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消えてしまいたいです

はじめまして。
質問失礼します。

長いですが、お付き合いください。
お願いします。

幼い頃、両親は離婚し、母に引き取られました。
離婚するまで、両親は喧嘩の毎日。
私自身も父に殴られたこともありました。
父が怖くて仕方がなかった。

離婚後、母に引き取られました。
母は、朝から晩まで仕事。
私は、新たな学校で、「夜逃げした、父親に捨てられた奴」としてイジメられました。
しかし、一人の先生との出会いで元気な人間になり、友達もできました。

しかし、中学校に入学後、先輩にイジメを受け、友達もその先輩に加担して私をイジメました。
先生たちは、見て見ぬ振りをしてました。

高校では、教師Aにイジメを受けました。
小学校のとき、私は自分を助けてくれた先生に出会ってから、先生になりたかった。
中学校のときは、中学の先生たちは悪い先生の見本だと思い込んでいました。
でも、違いました。
教師Aに出会ってから、胃は痛み、自分で自分の髪を引き抜いたり、吐いたり、食べ物が食べなくなったり…、私は床から起き上がれなくなりました。
そして、高校を辞めて、私は家でずっと寝ていました。(起き上がれなかった)
身体や心の痛みがなくなるまで、2年あまりかかりました。

そして、今、ある目標が出来て、大学へ進学を決意しました。
しかし、世間から見れば私は、二浪生もしくはニート。
近くに住む親戚からは、
「親不幸者」
「恥知らず」
「バカ野郎」
と言われました。

自分だって本当は、消えてしまいたくないくらい自分の存在が恥ずかしい。

こんな生き方したくなかった。

街で見かける、綺麗な洋服に身を包んだ同世代の女の子たちを見ると、羨ましくて仕方がない。

私は、私が憎くて仕方がない。

日に日に痩せてく母を見ると、自分さえいなければ、母は幸せに生きていけたと思います。

こんな私は、もう消えたほうがいいのでしょうか?

後悔・自己嫌悪
有り難し 100
回答 6

質問投稿日: 2015年3月25日 6:49

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

一寸先のひかり

おつらいこととお見舞い申し上げます。

すこしきつい言い方をします。申し訳ありません。

あなたが消えたとしても、あなたをいじめたものたちが
反省することはありませんし、あなたのおかあさまは
あなたを失ったというあたらしい悲しみを増やすだけで
痩せることをとめることはできないでしょう。

あなたが生きて、変わらなければ、世界は変わらない。
でも、そう簡単にいうなって話ですよね。

人間は、大体はたちころから30歳くらいまでに、
生まれてからの身体の細胞のすべてが新しい細胞に
入れ替わる、とどっかで聞いたことがあります。
(まちがってたらごめんなさい)

あなたの半分以上は、もううまれたころとはまったく別の
身体になっています。
かわらないように思えるのは、「こころ」が変わっていない
だけです。
いつまでも、だれかを憎み続け、留まりたいか、
いじめられたところで留まりたいか、
母を苦労かけてしまっているなあ、と思うところで
留まりたいか、

それとも、前へ、前へと、進みたいと思うか。
それはあなた次第であります。

小生はいつも、苦しいと思うとき、
「明日はきっとよくなる」と思って、寝ます。
たとえいい日ではなかったというときも、
「明日はきっとよくなる」と、信じて生きています。

そのためには、今日をしっかり生きねばならないな、
と思っています。明日がきっとよくなるために。
今日、いまできる、最小限でいい。
なにか、自分にできることをしよう。
そう思っています。
わたしたちができる最小限のこと。
小生は「祈る」ことだと思っています。
人間は「祈り」があって、成長してきたと思うのです。
だって、暗闇のなかの一寸先は「怖い」でしょう。
その一寸先に「ひかり」を見出すのは、
「だいじょうぶ。そこにはひかりがある」と
信じて、祈るからです。

あなたやあなたのお母様、あなたのお父様も、
安らかになりますように。さちあれさちあれ。合掌

3年2ヶ月前
回答僧

崇興寺

釈心誓

お母さんはそうは思っていない。

私は父を早くに亡くし、母子家庭で育ちました。
小学生だった私を母は女手一つで一生懸命に育ててくれました。
決して優等生ではなかった私は母親には沢山迷惑をかけました。
ここにはかけないような恥ずかしいことが沢山ありました。
でも母は私を立派な息子だと言って育ててくれました。

親は無条件に許してくれる唯一の存在です。
今私は父親になってようやくそれが分かります。
「この子の責任は全部私がとってやる」とさえ思います。

子どもであるあなたがすることはその場から去ることだとは思えません。
大学に合格するという目標があるなら我武者羅にやってみたらいいでしょう。
その姿がお母さんの何よりの宝ものです。
失敗してもいいのです。
立派になる必要もありません。
でも、立派になってやろうと努力している姿は親から見たらとても微笑ましく誇れるものだと思います。

3年2ヶ月前

え?本当にイジメていたのは?もう一人いた!!

私も沢山のいじめを受けて育ちました。
幼稚園、小学校、中学校で沢山いじめられました。
修行道場でもイジメられました。
一番イイのはいじめられるということが、誰かによってなされても、
自分が自分の心をイジメないことです。
イジメられた、ひどい目にあった、苦しかった、と被害者的な意識を作らないことです。
そういう事をしてくる奴は本当にひどい奴らですが、そんな奴らに屈服してたまるかと、自分の心をつぶされないようにする。
私は丁度今日、かつて、とても苦手な先輩とお話ししたのですが、❝対等に❞話すことができました。
モチロン年齢的にはかなり上なので礼節も尽くしました。
以前は、押しつぶされそうになった事がありましたが、それはどうやら自分の❝負け❞的思いが、自分を一番押しつぶしてきたという事が分かりました。
自分の中の❝負けごころ❞に負けてしまうと、その時表情や態度や、心の中に自分責めが起こるのです。それこそあなたを一番イジメてきた真犯人。
これからいじめにあったとしても、相手にも、自分の思いにも屈服してはダメだよ。
相手と一緒になってあなたを一番イジメていた人間、見えたかな?
「そう、自分が自分を損ねようとする気持ち」なんだ。
それに打ち克つ心をたった今から持とうよ!!一生、相手にも自分にも屈服しなくなれるよ!

3年1ヶ月前

麦は踏まれて強くなる。人間も踏まれた(苦労した)人は強い!

さくやさんの経験はこれから先の人生で役に立ちます!

私も半端無いイジメにあった者としてそう思うのです。

周りの人はどんな時も無責任な言葉を吐くものです。
気にするなと言うのも無理ですが、もっと楽しい事を考える癖をつけてみましょう。
自分に取っての目標に気持ちを集中させる事をお勧めします。

いじめられた自分を否定せず、自分はそのままで良いのだと、
耐えて生き抜いた自分を褒めてあげて下さい。
よく耐え抜いて生き残ったと褒めてあげてください。
あなたはあなたのままでいい。

貴女が自分の力を楽しく発揮できる道が見つかったらワクワクと邁進して下さい。
何か困難にぶつかった時は、イジメを乗り越えた自分である事を思い出して下さい。
あなたは大きな困難にぶつかった事で、他の人には無い経験を持っています。
それは後々の人生の困難の中で乗り越える大きな利点となるのです。

人生は生きるが勝ちです。
(何かに対して勝つとか負けるとかじゃないですが…)

私もイジメにあっていなかったら、
漫画家にも僧侶にもなっていなかったかもしれません。
(私は不登校も休学も浪人もいっぱいしました…自慢じゃないけどね)

周りや後ろをあまり気にしないで、
真っ直ぐ前を向いてマイペースで人生を歩んで下さいね。
その先にはきっと素晴らしい事もいっぱいあると思いますよ。

3年2ヶ月前

ゆっくりでいいのです。

さくやさん

幼少期は両親の喧嘩を見せられ
父親には殴られ、母親に甘えることも出来ず
小学校ではいじめにあい
ある先生との出会いにより
生きる力を回復し、友達も出来
「先生」になりたいという目標が出来たと思ったら
中学校で、またイジメを受け
教師には見て見ぬ振りをされ
友達には裏切られ
高校では先生である教師Aからイジメを受け
心身ともに傷つけられると同時に
「先生」になる目標さえ壊されてしまった。

そして
心身の痛みがとれるまでに2年かかり
ある目標が出来て
大学に進学しようと決意したら
近くに住む親戚からは、その2年間のことを罵られた。
そしてそんな自分は母親を不幸にしているのでは
もうこんな自分は消えてしまった方がいいのかと嘆かれている。

本当にお辛かったですね
さくやさんは人の何倍も努力し、我慢し、
頑張って生きてこられたのではないでしょうか
本当に大変でしたね

自分のことを憎まないであげて下さい
あなたは何も悪い事はしていません。
消えてしまいたいと言わざるえない状況を
生きてきたのだと思います。

その中でも
さくやさんは目標を見出された
本当に素晴らしいと思います。

あなたにはあなたのペースがあります。
他人と比較する必要はありません。
目標に向かって頑張れる時は頑張って
疲れた時は休んで
嘆きたいときは嘆いて生きて行く

これからの歩みが
過去の意味を変えて行くことになると思います。

ゆっくりでいいのです。
頑張って下さいね。

3年2ヶ月前

「明日」は自分を変えられる、生きる価値がある希望の世界です

亀山純史と申します。他の回答でも書きましたが、あなたの「いのち」は、「人身(にんじん)受け難し、いますでに受く。仏法聞き難し、いますでに聞く。」なのです。これは三帰依文の冒頭に出てくる言葉で、私たちは、人間として生まれることは難しいのに、今、人間として生を受け、また、仏の教えに出遭うことは難しいのに、今、仏の教えを聞く機会に恵まれました「いのち」であることを表しています。

また、私が現在勤務している高校(普段は、高校の教員をしています)の卒業生が、大学合格体験記の中で書いた言葉に、「自分が動けば世界が変わると思うんです。他人と過去は変えられない。しかし、自分と未来は変えられる。」という文章がありました。「自分が動く」大変なことかもしれません。でも、自分が動けば、「自分と未来は変わる」可能性があるのではないでしょうか。

また、佐賀県佐賀市出身のイラストレーター326(みつる 本名:中村 満)の作品の中の文言に「明日にはまだ失敗がない それだけで生きる価値がある」というものがあります。「明日にはまだ失敗がない」世界、それが「生きる価値がある」世界へとつながって行くとは、それは「生きる価値がある」世界は、「失敗をしても許される」世界だということです。

また、東京大学教授の玄田有史先生は、「希望は持つものではなく、作るものである。」と言っています。そして、「人生で絶対に越えられない大きな壁にぶつかったら、そこでちゃんとウロウロすること、それが大切だ。」とも言っています。ウロウロしていると、偶然、小さな亀裂を見つけるかもしれない、そして、その亀裂をコツコツと一生懸命突いていると、そのうち、その小さな亀裂は少しずつ、大きな亀裂になり、最後には人が通れるだけの穴になるかもしれない。「「運が良かった。」と言う人がいるが、運は偶然ではなく、必然だ。」とも言っています。

幾人かの人の言葉を紹介させていただきました。少しでも、この回答がお役に立てれば幸いです。

3年2ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

ありがとうございます。

前へ進めるように、前へ進むために、今日を頑張って生きます。

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