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死について、考え過ぎて毎日が暗いです

回答数回答 2
有り難し有り難し 39

はじめまして。私は、先日高校生になったばかりの者です
最近、ISやシリア内紛の残酷な話を見たりしていて、ふと親が居なくなってしまったら、とか考えてしまうようになりました。
そうすると、どうにも毎日いろいろしてもらっていることとか全てが虚しく、悲しいように思えてしまうようになりました。
子どもでいられなくなることが怖いし、いつまで一緒に旅行とかに行けるのかとかこわくてたまらなくなります
また、家を空けることが多いため、寂しくなるね、とか言われると申し訳なくなります。
最近、エスカレートしてきて友達などを見ても、いつかは皆居なくなってしまう時が来るし、自分もそうなる時が来るなどつらつら考えがいってしまうのです。
考えること自体が失礼なことなんだなと思ったりして、最近明るくなれないです

2015年4月10日 7:02

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

良き変化の前触れ

reimeireiさん
はじめまして、なごみ庵の浦上哲也ともうします。

残酷なニュースを見たことで、いつか親や友達もいなくなってしまうんだな、と考えてしまうのですね。
また、自分がいつまでも子どもでいられないことが怖かったり、親に「寂しくなるね」と言われると申し訳なくなったり、明るい気持ちになれないのですね。

私はreimeireiさんのお気持ちを読んでいて、「今まで当たり前だと思っていたものが、そうではないと気づいた」のではないかと感じました。

多くの人は、自分や周りの人がずっと生きているのが「当たり前」だと思って暮らしています。誰もが命を終える、なんてことは怖くて考えたくないのです。

「当たり前」の反対は「有り難い」です。「有り難い」とは「有り得ることが難しい」という意味です。reimeireiさんは、命の本質に気づいて苦しんでいらっしゃいますが、それは身の回りのことを「有り難い」と思えるようになる通過点のように感じます。

私には、良い変化の前触れのように感じられますが、いかがでしょうか。

話は変わりますが、残酷なニュースなどを見聞きした時、ダライ・ラマ法王の言葉を思い出します。よろしかったら以下ご覧ください。

《たとえば東京には、何百万人もの人たちが住んでいて、時にはニュースで見るような殺人事件も起きているかもしれませんが、それは何百万人もの子供たちや病人、老人たちが、人間の愛と慈悲によって、行き届いたケアを受けていることに比べると、その数は微々たるものにすぎません。
つまり、愛と慈悲の心の方が、人間社会の中において、ずっと優勢を保っているのです。》

2015年4月10日 8:50
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有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

「不死」の境地を目指して

reimeirei様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

いずれ誰もが避けられない「死」ということについて、お考えになられておられまして、少し悲観的、虚無的なところに陥られてしまわれているのではないかとお察し申し上げます・・

「死」については、誰もが生きている中で、必ずどこかで考えることでございます。もちろん、拙生もそうでございます。

ただ、日常の喧騒、忙しさ、目の前のことやあるいは享楽事などにて紛らわしながら、騙し騙しに避けつつ、または隠そうとして過ごしてしまっているのではないかと存じております。

しかし、それが戦争や災害による多数の死、また身内の死など、少し身近に死が感じられた時、自ずとまた自分の死について意識して考えることとなります。実は今年に入って拙生の身内が二人亡くなりました・・その際に、改めて拙生も死について真摯に真剣に考える機会を持たせて頂きました・・

「死」につきましては、これまでにも下記の各問いでもお答えさせて頂いております。

http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/cat_319030.html

『・・死への恐怖の乗り越え方につきましては、仏教における「空と縁起」ということの理解が大きな要諦になるのではないかとは存じております・・』

仏教ではよく悟りの境地を表す際に、「不死」の境地とか、「不生」の境地、「不生不滅」の境地などという言葉が出て参ります。

これらの境地は、まさに死への恐怖や不安、あるいは生への恐怖や不安を超えたところを意味しており、私たちもしっかりと仏教を学び修して、その境地へと至ることで、乗り越えることが求められるものとなります。

誠に難しいことではございますが、是非、これを機会に仏教につきまして学びを進めていって頂ける機縁となりましたら有り難くに存じております。

また、最近の下記問いの拙回答も是非ご参照下さいませ。

問い「寿命は自分で選べないのですか?」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1026358792.html

善処を祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

2015年5月5日 8:00
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

なごみ庵 浦上様
ずっとネガティブな事として私の中に沈んでいたことを、新しい視点でポジティブな方向に向けてくだったことで少し、軽くなったような気がします。終わるということに囚われるのではなく、その過程にある愛や面白いことにも目をむけていたいと思いました。
暖かい回答、浦上様が大切にされている言葉を教えていただき、ありがとうございます!

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 18
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

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