人付き合いを避け過ぎる。回答受付中
20代社会人女です。
人間関係をずっと避けています。職場でも挨拶しかしない日もあります。
古くからの友人関係もこちらから音信不通になり、全部切ってしまっています。
どの人も優しくて良い人ばかりなのに、なぜか逃げたくなります。
職場では歳の離れた人が多いのですが、先輩がいつも一人でいる私を不憫に思ったのか、歳の近い人と仲良くなるように会食をセッティングしてくれたのですが、正直ありがた迷惑というか、気が進みませんでした。
その若い方は感じの良い方で話しやすかったのですが、それ以降会いたくなくて、避けてしまっています。
なぜこんな痴態を晒してしまうのか、本当に情けないです。
私は人より幼稚なところがあって、人といると恥をかくことが多く、その度自己嫌悪してしまって苦しむことが多いです。
そもそも話すことがなく、直ぐに黙ってしまうのも苦しいです。
学生時代は頑張って盛り上げ役とかやっていましたが、直ぐに疲れてしまうし、後々なんて恥ずかしいことしてしまったんだと後悔して自己嫌悪が治らなくなり、消えたくなります。
友達とは卒業したら直ぐ連絡先を消すの繰り返しですし、続いたとしても、その後遊んでまた会っても、また喋りすぎたなとか、変なこと言っちゃったなとか、疲れたなとか、そんなことばかりで、結局連絡先を消してしまいます。
だったら初めから話さないほうがいいと思って、社会人になったら徹底的に孤独を貫いています。
でも、やはり本当は人と繋がりたいんだと思います。
でもまたあの痛みを感じるのは嫌です。
こんなんなので、ひきこもってばかりで、結婚しないと将来不安になる歳なのに何にもしていないです。
外に出ても周りはカップルや家族連ればかりで苦しくなります。
何かに挑戦する気力も体力もない。
八方塞がりな感じです。
どうしたらもっと楽に生きれるのでしょうか?
お知恵を下さい。
お坊さんからの回答 6件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自責からの解放
ご相談ありがとうございます。
「痴態」「幼稚」「情けない」、などの言葉でご自身のことを書いてくださいました。それだけ長い間、自分を責め続けてきたのですね。
少し見方を変えさせてください。
人間関係を避けること、連絡先を消してしまうこと、それはあなたが弱いからではないと思います。それだけ、人と向き合うことに真剣だったから。だからこそ、疲れてしまったのではないでしょうか。いい加減な気持ちで人と接していたら、そこまで深くは傷つかないでしょう。
人と深く関わると傷つくから、距離を置く…それは自分の心の健康を守るための、ごく自然な防衛反応です。おかしいことでも、恥ずかしいことでもありません。ただ、一つだけ気になることがあります。
あなたは「逃げた」後に、安心するのではなく、そこからまた自分を責めてしまっていませんか。逃げることで傷つき、逃げたことへの情けなさでまた傷つく。その二重の苦しさの中にいるのではないかと感じました。
でも、「本当は人と繋がりたい」という言葉が、文章の中にありました。孤独を選び続けながらも、苦しみながらも、それでもその気持ちを持ち続けているあなたは、決して人と関わることを嫌いになったわけではないのだと思います。
焦らなくていいです。繋がり方は一つではありません。深く長く付き合うことだけが、人との縁ではないのです。会えば気兼ねなく挨拶できる人、それだけでも十分な縁です。今のあなたにできる範囲で、少しずつ。
まず自分を責めることを、少し手放してみてください。それだけで、今より少し楽になれると思います。
もし、これからも心の重さが続くようであれば、ここhasunohaだけでなく、医療的な専門家にも話を聞いてもらうことも考えてみてください。一人で抱えなくていいのです。ご自愛いただきたく存じます。
それはあなたのせいじゃない
ゆず 様 相談ありがとうございます。
人との繋がりを回避する人は、多くの場合過去の失敗や恥や恐怖の体験がトラウマとなっているようです。
あるいは幼少期に両親や保護者から、本来受けるはずの愛情が感じられず、何でも自分一人で決めるように仕向けられた人は、他人に頼ることが下手ですし、会話も苦手になります。
また、躾が厳しかったり、感情にまかせて怒りを向けられたり、言葉の暴力、最悪虐待を受けた人は、自分が悪いと自分を責めるようになりますので、孤独に陥りやすくなります。学童期にいじめを受けた場合も同様です。
もし、ゆず様に上記の内容に心当たりがあるなら、まずは安心安全を充分に感じることから始めるのがよいでしょう。対人関係で疲れやすいですから、自分を癒やすことも大切です。心にエネルギーが溜まらないと、繋がりを感じる一歩を踏み出せないでしょうから。安心安全を充分に感じることをしてください。癒しの場所に行ったり、心が安らぐことをしてください。
それから自己嫌悪や自分を責めることは、私のせいではないと思ってください。対人関係で脅威を感じたり、恥を感じることで、自分を責めたり、自分を貶めたり、自分に怒りを向けたりするのは、脳の本能的な反応であなたのせいではありません。「自分のせいじゃない・自分に責任はない・自分は悪くない」と何度もつぶやいて、恥や脅威の感情を小さくしていってください。
そして、自分に思いやりを向けてください。あなたの応援団としてあなたの傍らに最も信頼できる人(友人や恩師やテレビや映画のヒーローなど。ペットでもかまいません)が居るとしたら、どんな優しい言葉をかけてくれるでしょうか。ゆったり落ち着いてイメージしてみて、その優しい励ます言葉を受け取ってみてください。
心がざわつくとき、その言葉を自分への思いやりの言葉として、深呼吸と共に使ってみてください。きっと一歩前へ動き出す何かが始まるでしょう。
参考にしてください。一礼
追伸:お礼メッセージありがとうございました。字数制限でここではこれ以上おつたえできませんが、「自分に思いやりを向ける」練習等必要でしたら、メール等でお知らせください。オンラインでできますので安心してご利用ください。この度のご縁に感謝申し上げます。合掌礼
人生は恥の連続です
人生は恥の連続です。
私も昔を思い出して「あーっ」と大声を出したくなることが何度もあります。
みんな、そうなんです。
だからといって、誰とも付き合わなければよかったとは思いません。
異なる人同士が付き合えば、どこかがぶつかり合うんですから、お互いにぶつかりあって、恥をかいて、少しずつ丸くなればいいんです。
最初からぶつかるのを怖がって避けていたら、人として成長することはありませんし、人生もつまらないでしょう。
そうしたことを繰り返す中で、気の合う友人、尊敬し合えるパートナーがきっと見つかるはずです。
一度失敗しても、二度失敗しても、三度失敗しても、気にする必要はありません。
思いっ切り、恥をかきましょう。
世の中にはたくさんの人がいて、たくさんの出会いを待っています。
自己嫌悪へ繋がる厳しい心の声を少しずつ休ませましょう。
ご相談ありがとうございます。人と繋がりたいという本来の温かいお心と、ご自身を責め続ける深い苦悩が痛いほど伝わってまいります。
仏教には「如実知見(にょじつちけん)」という言葉があります。事物をありのままに見つめるという意味です。あなたは「立派な自分」「場を盛り上げる自分」でなければならないと強く握りしめ、それができなかった時にご自身を厳しく罰しておられるのですね。「変なことを言った」という自己嫌悪は、他者への気遣いが人一倍強いゆえんです。決して幼稚だからではありません。
まずは「気の利いたことが言えない自分」「すぐに疲れてしまう自分」を、そのまま許してあげてください。今は心のエネルギーがすっかり枯渇し、傷つくことから身を守るために心を閉ざしている状態です。
「消えたい」「気力がない」というお言葉が大変気がかりです。心がSOSを出しているサインですから、無理をして自分だけで解決しようとせず、まずは心療内科などの専門医を受診し、お医者様を頼ることもご自身を救う大切な一歩です。
自己嫌悪へ繋がる厳しい心の声を少しずつ休ませましょう。今はただ、挨拶ができるだけで十分立派です。仏様は、不器用でも一生懸命に生きるあなたを、決して見放したりなさいませんよ。
拝
縁起寺 釋聴法
良好な付き合いが、自分の力に。無言を恐れず、境界線を見直して
あなたの安心できる境界線で、付き合っていけばいいと思いますよ。ただ、学生時代は、離れれば切るということでリセットできましたが、社会人になるといつまでもそうはいきません。これからずっと続いていく職場の仲間です。上手く付き合えるように、先輩から学んでいくことも、参考にしてみませんか。
幸いにも、気を遣ってくださる温かい職場のようですね。ありがた迷惑の優しさではありますが、気にかけてくださっていることは、社員の声にも耳を傾けてくださるということではないでしょうか。
あなたが場作りをしなくても、周りが心地よい雰囲気に配慮くださる中で、無言を恐れずに周りとただ繋がっていればいいのではないでしょうか。それならば、盛り上げたり恥をかくこともありません。
職場の人間関係は、指導くださったりフォローしてもらえたり、仕事の成長やミスを防ぐためにも、大事な関係となります。良好な付き合いが、自分の力にもなるのです。ですから、周りを観察しながら、あなたの境界線を見直していきませんか。
あなたのそのお気持ちとてもわかるように感じます。
拝読させて頂きました。
あなたが人とのつきあいをこばんでしまうことを読ませて頂きました。今までもなかなか人付き合いがうまくいかずにあなたがとても辛くなってしまっていたのですね。詳細なあなたや周りの方々とのことはわからないですが、あなたのそのお気持ち心よりお察しします。
あなたが人と話をするのにとても気を遣ってしまって疲れてしまうのかと思います。なかなかうまく話せずに恥ずかしくなってしまい辛くなってしまい、そんなことなら初めから人と話さずに一人でいた方がいいと思ってしまうのでしょうね。あなたがそう感じてしまうのもわかるように感じますし、それでもやっぱり人とのつながりを持ちたいと心の中では思っているのだと思います。
あなたは今ここでも私達と話をなさっておられ交流なさっています。あなたは決して一人ではありません、あなたは私達や仏様や神様やご先祖様とご縁を持っています。
きっと仏様や神様やご先祖様はあなたのことをいつも優しくお見守りなさっていて下さいます。あなたが多くの方々と出会いながらご縁を結んでいくようにといつも優しく守り支えていて下さいます。
あなたの思いをここでもお話しなさって頂いたり、仏様や神様やご先祖様にもあなたの思いをありのままにお話しなさって下さいね。
あわてることはありません、あなたができる範囲で少しずつ周りの方々や興味や趣味の合う方々ともつながってみて下さい、或いは宜しければ地域のボランティア活動等にも参加なさってみて気軽にスタッフの方々とお話しなさってみて協力し合ってみて下さいね。
あなたがこれからの未来を沢山の素晴らしい方々との出会いやご縁に恵まれて、交流を深め合いお互いのことを心から尊重し合い思いやり信頼なさり、健やかにご成長なさいますように、心から豊かに幸せを分かち合い生きることできますように切に仏様や神様やご先祖様に祈っています。そしてあなたを心より応援させて頂きます。至心合掌
質問者からのお礼
僧侶の皆様、暖かい問答を有難うございます。
御指摘の通り、幼少期から虐めを受けてきました。幼少期から人と馴染めず、どう接すればいいのか分からずオドオドしていると、私をみているとウジウジしていてイライラすると言われて虐められたり、私はいつも泣いて登校していましたが、先生からは「そんなんじゃ人生損するよ」と言われたことを今でも覚えています。そんなこと言われても、だったらどうすればいいのか分からなかったですし、今でも分からないです。
親にも、虐待とまではいかないですが、イライラをぶつけられたりはしました。
親は元気で明るく活発な子が好きらしく、上に二人の兄姉がいるのですが、その二人は運動部でキャプテンをやったりと、どちらかと言うと活発な性格だったのに対し、私は殻に閉じこもりがちだったので、興味を持たれてないなとは感じていました。
私が不登校気味になり、学校に馴染めない、誰々にあんなことを言われたと言うと、「お前見てるとイライラするんだよ。もっと言い返したりしろ。」と言われましたが、それが出来ずに困っているのにと思いました。
現在の職場では、有難いことに優しい方々に囲まれて、「話すのが苦手です」と正直に言ったところ、「でも貴方は話しかければ応えてくれるじゃない。」「それでも仕事のことで色々聞きにきてくれてありがとう。」と言ってもらえたりしますが、それでも、人に気を使わせてしまってる事には変わりなく、そんな自分が許せません。
いつか気楽に人と関われるようになれるように、出来ることを少しずつ、焦らずやっていきたいと思います。
ありがとうございました。



昼間は、ほとんど法務に出ておりますので、夜の応対になります。
できれば、事前にメールで相談内容を教えていただければ、スムーズなセッションになるように思います。
プライバシー、相談内容の守秘義務は遵守いたします。