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この世は修行?

回答数回答 2
有り難し有り難し 18

はじめまして、よろしくお願いします。

折り返しの年齢になり、今までの人生を振り返ってみますと割と波乱万丈の人生だったかな?と思います。

そこで、お聞きしたいのですが。
私たちは生まれてくる場所や環境などを全部自分で決めて生まれてくるという考えは
本当なのでしょうか?

2014年12月14日 7:24

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

行いは選べる

はじめまして。
真宗大谷派の釋理薫と申します。

仏教では、この世に「生」を受けることは非常に稀なことで尊いことだけれども、生まれる場所や環境は選べないと教えられています。

有名な『法句経(ダンマパダ)』に
「螺髪を結んでいる(バラモンの格好をしている)からバラモンなのではない。
氏姓によってバラモンなのでもない。
生れによってバラモンなのでもない。
真理と理法とをまもる人は、安楽である。かれこそ(真の)バラモンなのである。」

とあります。

バラモンとは聖者のことです。
生まれや背負ったものはひとりひとり千差万別ですが、その行いによってその人の人生が決まるというのが仏教だと教わってきました。

2014年12月14日 15:37
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有り難し
おきもち

平松理薫(釈理薫)
真宗大谷派(東本願寺)僧侶 東京品川 日夜山正徳寺 住職 主な活動...

全てが自分を向上させるに丁度イイ

たとえば来世や次なる世があると願うと人間どうなりますでしょうか?
おそらく恵まれない人生ならば「次こそは…」と今、現在、現世ではなく、心の中で描かれた別のモノを生きようとするなど、現世がおろそかになると思います。
その事をいさめるために、今の目の前に本腰据えて生きるためにも、与えられた人生を全うすべし、という含みを込めて言われてきたのが、そういう説であろうと思います。
他をうらやんだって、しょうがない。
今の自分の真実を観ずして、どこに生きるべき道がありましょう。
大切なのは、自分がどんな苦境、不運にあっても、そこから幸せな方向、前に進んでいく事が大切です。波乱万丈であられたにせよ、それはそれであなたの恵まれた人生です。
私が最近感じている事は、不運、不幸、苦境というのは、最初から不運、不幸、苦境という訳ではありません。それらは人間的な「総合的最終判断」であって、どんな苦しい中にあっても、楽しい瞬間もありますでしょう?あなたも波乱万丈だった分、他人からの非難もあったかもしれません。それでも楽しいこともあったはずです。それでもまだ、人生は続いていきます。
ほかならぬ自分の人生を自分が生きる。
決められた人生などはありません。
自分がさらに道を切り開くことができます。この生にありながら生き方だけは選択できるのが人生です。

2014年12月27日 12:18
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

質問者からのお礼

釋理薫さま
ご回答ありがとうございます。
私なりに何度もご回答を読み返してみたいと思います。

まず、生まれてきた事に感謝したいと思います。

「仏教全般」問答一覧

「師匠無しは外道です。仏教は世界を救うためにあります」

坐禅会で副住さんと二人きりだった。 気候に依るか、今日は二人だけという縁に依るものであったのか、僕がムカつく顔をしていたのか…なるようにして、そうなったのでしょうが…。 会話量は僕が2、お坊様が8くらいでした。法話聞きに行ってるので。 風の吹き方一つで虫の居所も変わるでしょうし…なるようになったのか? 「山には色んな入口と登り方があり、諸宗教も同じですよ。」 僕「山なんて本来無いのでは?」 「貴方と話してるとウンザリするんですよ…こう言うのも面倒くさいんです(半笑い)」 「えっ」 突然だったので驚きました。これは何らかの方便なのでしょうか? 縁が整った故の個人的な考えですが、神様には個々人の内に誕生日があって、各々が見聞していく中で神々の造形や威光が深められていき、その信徒が己の生み考えた偶像にひれ伏すようになっていく。そういった一切は縁起に依り、各々が思うように仕立て上げていると気付くために坐禅等の諸行によって三昧、思い込みの縄を解き、無自性=縁起に気付き、よくよく見極めていく。 「自覚」縁起の教えが仏教。そこが諸宗教と一線を画する所では? と考えています。 そう思える縁が整っただけですが…。 上記のような屁理屈だって蹴倒れる程に悲しい。 因縁仮和合云々並び立てても殴られりゃ痛いし、彼の軽蔑は悲しい。 それで心相続していって変遷していく。 またその場の気分も風の吹き方一つで変わるので、次はお寺に行くかもしれないし、行かないかもしれない。嵐か地震が来るかもしれないし、実際は考えに依ってくれないし。 世界を救うって何を…? 僕「師がいなくて外道なら、在家信者は外道ですか?」 「師ならそこらじゅうのお寺にいるでしょう。 解釈に囚われているから、そういった考えになるんです」 僕「はい」 「ウチは檀家100件を超えておりますが、法事をして救いもして、救いもしない事が救いになる事もありますよ」 「師について学ばないとオウムと変わりませんよ。空だから〇してもいいっていう」 僕「え?(なんで突然オウム?そもそも誰かを〇すなんて)」 彼が気に入るだろう答案を提出できる縁に僕は恵まれなかった。 痛い位に今日の彼から伝わってきたのはもう僕に二度と会いたくないってこと。 僕が出来るのって出来る限り接する人に親切にしていこうと願う事位。 世界を救うって何?彼の真意は何でしょう?

有り難し有り難し 74
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仏教では女は差別されるのですか?

初めて質問させていただきます。 ここ3年神仏に惹かれて近くのお寺にお参りなどさせていただいているのですが仏教では女だと差別される、等など聞いてしまい、ネットなどで見てみたらそんな話が色々書いてありました。 例えば女だと成仏出来ない、女は汚れているだの書かれていました(泣) 本当にそんな差別などお釈迦さまやお不動さま、そしてお坊さんがするのか知りたいです。 そんな事を仏さまは思ったりしていないと思うのですが… 女だと汚れているからと思っているお坊さんはこの時代いるのでしょうか? もし、本当にお釈迦さまやお不動さま、そしてお坊さんが思っていたらお 参りすることって出来ないですよね…? 悲しい事が書かれていたので凄く落ち込んでいます… 今まで一生懸命感謝の気持ち、これからもよろしくお願いしますと手をあわせていたのが意味もないんだと思ってしまいました。 実際、以前土俵に女性が上がったのが問題になったのがありましたよね? (土俵は神社系だと思いますが) なので、結局神仏どちらも女性軽視になるのですか? 神社で女性の神主さんは見たことがあります。 仏教はどうなのでしょうか? お釈迦さまやお不動さま、そしてお坊さん達は実際本当に女性軽視なのですか? 子供を産むのは女性なのに悲しいものを読んでしまいショックです。

有り難し有り難し 30
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