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この世は修行?

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有り難し有り難し 19

はじめまして、よろしくお願いします。

折り返しの年齢になり、今までの人生を振り返ってみますと割と波乱万丈の人生だったかな?と思います。

そこで、お聞きしたいのですが。
私たちは生まれてくる場所や環境などを全部自分で決めて生まれてくるという考えは
本当なのでしょうか?

2014年12月14日 7:24

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

行いは選べる

はじめまして。
真宗大谷派の釋理薫と申します。

仏教では、この世に「生」を受けることは非常に稀なことで尊いことだけれども、生まれる場所や環境は選べないと教えられています。

有名な『法句経(ダンマパダ)』に
「螺髪を結んでいる(バラモンの格好をしている)からバラモンなのではない。
氏姓によってバラモンなのでもない。
生れによってバラモンなのでもない。
真理と理法とをまもる人は、安楽である。かれこそ(真の)バラモンなのである。」

とあります。

バラモンとは聖者のことです。
生まれや背負ったものはひとりひとり千差万別ですが、その行いによってその人の人生が決まるというのが仏教だと教わってきました。

2014年12月14日 15:37
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有り難し
おきもち

平松理薫(釈理薫)
真宗大谷派(東本願寺)僧侶 東京品川 日夜山正徳寺 住職 主な活動...

全てが自分を向上させるに丁度イイ

たとえば来世や次なる世があると願うと人間どうなりますでしょうか?
おそらく恵まれない人生ならば「次こそは…」と今、現在、現世ではなく、心の中で描かれた別のモノを生きようとするなど、現世がおろそかになると思います。
その事をいさめるために、今の目の前に本腰据えて生きるためにも、与えられた人生を全うすべし、という含みを込めて言われてきたのが、そういう説であろうと思います。
他をうらやんだって、しょうがない。
今の自分の真実を観ずして、どこに生きるべき道がありましょう。
大切なのは、自分がどんな苦境、不運にあっても、そこから幸せな方向、前に進んでいく事が大切です。波乱万丈であられたにせよ、それはそれであなたの恵まれた人生です。
私が最近感じている事は、不運、不幸、苦境というのは、最初から不運、不幸、苦境という訳ではありません。それらは人間的な「総合的最終判断」であって、どんな苦しい中にあっても、楽しい瞬間もありますでしょう?あなたも波乱万丈だった分、他人からの非難もあったかもしれません。それでも楽しいこともあったはずです。それでもまだ、人生は続いていきます。
ほかならぬ自分の人生を自分が生きる。
決められた人生などはありません。
自分がさらに道を切り開くことができます。この生にありながら生き方だけは選択できるのが人生です。

2014年12月27日 12:18
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

質問者からのお礼

釋理薫さま
ご回答ありがとうございます。
私なりに何度もご回答を読み返してみたいと思います。

まず、生まれてきた事に感謝したいと思います。

「仏教全般」問答一覧

仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 51
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どちらの宗派、教えを信じれば良いのか

初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

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