきました。
刺されるのではないかと恐ろしくなり必死で自分の体に殺虫剤を吹き付け、気がつけばしがみついていた蜂は床に落ちて亡くなっていました。
残りの2匹も苦しみながら体を歪めて亡くなりました。
我に返ると蜂もきっと苦しくて必死だったと思いますし、酷いことをしたと思います。勇気を出して網で捕まえるなど、殺さない方法をもっと考えるべきでした。
虫を殺してしまったことに罪悪感が拭えず、ずっと重い気持ちです。
なんとかこのような辛さから逃れたいと思いつつ、気分を変えようとすること自体が蜂たちに対する不義理のように思います。
私はペットを飼っており、ペットが刺されてしまう可能性があることも蜂を殺すことを決めた理由でした。
このように可愛がって大事にする動物と平気で薬品で苦しませて殺してしまう動物を分けることも良くないことだと感じています。
自分の心をどのように置けばよいでしょうか。助言をいただけると嬉しいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
今後人に良い行いをせざるを得なくさせる仏さまからのお導き
(´ー`)私は毎年スズメバチの巣があると他の人にはさせられないので私が罪をかぶって巣を駆除します。気分のいいものじゃありません。
今年はウチのお寺を地域のお祭りの会場として提供させて頂いたのですが、草刈りも一人をやります。(やってもらうと文句言う人いるので笑)
すると、あぎゃぎゃ💦境内の大きな石の下、桜の木、墓地の杉の木に、スズメバチ、キイロスズメバチの巣があるじゃありませんか。どうしよう💦放置したらどうなる…💦子供たちが刺されたらこちらの管理不行き届きでこちらが悪者に。よって可哀そうではありますが、私は巣を駆除しました。3匹、4匹どころではありません。巣ごとの駆除ですから大虐殺レベル。こちらも毎年命がけ。刺されて病院に行ったこともあります。(そろそろ👼)
人懐っこいシカをそのままにしておくと食べられてしまうから厳しく追い払う慈悲の話があります。追い払う程度では互いに守り切れない現実もあります。
まず、お寺にいってお手を合わせて頂いて、蜂さんには申し訳ないことをしたと懺悔しましょう。放っておけば自分も家族も危なかったのです。あまり自分ばかり責めない。この世には駆除しなければならない残念な状況もある事も学びましょう。
あなたも家族やペットちゃんを守るために致し方なかっただけです。
ただし!そこから今後、自身の心をより豊かに導くためにも!その憂いや迷いのモヤモヤを機縁として、より良い心✨を求めることです。(発心)そして仏の慈悲と智慧(やさしさと聡明性)を磨くことです。人の世を救う優しい精神とはそういうことを機縁として生まれるものです。
人も動物も生きていくためには時に他の生命を殺傷しなければならないのは哀しいことにこの世の当然の道理。誰も避けられない。
朝やお昼に頂戴するパンもお米も魚や肉もみんな生命。直接自分が殺めたあやめないにせよ頂戴させていただいている以上は他の生命を頂戴させていただいているわけです。
私はこの生命を殺せざるを得ない哀しき現実及び命を頂戴するという、食べられる生命サイドからすれば哀しい現実こそは、人間をより豊かな人間性を向かわせるための神仏による宗教教育、お導きと捉えております。人間はこの世界を善玉菌的な作用によってより良く、より豊かになるべくアクションせざるを得ないのです。不思議な導きです。今後も善行を積み重ねざるを得ないからです。
やむを得ない罪
私も虫はできるだけ殺さないで捕まえて窓から外へ出すようにしていますが、蜂(特にスズメバチ等)は危険なので、今回のケースでは仕方なかったと思います。
虫が壁や天井に停まっているときにペットボトルの口を押し付けるとボトル内に入ってくれることが多いですが、蜂は刺される危険があるから難しいですよね。
この世に生きる私達には、やむを得ず殺してしまうことがあります。
それでも、あなたのようにできるだけ殺さないように努めることや、懺悔(反省) することは貴いことです。
浄土宗では、南無阿弥陀仏と念仏を称える者はどんな悪人でも極楽浄土に往生できると説かれます。
仏様はあなたを許してくれますので安心なさってください。
あなたをあなたのままで受け入れてくださるのが仏様の大慈悲です。
なお、極悪人でも極楽浄土に往生できると信じつつ、小さな罪も犯さないようにしましょうというのが浄土宗の考え方ですので、往生できるから悪いことをし放題で良いという考えではありません。