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死が怖いです。

回答数回答 3
有り難し有り難し 35

死への恐怖について。

こんにちわ現在中学3年生の男子です。
まだまだ人生経験が浅いのに対してこんな事を言うのもあれなんですが、、、

いずれ自分にも必ず訪れる「死」がとても怖いのです。

この恐怖については色々なタイプな恐怖があるそうですが、自分の場合は「自我の喪失」など「永遠の無」への恐怖です。

まだまだ何も分からないのですが本来仏教では浄土も輪廻も釈迦は無記と称していると耳にしたことがあります。

とは言ってもまだ何の証明もされていないので死後がある可能性も0%ではないと思います。
まだこのように思い今後の人生を生きていけたら良いのですが、
「何時か科学で死後は永遠の無だと証明されてしまったらどうしよう。もしそうなってしまったのなら僕はもう生きていけない。」
と思うことがあります。

この原因は自分自身にあります。

死が怖いと言って、心の中だけで留めておいたら良かったもののネットで色々(科学や哲学など)調べてしまったりしたので、余計こういった恐怖が煽られてしまったのかもしれません。

つまり簡潔にまとめると

・永遠の無、自我の消失への恐怖

・いつか科学などで死後が永遠の無だと証明されてしまうかもしれない恐怖

・生きる意味がみつからない
です。

長い文章になってしまって大変申し訳ございません。

そして質問はどうしたらこの恐怖を取り除くことができますか?です。
ご回答よろしくお願い致します。

2016年10月17日 22:04

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

なるべく簡潔に答えるつもりだったのですが

>・永遠の無、自我の消失への恐怖
恐怖の問題は最後に回すとして、ここで問題になっているのは「無」「消失」ということです。これは今この生きている身が「有る」とする立場です。
しかし仏陀釈尊が目覚めたこの生とは「縁起」です。「縁って起こっている」=「瞬間瞬間の条件がととのって存在している」=「生かされている」ということです。
つまり私が実体として独立して存在しているのではなく、宇宙があって、地球があって、先祖がいて、父母がいて、出会いがあって…といった数え切れないほどのご縁(条件)がととのっていることにおいてこの瞬間に私が私足り得ているということです。
ですからそのご縁を一つ一つ解いていったならば「私」という存在はどこにも認められなかったということになります。
よって死とはもともと私など無いのですから私が死んでも霊魂が残ったり、死後の世界が実体として有るというわけではありません。かといってもともと無いものが全く無くなくなるという「虚無」でもありません。あくまでも私の身を存在させているご縁がなくなるということであり、私が生きてきた軌跡は様々な形で残された者にはたらき続けるでしょう。

>・いつか科学などで死後が永遠の無だと証明されてしまうかもしれない恐怖
死を科学で証明するのは難しいのではないでしょうか。なぜなら実証できないからです。推測はできますが、実証できません。実証実験をしたらその科学者はもう死んでいるのですからね…。

>・生きる意味がみつからない
生きる意味はありません。ただ意味なく生きているわけでもありません。何か先に意味があってそれに基づいて私たちの生が与えられたわけではないからです。たまたま縁がととのって生起したという事実が先にあるのです。で、あるならば自由です。好きに生きたらいいのです。人生において起こり得るご縁も選べませんが、何が起きようがその出来事に対しどのように対処するかという自由があります。この一点において人生の意味は失われません。あなたはあなたの人生に対しあなただけの態度をとればいいのです。

>どうしたらこの恐怖を取り除くことができますか?
恐怖してよいのです。恐怖する存在が我々です。しかし恐怖するだけでなく事実を見つめることで「生のみが我らにあらず死もまた我らなり」という縁起にもとづいた生命観に目覚めることができるはずです。

2016年10月18日 13:02
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有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

みんな怖いのです

あなただけでなく、みんな怖いのです。
私もそうです。

お釈迦様はこの世は諸行無常と説きました。
全ては移りゆくもの、生があるから死があるように、死があるからこそ生もあるのです。
大切な事は、死を恐れない事では無く、いつかは訪れる死を覚悟して、今の生に集中する事です。

生きる意味は人それぞれですが、あなたの心が求めるものを手に入れる為である事は間違いないでしょう。
あなたが欲しいものを手に入れる為、欲しいものが無いなら、先ずはそれを見つけることからです。
それが最終的に手に入るかどうかは分かりません。
しかし、そのために懸命に今を生きること、そこに、生きる意味が生まれ、いつか死を前にしても、やれる事は全てやったぞ、と後悔なく受け止められる時が来るのではないかと思います。

なお、浄土や天国の存在は科学的に証明出来るものではありません。心に信じることによって存在する所です。
私はお釈迦様やその弟子達、悟ったお坊さん達のように死を自然の摂理としてすんなり受け入れられないので、阿弥陀仏を信じ、極楽浄土を信じ、日々念仏を唱えています。
極楽浄土は私が欲しいもののひとつだから、そこに行く為に懸命に日々努めているのです。

あなたが欲しいものは何ですか?

2016年10月18日 1:07
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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

あなたを応援してますね

拝読させて頂きました。あなたのおっしゃる通りですね。私も中学生の頃死への恐怖が押し寄せて一年以上なにもできませんでした。私はあなたほど頭脳も明快ではありませんでしたし、論理的でもありませんでしたから毎日を死への恐怖におののきパニック状態になっておりました。
その後遺症はしばらくありましたね。
それを乗り越えることができたのはやはり私達がその生命を全うする時に仏様は必ずや私達を間違いなくお導きなさってくださって、仏様のお浄土である西方極楽浄土に生まれ変わり、親しい方々やご先祖様に巡り会い、清らかな心で仏様のご説法を伺いながら円満に成仏させていただけることとなるからです。
そのみ教えを受け取り信じることができるからですね。
また人生は非常に長いです。日に日に私達は死に向かっていることは間違いないのですが、ゆっくりと受け入れて割り切ることができるようになったからです。
あなたの人生もこれからどんどん開けて参ります。様々な人々との大切な出会いがあり、様々な喜びや悲しみも訪れるでしょう。
その様なご縁をあなたはしっかりと受け止めて実感なさりながら充実した毎日を送って頂きたいと思います。
必ずや仏様は私達をしっかりと受け入れてくださいます。
どうか安心なさってしっかりと前を向いて己れの人生を一歩一歩歩んでくださいね。
あなたを応援してますね!
南無阿弥陀仏

2016年10月18日 13:05
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして8年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 4
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有り難し有り難し 40
回答数回答 3

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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