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私の気持ちはいったい……

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有り難し有り難し 28

私の母が11月29日に癌で亡くなりました。発覚から2ヶ月もちませんでした。私の最後を看とることが出来ませんでした。(私の住む所から病院迄は1時間半かかります。)夕方の5時に血圧が測れなくなったと父から電話が来てから急いだのですが間に合わなったのです。それからは泣いて泣いて泣いて。葬儀が終わった途端涙も出なく普通に生活してます。母の死をドッキリなんじゃないかと思ってしまうほど現実逃避してるみたい。夢に度々母が出て来てくれるのですがその後は涙が出て寂しいのですが……私は冷血なのでしょうか。。。。

9年前に息子を亡くした時は苦しく2ヶ月も
引き込もってしまっていたのに……


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私も、一緒に手を合わせますね。

そぅ。。。突然のことだったのですね。。。お寂しくなりますね。。。

死別を味わっても、悲しみ様は、人それぞれです。涙が出ない人もいますし、日常にすぐ戻れる人もいますが、それでも愛する人との別れは、この上ない苦しみですよ。平気な人はいません。
あなたも、こうして、お母さまの死を受け入れながらも、ハスノハに投稿されているでしょ。冷血なんかじゃない。なんらかの心のダメージが、あるのです。それだけ、悲しみの中にいるのです。
でもね、仏教では、死んでいく命ではなく、お浄土へ生まれていく命と説いています。それが、仏様の救いです。だから、往生(往き生まれる)と言うのです。

私も、一緒に手を合わせますね。
息子さんと共に、お母さまも、救われていかれた命として、手を合わせ続けましょうね。
そこには、いつでも。あなたの側にいてくださっているのですよ。 合掌

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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 住職として、中学生の息子の母親...

故人様がたは亡くなった後で喜んでくださることがある

親の死というものは人間何となく無意識でいつか死が来るという事を弁えているものです。
お子さんの死というものは本当に残念なことだっとも思います。
禅僧の書にも
「父死に、子死に、孫死に…」と年齢順に死んでいくのが望ましいことであるという意味でも遺されているものがあります。
大切なのは最期を看取るという事よりも、あなたが今後、どう生きていくかという事です。
お母さんがどういうふうに無くなっていったかという事よりも、あなたに今までどれほど多くのことを残してくれた、してくれたか。思い起こすこと10000の内、あなたがどれだけ沢山の良い授かり、恩恵を見出せるかという事です。だから、あなたはいつまでも悲しんでいたりクヨクヨしていてはいけません。
お母さんがお喜びになられるような、沢山の人を笑顔に出来る人間性の向上に努めるべきです。
それが仏道、仏心、仏の教えを学び、普段の生活に活かすことです。
人の生はいつか終わるものです。
ですが、活という形で生きていきます。
お母さまとお子様は無くなられてしまいました。
ですが、頂いたこと、共に過ごされたこと、授かった事、沢山の暖かい思い出だってあるはずです。
その心を宿して、報恩の行に勤めるべく心のやすらぎや人間的成長の心を胸に生きてください。いずれこの自分の身も世界にお返しします。
いつお迎えが来ても恥ずかしくない様に、自分自分という気持ちを離れて多くの人に喜ばれる生き方を見出してください。
霊、霊魂とは禅においては亡き人を想う気持ちや、亡き人と関わってきたことで生じた、永遠に消えることのないあなたの中の作用です。
あなたが悪いことをすれば故人様はお喜びにならない。
あなたが故人様が喜ぶであろうことをすればあなたの中の故人様方がお喜びになることは確かな事実なのです。あなたとお子さんとお母さまとはちゃんと沢山の関わりがあったのですから。
内なるお母さん、内なるお子さんを実感してみてください。

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

「身近・大切な人の死に泣けない・悲しくない」問答一覧

親族の死に対する気持ち

お世話になります。 身近な親族の死に対する私の気持ちはいったい何なのか、ヒントを頂ければと思い投稿いたします。 3年ほど前に父を亡くし、さらに先日祖母が亡くなりました。 父を亡くした際もこちらでご相談に乗っていただいたのですが、その時には「悲しい」という感情ではなく「申し訳ない」などの感情ばかりでした。 今回の祖母の死でも、「悲しい」ではなく「お疲れ様、頑張ったね」という気持ちがほとんどなのです。 もちろんまったく悲しくないというわけではないのですが、一般的な「悲しい、つらい、会いたい、死なないで」などといった感情にはならないのです。 これは身内に限ったことのようで、たとえば好きな芸能人の訃報にはとても悲しくて「もう会えない、もう声が聞けない」と泣いてしまいます。 一方、親族に対してはやはりそこまでは悲しくなく、心で生きているような、そんなに遠くに行っていないようなそんな気がして大して悲しくはないのです。 顔を見れば「もう会いたいと思った時に気軽に会えないし話せないのだな」と思って少し寂しくは感じるのですが、何度も言うようですがやはりそんなに悲しくはありません。 この感情?気持ちはいったいなんなのでしょう。 時々私は薄情なのか、親族がそれほど嫌いなのかと考えてしまいます。 ヒントとなるようなご意見を頂ければ幸いです。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

祖母が亡くなったのに泣けない

初めまして。 タイトルの通り、先月祖母が亡くなったのに、未だに泣けないでおります。 祖母には私が幼い頃から本当に可愛がってもらいました。 朗らかで穏やかで優しい人で、一度も怒ったところを見た事がありません。そんな性格だったので周囲の人にとても好かれ、葬儀の時は皆涙に暮れる、といった様子でした。 祖父が十年前に亡くなってからは病気がちになり、実家に戻り出来る限り祖母を介護しました。 介護を一度も苦痛とは思いませんでしたが、祖母はいつも「申し訳ない」と謝っていました。 この一年ほどは病院と施設を行ったり来たりでした。私は医師なので数えきれないほどの死を見ており、祖母もいつどうなってもおかしくない状態という事は理解しておりましたし、覚悟もしているつもりでした。 ただ、祖母が亡くなったら自分は生きていけないのではないか、と不安に思っていました。 ところが、先月祖母が亡くなった時から今まで少しも涙が出ず、それどころか悲しいという感情すらありません。 時折「寂しいな」と思う事はあります。しかし持続しないというか、考えないようにしてしまうのです。 葬儀の際、周囲の方から口々に「おばあちゃんはいつもあなたの事を話していた、本当に感謝していた」と言われました。 涙も出ない冷酷な私が、祖母に感謝してもらう権利はあるのかと思います。 泣けない、悲しいと思わない事は異常だと分かっていますが、自分でも自分の心理が全く分かりません。 こんな薄情な孫を祖母は悲しんでいないか、とても気がかりです。

有り難し有り難し 16
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祖父の死からもうすぐ2ヶ月です

先日、約2ヶ月間の入院生活を経て、祖父が亡くなりました。祖父は持病があったものの、ずっと元気でした。訳あって私と祖母と3人で暮らしていましたが、洗濯・掃除以外の家事は祖父がやっており、車での送り迎えや、料理など、私の生活の中心に祖父の存在がありました。 突然の脳内室出血により、緊急入院、2週間の間に三回の手術、1ヶ月間の救急病棟での入院生活、その後通常の病棟へ移動、そしてリハビリの病院へ転院し、転院から一週間せずに亡くなりました。 最初の病院へは、ほぼ毎日私がお見舞いに出向き、少しの時間でも祖父と共に過ごしました。小さい頃から祖父母にたくさんお世話になっていた私は祖父が大好きで、両親よりも大切な存在だと考えていました。 そんな祖父が亡くなり、心の底から悲しく、辛いはずなのに、冷静に受け入れている自分もいて、今までとなんら変わらない生活を送っています。 時々、辛くて悲しくてどうしようもなくなり、もう祖父がいない現実を受け入れているようで、まだ全然受け入れられないのだと実感します。というか、色々なことが急に起こりすぎて、全くついていけていないという感覚です。 それでも私の生活は変わらず続いており、時間は流れて、一緒に過ごした日々、病院での生活、祖父が生きていたことすら忘れてしまいそうな気がしてこわいです。 昔から私は家族の前では泣けないし、素直な思いを口にすることもできません。自分が何を思っているのかもよくわかりません。 受け入れられないのに、忘れてしまうのが本当に怖いです。どうやったら受け入れて生きていけますか。なんだか空っぽになった感じがして、自分が自分を生きている感覚がなくて、苦しいです。 普通に生活出来ているということは、本当は受け入れているということでしょうか。 わかりづらい質問ですが、誰か助けて下さい。

有り難し有り難し 15
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友人の死に現実感が無く、悲しい気持ちがわきません

先日高校時代の友人が亡くなったと弟さんから連絡がありました。 亡くなった後、高校時代の友人の連絡先が分からず葬儀までに連絡をつけられなかったそうです。まだ48歳の若さでした。 しかし35歳で肝臓がんを発症し、13年間闘病してよく頑張ったと思います。 33年間友人として付き合い、20代~40歳まで2、3ヶ月に1度は友人4人で旅行に行っていました。その後はSNSを通じ近況を報告しあい、年末年始、GW、夏休みのたびに食事に行くのが恒例になっていました。 亡くなる数日前からSNSの更新が無く、メールや電話をしても応答が無く、心配をしていてもしかしたら・・・という思いもありました。 弟さんから連絡があった後、一緒に旅行に行っていた3人で亡くなった友人の自宅へ行き、お別れの挨拶をして、ご両親と思い出話をしてきました。 しかし遺影、位牌、お骨の入った箱を目の前にしても友人の死に現実感が無く、悲しい気持ちになれませんでした。今でもメールをしたり電話をすれば「おう」と返事をしてくるのではないかと思ってしまいます。 父親や親戚が亡くなった時は葬儀に参加したため、悲しみの感情がわき、死を受け入れることが出来たのだと思っています。 友人の葬儀に参加できなかったことは残念でしたが、ご家族から連絡をもらえてお別れを言えてよかったと思います。でも今でも悲しい気持ちがわかず、自分が冷たいのか、それとも現実感が無いから悲しい気持ちがわかないのか自分でも分からず混乱しています。 友人の死に現実感が無く悲しい気持ちも無いままに亡き友人を思い出したりご両親や友人と故人の話をしたり、気持ちがこもっていないのにお墓参りなどに行っていいのか分かりません。 私は冷たい人間なのでしょうか?。今後どのようすれば友人の死を受け入れることが出来ますでしょうか。それとも今のままでよいのでしょうか。 是非ご意見をいただければ幸いです。

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父の死についての心の持ちよう

先日、父が亡くなりました。 半年ほど入院していて、ずっと家に居なかった上に、容態の急変で死に目には会えず、遺体は病院から葬儀社へ直行したため、父の死が実感できません。 火葬の日まで、祭壇を家に置くことを葬儀社から案内されましたが、断りました。家に帰って祭壇を見るたびに、父はもう死にました!と突き付けられるのが、どうしても嫌だったからです。 こう思うこと自体、親不孝なのでしょうか。 数日後に父を火葬します(通夜は行わず、葬儀は火葬後に父の故郷で行います)。お伺いしたいのは、その火葬の日までに、父の死としっかり向き合い、覚悟を決めて火葬に臨むべきなのでしょうか。 今、心をどこにどう置いていいのか、とても迷っています。 父の遺体と2度ほど対面しましたが、穏やかな顔してるね~と私は笑うばかりで、まだ一度も泣いていません。 遺体を前にしても、変な違和感と、どこか他人事のような感覚…というよりは他人事にしたい感覚というか、死と向き合うことから逃げているのかもしれません。 こうして文章を打っていると涙が込み上げてきますが、それでもまだ死と向き合えずにいます。 今、私は心をどう置くべきなのでしょうか。

有り難し有り難し 157
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