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悲しみや寂しさについて、お言葉やお教えなどはありますか?

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有り難し有り難し 13

私は、約12年前からうつ病や不安障害などのために治療を受けております。
約1年8ヵ月前に父がガンのために他界いたしました。

自分の発病後からは友人などとの接点が全くなくなり、完全に孤立無援の生活が続いております。
毎日、誰かと話すこともない生活が続いています。
そして、父が他界した後は、それまでよりもずっと悲しく、寂しい生活が続いております。

以前に質問をさせていただいた時には、お寺参りを勧めていただきました。
早速調べてみましたところ、父のお墓があるお寺で7月に法要があるようですので、それに参加させていただきたいと思っております。

しかし、それまでの間のことなのですが、やはり毎日寂しくて、悲しくて仕方がない日が続いていて、とても苦しいです。
誰とも話すこともなく、電話やメールが来ることもない毎日です。
寂しくて、悲しくて、いい年をした中年男が泣いている毎日です。

こんな私にとって、何か救いになるような仏教のお言葉と言いますか、お教えみたいなものはございませんでしょうか。

この寂しさや悲しさがほんの少しでも楽になることができるような仏様のお言葉やお教えはございませんでしょうか。

ほんの少しのお言葉でも構いませんので、どうか教えていただきたいと思っております。

どうかよろしくお願い申し上げます。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

常に・共にいてくださるのが仏さまです。

ようこそご相談下さいました。ありがとうございます。

浄土真宗の僧侶ですので、自宗の聖典の中から紹介させていただきます。

「阿弥陀仏、 此を去ること遠からず」(仏説観無量寿経)
『阿弥陀仏はここから遠いところにいるのではない(常に私と共にいてくださる)』

「極重の悪人はただ仏を称すべし。 われまたかの摂取のなかにあれども、
煩悩、 眼を障へて見たてまつらずといへども、 大悲、 倦き(ものうき)こと
なくしてつねにわれを照らしたまふといへり」(正信偈)
『極重の悪人(煩悩の中でしか生きられない者)は、ただ南無阿弥陀仏の念仏を称えましょう。私もまた阿弥陀如来の救いの中にいます。残念ながら煩悩だらけなので仏のお姿をこの目で見ることはできませんが、阿弥陀如来の大慈悲は私を見捨てることなく、常に照らし続けてくださっています』

嬉しい時も楽しい時も、悲しい時もつらい時も、常に私とともにいてくださるのが仏さまです。私の方は煩悩を抱えて仏さまの姿を観ることはできませんが、だからといって仏さまの方から「もうやーめた」とあなたを見放すことはありません。つまり「あなたを決して独りぼっちにはしない」というのが慈悲の心なのです。

年齢や性別に関係なく、辛さ、寂しさ、悲しさは一人で抱え込むのはとても重たく苦しいものです。分かち合えれば軽くなることもあります。亡きお父さんと仏さまに甘えて、自分の苦しみを少しお願いしましょう。お寺参りも是非。

なお、浄土真宗では「こころの悩み相談」ダイヤルもございます。
曜日が限られており、京都への電話にはなりますが、ご参考までに。
http://j-soken.jp/category/ask/ask_2

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有り難し
おきもち

2016年5月より登録させていただきました、新米回答僧です。 浄土真宗の...
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質問者からのお礼

渡辺 慈海 様
ご回答ありがとうございました。
仏様はいつも一緒にいてくださるのですね。
また、仏様は決して一人ぼっちにしないでいてくださるのですね。
よくわかりました。
ご多忙中にご回答をいただきまして、どうもありがとうございました。

「仏教全般」問答一覧

お金なんて要らんと貫いた心

神仏への信仰心がとても篤かった医療人のお話です。 その人は幼き時に難病で視力を失い、家督を譲って琵琶法師と鍼師のどちらかを選ぶときに医の道を選んだそうです。親には「二度と家の敷居をまたぐでないぞ」と突き出され、入門先の師匠は「素足に埃が付いたら掃除やり直し」覚えも良くなく、ある日鍼を持たせてもらった時には、患者さんが痛さで悲鳴と怒号のクレーム続出…ことごとく破門。 後がなく生死をかけ岩屋に篭もって断食修行、無我の境地で空腹に転び手にした松葉(鍼のような)と、くるまった落葉を元に、のちの管鍼法を発案。「これなら患者さんも痛がらずに下手な自分でも施せる」心の清らかな和一さん、あれよあれよと出世し果ては将軍の病まで治癒。「よくやった和一よ、褒美を与える。何でも申せ」と将軍、ところが見返りを求めなかった和一先生、儲けは要らんと一旦断るも、当時の上下関係では言語道断。お互いにプライドがゆるさず譲り合わなかった末(流石の将軍もこれで諦めるであろうと、盲目の自分に)「ひとつ、目が欲しゅうございます」と頓智を効かせたところ「わかった」と将軍は引き下がり、しばらくして江戸の一ツ目という地名の土地に、「盲目と老体が遠方まで行かずともお参りできるように」と江ノ島の弁財天様を勧請、老いても尚熱心に参詣を怠らぬ和一検校を自分のケアスタッフとして「そばに置いておきたかった」のもあり、治療院のみならず弟子の養成所と神社まで併設、そして今も残るそうです ハンデがあっても自立して生きていける術を磨く、世界初の視覚障害者用職業養成機関は、実は江戸時代に「盲目となり家を出され、師弟関係も破門され…住むところもお金もなく、仕事のセンスにも恵まれず…只管に神仏に手を合わせ続けた」信仰篤き偉人の苦労の先に日本で生まれた逸話、私は大好きです! 話が長くなりましたが、私も勉強をし指圧師となって施術をしたいと毎日仕事に明け暮れています。元ヤン僧侶さんは「目標が半端ねぇ。もっと効率的にガッツリ考えろ」と喝を入れてくださいました(笑)息を吸うように朝日が昇れば仕事が入ってきて、6月は休みなしで母の日から連勤達成更新中です。今の仕事も好きですが、やっぱり指圧を専門学校で学びたい。 先日お寺でふと仏様から「前へ。只管に進みなさい」と声が聴こえた氣が…私の指圧を喜んでくれた母の為にも入学が叶うようエールをいただけますか。

有り難し有り難し 6
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