心の支えとして
こんにちは。以前にも質問に答えていただいた者です。ご無沙汰です。
前回、漫画家になる夢に挫折したという内容で質問させて頂き、温かい励ましのお言葉をいただきました。あれから有り難いことに周囲の人々に助けてもらい、現在は色々なことを割り切って今後を現実的に見据えています。
ただ、割り切ったとは言ってもまだまだ「あの時ああしておけば…」という後悔の念が湧き上がることがあります。そんな時、つい前世や来世といったことを夢想してしまいます。
現状を全て諦めた訳ではありませんが、疲れた時などに現実逃避気味に「ひょっとして前世で何かやらかしたから上手くいかなかったのかな」「今踏ん張ったら来世ではもっと上手くやれるかな」等考えてしまいます。
頭では割り切っていても、心がなかなかついてきません。また皮肉なことに、前世来世を前提としていると自分を納得させられて心穏やかになり、結果的に前向きにはなるのです。
今を受け入れて生きることが最も重要なのは理解したつもりです。しかし一朝一夕で屈強なメンタルにはなれず、不確定なものを心の支えにしないと精神的なストレスを解消できません。理想を言えば来世があったら素敵だなと思っています。
現実逃避の果てに、「望む来世ではない、また来世などなかったとしても今を頑張る価値と理由になってくれる」という結論に落ち着きます。
今私は諦めたものもあるけれど、自身が非常に恵まれた立場であると自覚しています。なのに来世に想いを馳せてしまうのは欲張りなのではないか…。前世来世を考えてることは、周囲には口外していませんし、するつもりもありません。
ちなみに、上手くいかなかったことというのは幼少期から思春期にかけて母親のストレスの捌け口にされ、それに耐えたことで価値観や自己肯定感が歪み、挙句和解が不可能だったことです。要は「母親との確執のない幼少期を過ごしてみたかった」、「それが無理ならせめてもっと早くに母親に立ち向かっておきたかった」というのが自分の中の最大の後悔です。
長くなりましたが、日々の心の支えとして前世来世のことを考えてしまうことは、よくないことですか?また、来世があると前提にした場合、今世で「来世は困難に耐えるのではなく立ち向かいたい!」という想いは反映されると思いますか?
有り難し 10
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