過去の自分を肯定できない
大学生になって生まれも育ちも様々な色々な人たちに出会うようになりました。だからこそ、「今の自分」を紹介することだけでなく、「中学生の時とかどんな子やったん?」と聞かれるように、「過去の自分」がどのような人だったのか、紹介することも増えました。
でも、僕はあまり「過去の自分」が好きではありません。なぜなら、中1の頃、休み時間に新しくできた友達(?)の机に行くと、「来んなや!」と言われ、それ以降無視され続けたことがあったからです。その友達とは、この出来事以来、一切今も話してもいません。なぜ、無視されたのか理由も分からないままです。
この出来事があったせいか、中学生の自分は、極度に人と関わることを避け、人にどう思われているのか気にし続けていました。そして、自分とは全く違う中学校生活を楽しみ、スタイルも良く、勉強も運動もできる幼馴染と比べてしまい、とても卑屈な人間でした。
高校生になると、無視されるといったことはなかったけれど、無視された経験があったせいか、あまり自分から積極的にいくこともできなかったです。そして、先週、卒業式以来に、担任ではなかったけれど関わりがあった高校の先生とご飯を食べました。その時に、「中学生とかどんな人間やったん?」みたいなことを言われました。僕は、大学生になって中学生の時のように、人にどう思われているのかなど、気にせず、「今の自分」でいこうと考えていました。
そして、その質問に答える際、無視された経験を伝えたことで可哀想やなぁって思われるのが嫌いだったので、少し偽って伝えてしまいました。その時に、本当はこんな自分ではないのに…といった自己嫌悪感が生まれたり、伝えたいのに「過去の自分」が好きではないから、伝えることができない葛藤が生まれ、心がモヤモヤしてしまいます。
もちろん、過去どのような人間だったのかを聞いて、どういう人間なのか知ることもできるけれど、こんなに人の「過去」って大事なんでしょうか?「過去」と「今」が違う人なんてたくさん居ると思います。僕は、その「過去の自分」が好きではなく、肯定できないために、今までどういう人間だったのかといった類の質問をされたときに、すごく「過去の自分が卑屈な人間である」と感じてしまい、肯定することができません。これからどういう風にしていければいいのでしょうか?
有り難し 10
回答 1