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幼児の葬儀参列の是非について

回答数回答 4
有り難し有り難し 52

従兄弟の娘が亡くなりました。
もうすぐ2歳になる女の子でした。4歳のお兄ちゃんもいます。
明後日お葬式があるのですが、自分の息子たち(4歳男、3歳女)を参列させるべきか迷っています。
私の両親は無理に参列させなくてもいいのでは、と言っていますが、あまりに突然の死で、絶望の淵に立っているであろう当人達のことを考えると、子供達と一緒に悲しんであげたほうがいいのでは、と私は考えています。
これは私のエゴなのでしょうか?

2016年7月16日 5:52

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死は当たり前の事

死=悲しい事と決めつける必要はありません。その時に感じた事でいいのです。
お子様たちにも、死について知ってもらう事も一つだと思います。長時間参列しているのは飽きてしまうと思います。出入り口に近いところで、途中で抜けられるようにしてあげると親子で安心して参列できます。

生き物は生まれたら死ぬ。当たり前であるにもかかわらず、マイナスイメージを付け加え、隠そうとか見せないように、する必要は一切ないです。

2016年7月16日 6:04
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有り難し
おきもち

死は最後の人間教育である

お月様さん、ご質問ありがとうございます。

葬式への小さいこの参列の是非ということですね。

ここにも以前書いたようですが、ある方が

死は最後の人間教育である

という言葉を残されました。

なくなった方の死を、小さいお子さんがどのように感じるかは、
しかとはわかりませんが、
いずれ人間には死がやってくる。
そのことは避けて通ることはできません。

亡くなった人の死を通して、
何かを感じ、伝えてくれることを期待しつつ、
一緒に参列されることを進めたいと思います。

2016年7月16日 8:12
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おきもち

真宗山元派上西山正善寺住職

生老病死に直面する

生老病死に直面する機会は貴重なことだと思います。

私は、二人の息子がいますが、次男が生まれたときには、長男(当時小学1年生)にも立ち会わせました。(生まれた直後、へその緒がつながった状態のときに立ち会わせたのですが)

また、私の母(息子たちにとっては祖母)の死は、家族みんなで看取りました。
母の通夜のあと、別室で親族と話していたとき、ふと息子たちの姿が見えないことに気づき、探していたら、兄弟二人が母の枕元で、母の冷たくなった手をさすってみたり、頬や額に手を当てたりしていました。

そのとき、二人が何を考え、何を感じ取ったかは、未だに聞いていません。
しかし、きっと彼らは何かしら感じ取ってくれたことと思っています。

このたびは、お子さんと同じ年頃の方のお葬式であるとのことで、さぞお辛いこととは思いますが、ご家族ご親族皆さんで、「いのち」を感じていただく機会となりますよう念じております。
合掌

2016年7月16日 16:01
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有り難し
おきもち

私は、浄土真宗の僧侶です。僧侶ではありますが、浄土真宗の教えをバックグラウ...

是非、参列させてあげてください。

お月様、こんにちは。

従兄弟のお子様が亡くなられたのですね。お悔み申し上げます。
あなたのお子さんにとって、どのように死を受け止められるのか、年齢的にはわかりませんが、是非参列させてあげてください。死の受け止めは必ずしなければならない人間の体験です。
子供であっても子供なりに大人の雰囲気を察して、受け止めようとします。
私も葬儀で多くの子供たちの参列でのお別れに接してきましたが、悲しいことだと理解しているようです。
人の人生は死を学んで初めて生の有難さを学ぶといいます。それは私たち大人も同じです。
親の受け取り方はそのまま子供の受け止め方のモデルになるのです。

合掌

2016年7月16日 13:02
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有り難し
おきもち

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質問者からのお礼

有難うございます。
家族全員で死ぬこと、生きることついて深く考えたいと思います。

「葬儀」問答一覧

それほど親しくもない知り合いの葬儀

私は田舎に住んでいて、小学校時代の同級生の父君が亡くなったと私の70代の母親が母親の知り合いから聞いてきました。 しかし、その同級生とは小学校を出てから没交渉で、私は都会の大学を出て自分の仕事や趣味の人脈もそれなりに広がって変わっています。 彼がどのような生活をしていたのかは分からないのですが、地元の農家の息子で地元にしか人脈がないような感じです。 昔はうちの近所の田舎では、斎場ではなく自宅で葬儀をしていて、それに地域住民がボランティアで駆り出されていました。 その風習はかなりなくなったのですが、70代の母親はその考え方が抜けておらず、そして自分の葬儀の時にできるだけ地域住民の方々の香典を集めて遺族の負担を楽にしたい意図があるのかもしれず(子供からすればありがた迷惑ですが)やたら地域社会の住民の葬儀にさして親しくもないのに参列したり香典を出したりしています。 私も両親の祖父母の葬儀は経験して、香典のやりとりがめんどくさそうだな…死後色々大変なのになぁ…と思っております。 話は変わりますが、小学校時代の同級生とはいえ別に親しくもないし虐められたりもしてないし、親友か?と問われれば微妙です。 ただ田舎で生きてきた彼と都会でしばらく生きてきた私との間には、もう色んな意味で越えられない壁というか溝があります。 私が尊敬するビジネス系のライターの方が「学校時代の友人よりも大人になってからの仕事の付き合いを大事にしろ」と仰っていて思わず納得しております。 私には、もう学校時代の友人に全て嫌われてもいいくらい、今はそれと関係ない自力で掴んだ友人や人間関係に恵まれています。 なのになぜ、70代の頭が固い私の母親はそういう古い田舎の考えに固執しているのでしょうか。 コロナウイルスのため葬儀はないのですが、母親は香典だけでも渡しにいけ、とうるさいですが、あまり関わりがない人がそういう態度を取るのは逆に無礼ですよね?どうでしょう?

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菩提寺の住職に葬式を頼まない人

住職の予定を無視して、通夜葬儀の日程、場所を決めてきました。 このままだと、離檀になってしまいます。どう対処した方が良いかご相談です。 最初に決めて来た日程が住職の予定と合わずに出来ないので、その旨を伝えると、葬儀会社の紹介する5万円のお坊さんにやってもらうからいいとのこと。 だって、そちらは出来ないんでしょ?という感じでした。 葬儀会社さんは寺の檀家制度ご存知無いのでしょうか? 住職が戒名も付けず、通夜葬儀を他のお坊さんがなさる場合、離檀となる檀家規約が存在します。もちろん、葬儀の日程を調整する際に直にお渡ししていますし、説明しています。 お父様はずっと前に亡くなっています。今回お母様が亡くなられた方で、御歳90歳でした。 喪主の長男さんは入院中で、何番目かの弟さんが葬儀のために動いています。 その家は、代々地域の組、昔でいう講中、分かりやすい言い方だと、檀家さんで作る自治会みたいなところに所属している家です。 お寺には管理費や積立金などは存在せず、お檀家さんの付届け、お気持を年に5回、盆、暮正月、彼岸2回、お十夜、頂いてます。その任意の付届けも欠かさずいらっしゃっていて、施餓鬼などの塔婆もあげてらっしゃいました。 喪主の弟さんが言うには、「〇〇葬儀会社でやって、会場は〇〇斎場でやってほしい」と亡くなられたお母様がおっしゃっていた。遺言だからその通りにしたいと。 だったら、最初に提示して来た日ならば、〇〇時通夜、〇〇時から予定があるので、〇〇時の火葬だったら間に合います。葬儀屋さんと逆算して、相談して開式の時間決めてください。と伝えたのですが、葬儀会場が空いて無いようで、その日は「火葬場が空いていない」と言われました。火葬場には電話して、空きを確認済だったので、おどろきましたが、まあ、葬儀会社が押さえているところが空いてないのかな、と思いました。 ではその日がダメなら、〇〇日や〇〇日はどうですか?お金の面も心配されていたので、町内会館を使うと使用料が安くて、尚且つ、日にち空いているので、使えるという旨までお話ししました。 火葬場、会館の管理をしている方などにも電話をしたりして手を尽くしたのですが、聞き入れてもらえませんでした。 このままだと、離檀になってしまう危機感もお骨を持って次を探さなくてはいけない大変さも感じられません。

有り難し有り難し 43
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お通夜で口論になってしまった

先日、兄弟の義親が亡くなったとの知らせを受け、私は遠方に住んでいるので葬儀場と日時が決まり次第ホテルと交通機関を手配しました。勿論お通夜と葬儀に参加する予定でした。 しかし、旅行会社の手配が済んだ後に、「大変だから葬儀には来なくて良い」との連絡が兄弟からありました。そのため私はお通夜にだけ参加し、葬儀の日には夕方まで時間を潰して帰宅することにしました。釈然としない思いでしたが、故人の方は血縁者ではないし、ほとんどお会いした事のない方だったので、一般客扱いになるのかなと自分なりに理解しました。 お通夜当日、私は朝から喪服や靴や様々な物を持ち電車に揺られて式場へ向かいました。ホテルで着替えて休む間もなく式場へ向かえば、15分前には間に合う予定で、実際に間に合いました。 ところが、スマホを手に取ると兄弟からラインが来ていて「親族扱いになるから、着いたら連絡して」とありました。着信は約2時間前、私が大荷物と格闘しながら電車を乗り継いでいた時間帯です。当然気がついていませんでした。 慌てて電話を入れると、「なーに⁈今頃着いたの‼︎」と、ひどく怒った兄弟が出ました。その後、受付まで出てきた兄弟は「アンタは親族扱いだって連絡したでしょ‼︎‼︎」等、物凄い剣幕でまくし立てました。 この人は今余裕がない。冷静に。大人の対応で… 一生懸命自分に言い聞かせていましたが、とうとう私もキレてしまいました。その後は大変後味が悪く、故人を悼むために遠路はるばる来たはずなのに、一体何をしに来たのだろうと、泣きたい気分でした。 今思い返しても、どこが悪かったかよく分かりません。 「大変だから来なくていい」というのは私を気遣ったのではなく、葬儀を準備する側が大変だから、お通夜の参列自体迷惑だったのか? 故人の方が私の親族に当たるとして、葬儀に「来なくていい」ことはあり得るのか。 親族の通夜で、15分前に式場に着くのが受付で罵倒されなければならないくらい失礼だったのか? 何分前なら常識の範囲内だったのか? 心の整理を助けてもらえると嬉しいです。 ちなみに兄弟と近距離にすむ私の両親は、小一時間前には式場に到着し、自由に時間を潰していたようです。葬儀への列席も断られる事もなく、「来なくていい」と言われた私の話を聞いて驚いていました。

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心が狭いのでしょうか

義理の姉が仕事が休まず祖父の一周忌に行けないと連絡がありました。 わたしは普段のことにはお互い様だと許せることなのですが、こういった冠婚葬祭等についてはきっちりしたい人間です。 諸事情により急な日程となった為難しいことは十分承知しておりますが、出席するのは当たり前のことであり、こちらも仕事の都合をつけていきます。 大好きだった祖父を軽んじてみられている、とまで思ってしまいます。 夫の親戚付き合い等はなかなか荷が重いのもわかります。 わたし自身も逃げ癖があり、何でもこいというような人間ではありません。ただ、嫌でも不安でも向き合わなければならないと、空回りしたり後悔したり自己嫌悪をすることもありますが、事を過ごしてきました。 もしかすると姉にとっても荷が重いことなのかもしれませんし、そういったことではなく、ただただ仕事なのだから仕方ないと思っているのかもしれませんが、前者にしろ後者にしろ納得できません。 このような自分の思考をおしつけるのも間違っているとは思うのですが、世間一般ではこのような場合には姉の立場としてはどうあるのが普通なのでしょうか? わたしの考えはやはり間違っているのでしょうか?

有り難し有り難し 25
回答数回答 2

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