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死に対する思い

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有り難し有り難し 12

今、、死にたい
生きてる意味がわからないんです。頭の中が悲観的な妄想ばかりで辛いです。。
仕事も遅くまでしても眠くなくて、現在眠剤呑んでます。
元彼にも止められてたのに抑えきれなかったです。寂しいからかな。。
なんかわからないんです。
仕事して頑張らなきゃならないのに生きてるのつらく感じます。今だけのこんな気持ちなのかな。。わからないです。生きたくないです。どうしたらいいですか。。
抑えられないです。。

2015年8月15日 12:09

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

かき氷にシロップをかけない生き方もある

まず仕事を控えて自分の時間を持ってみましょう。
考えや思いの生活を酷使しすぎていると思います。
それが日常生活で現実をまるで相手にしていないと思います。
いつでも思いの中でのやり取りが盛ん過ぎているのです。
心が苦しい、ということは頭が思いの世界に旅立っています。
禅はシンプルな生活です。
起こったことは起こった事として、余分な追加物を加えないのです。
事実というかき氷に思いのシロップをかけないことです。
しらずの内に自分のシロップをかけていると思います。
その状態であると人とリアルタイムで接していても、自分の思いをそこに重ねますから、事実と思いとが混同します。
完全にかき氷とシロップとが混ざり合ったところは、完全にミクスチュアされたところですから、合わさった所ですから、区別がつきません。一緒のものとして認識されてしまっているのです。
でも本当は元々別物なのです。
もともと別であるという事を、感じ取ってみてください。
自分で分断、分別をつけるのです。
思いは思いの世界。
実際の事実は、実際の事実の世界。
そこに思いのシロップをかけてはいけません。
思いのシロップをかける前の世界はいつでもすがすがしいのです。

2015年8月15日 21:10
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

妄想で暴走しないで。

考えで答えを出そうとしては、スッキリと見えません。

あなたは考え、妄想とご自分でおもっているように、その思いはリアルではありません。ですからその妄想の答えを考えで出そうとしてはいけないのです。原因を探ろうとすればするほど、妄想は暴走します。

仏教ではリアルを大切にしています。リアルな世界には悩みはありません。思いは大切にせず、今のあなたの有り様を大切にしてください。目に見えるもの聞こえるもの感じるもの、味わうもの、香るもの、それがリアルです。そこから出てきた今の瞬間から離れた考えは妄想ですので、取り扱いません。頭の中で会話をしないのですよ。

リアルな世界がそのままあるだけです。それだけで満たされているはず。過去や未来は考えず、今に徹する習慣を身につけてください。体はあなたの思いとは裏腹に生きようとします。それが仏法です。

仏法に従い、悩みなく安心して暮らせる道が仏道です。詳しくは信頼できるお坊さんと、実際に話してください。救われる道があるのです。諦めないでください。

2015年8月15日 15:02
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有り難し
おきもち

がんばらない

マユミさん、こんにちは。
徳島県の法話と天井絵の寺、觀音寺 中村太釈です。

マユミさん、がんばりすぎです。
仕事のことを考えることをやめましょう。

真言宗では阿字観(あじかん)という瞑想があります。
まず、ゆったりと座ってください。(イスに座ってもいいです)
ゆっくりと呼吸をして、吐く息と吸う息を意識してください。
つぎに、お月さまをイメージしてください。空にぽっかりと浮かんだ満月です。
イメージできたら、お月さんの中にマユミさんが入っていくイメージをしてください。
お月さんと、マユミさんが一体になった感覚を楽しんでください。

できましたか?
今度は、お月さんとマユミさんがどんどん距離を開けて離れていってください。
マユミさんは、お月さんを見上げています。
次に、吐く息と吸う息の呼吸を意識してください。
ゆっくりと、リラックスした状態を感じてください。

現実世界に戻ってきましたか?
マユミさんは、月まで旅行しました。がんばりましたか?

がんばらなくてもいいのです。
がんばらない。がんばらない。

2015年8月17日 11:00
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有り難し
おきもち

徳島県の高野山真言宗寺院で住職をしています。 本山布教師心得として自坊の...

「死にたい・死にたいほどつらい」問答一覧

辛くて死にたい。

 タイトル通り心身の不調が続く日が多くなってきており、死ぬことを考え始めています。  今まで頑張ればいつか良くなると信じて色々と頑張ってきました。しかし、あまり改善はしません。そんな状況に疲れました。そして、最近「そもそも死ねば苦痛から解放されるし、生きることをやめた方が良いのでは?」と強く感じます。  もちろん、私が死ねば残された人は苦しむかもしれませんがそれもその人にいつかは訪れる死が救ってくれると思うのです。亡くなった父も死によって救われたでしょうから苦痛に対する根本的解決を目指すなら生きることをやめる以外の方法はあるのでしょうか?  また、私は家族以外に心を許せる人が現在居ませんし結婚もしていません。年々段々と年老いていく家族を見て恐怖を感じています。このまま生き続ければ私は本当に一人ぼっちになって今よりもっともっと辛い苦痛が待ち受けていることが確定していると感じます。もうあんな辛い喪失体験をこれ以上重ねられる自信もないし、そんな未来に耐えられないと思います。 それならばまだ自由に身体が動く今の内に決着をつけてしまった方がまだ良い選択な気がするのです。  また、こちらのサイトでこういった死にたいという考えをお持ちの他の方の質問も拝見しました。その際に、「家族が悲しむ」や「様々なものによって生かされている命だから」という回答を拝見するのですが、そういった正論を見ても考えを変えることができない自分の器の狭さにも絶望しています。とにかく自分がもう楽になりたいという気持ちで頭がいっぱいです。また、ただ「死にたい」という漠然とした気持ちではなく、明確な悩みがある状態での死を希望する気持ちがありますので、心の病気ともちょっと違う気がするのです。この悩みを解消するには時間が必要なこともわかっています。でも、もう頑張りたくない。自分が怠け者で最低だと思います。病院にも行っていますが、症状を誤魔化しているだけで解決には至らないのも辛いです。本当に辛い時に誰にも相談出来ない状況なのも苦しくなってきました。  色々なことに苦痛を感じている自分を誤魔化すことに疲れてしまいました。もう苦痛から解放されても良いでしょうか。

有り難し有り難し 17
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転職で死にたくなるほど不安になる時

8月に8年間勤めていた会社を辞め、9月より転職します。 転職理由は、スタッフと人間関係で誤解がある事を上に伝えても聞き入れてもらえず異動になってしまい、収入減になり体調を悪くしてしまい、会社に不信感を持ち転職に踏み切りました。 一応、今より条件の良い転職先が決まり、後は9月入社するだけなのですが、 ①また人間関係でつまづいてしまうのではないか ②しっかりと家族を養っていけるのか(8月に2人目の子供が生まれます) ③転職をした自分はまた何か悩みが出てきたら転職を考えてしまうのではないか この上記の不安が頭の中につきまとい、前を向かなきゃと思う反面死にたいという思いがよぎり頭が痛くなる時があります。 もちろん家族の大黒柱として次は何があっても辞めず、定年まで勤め上げようと思っております。 しかし、ふとした時に周りの同世代と比べ、転職をした事への劣等感から弱い気持ちが出て来出てしまいます。 2人子供がいる身として、このような弱い気持ちではいけないと思うのですが、このような気持ちを断ち切り、前を向く為にはどのような心構えで過ごせば良いのでしょうか。 死にたいと思うのはいけない事だと重々承知しております。 この不安を拭い去りたいです。

有り難し有り難し 5
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芸術家になれないなら死にたいです

3歳の頃からピアノを習っていました。その頃からいつだって私の一番は音楽でした。 しかし、同じ時から「音楽だけで食べていける人なんて一握りだから(私はそうではないから)」と自分と家族に言い続けていました。ピアノ教室にはその後十数年間は通いましたがプロを目指そうとしたことはありませんでした。どういう理由でそんなことを言い始めたのか自分でもわかりません。ただ時々、音楽家になれない自分の苦しみを家族のせいにしたくなった時は、「幼いながらに家庭の経済事情を慮ったからではないか」と考えます。 映画と美術品と文学も好きです。そして、それらを創作する人々にどうしようもなく憧れています。 この質問のタイトルの「芸術家」について、「創作活動と表現活動が生活の一番大きな部分を占める人」と私なりに定義してこの名称を使いました。私はそのような人ではありません。今は大学の勉強、卒業すれば(今のままならおそらく)会社勤めを中心とした生活を送り、趣味で芸術に触るだけの人になるのでしょう。 「音楽だけで食べていける人なんて一握りだから」という呪いを無意識に自分にかけ続けてきた。それが呪いだということにも今更気がついて、残っているのは後悔だけ。 そして現在は、「音楽だけでは食べてはいけていない人」を見つけては自分を慰めています。自分からその人たち世界に飛び込むこともしない。私は醜いです。 音楽を、映画・美術・文学に置き換えても同じです。毎日、毎分毎秒、芸術を追いかけて、新たな芸術に出会うたびにそれを愛して、同時に「自分には創り出せる代物じゃない」と泣き喚く。 悲しくて悔しくて恥ずかしくて苦しいです。しかし芸術への執着に折り合いをつけたい訳でもありません。 ただ、こんな無様でみっともない人生ならさっさと幕を下ろしたいです。 この質問を書き込んで、これからも芸術を一番に愛します。芸術家になりたいなりたい、なれないなれないとどうしようもない事柄を嘆き続けます。自殺に失敗するようなリスクは取れない臆病者のまま生きていきます。

有り難し有り難し 23
回答数回答 3

満たされているのに早く死にたい

人生においては満たされています。波はあれど幸せな部類に入るよう努力してきました。 もうずっと昔から「死んだら今世クリアだから、早く死にたい」という気持ちがあり、困っています。 仏教や精神世界について学ぶことが好きで、自殺することが業と繋がることは理解しており、能動的に自殺を考えることはありません。 ただ、人生をゲームのように捉えており、「今世の課題をクリアするために、生かされてるうちは面倒だけどとりあえず無理のない範囲で善行を重ねて心を豊かにして生きていれば、そのうち死ねるからそれで今世はゲームクリア!肉体脱出できるのが楽しみ!」みたいな感じの認識です。 無意識的に強くそう思い込んでいるようで、日常生活に支障が出ることがあります。 例えばですが、物質的な執着心がなく、親しい人にお金をあげるように貸してしまったり、何かにつけ問題が多く振り回されるような相手を恋人にしてしまい(振り回されているようで、それを望んで楽しんでいると思います)悲しい思いをしたりしています。 それでも私は懲りずに、死ねないならせめて日常がぐちゃぐちゃに壊されてしまうことを望んでいるようです。 本当に生活に不満はありません。収入も働き方も望んだとおりになっていますし、物質的にも満たされており、問題はあれど愛している恋人もいます。所謂、雑誌の中のような暮らしです。ですが、私はこの生活を今すぐ全て捨ててもいいと思うくらい物質や社会的地位に執着がありません。恋人や人間関係のことはまだ学びが残っている気がするうちは捨てられないのですが、基本的に天国に持っていけないものにそれほど執着できないのです。 一番問題に感じていることは、この生きることをゲームのように認識していることが根深く、そのため自分も他人も特に幸せになれないような、そして自分には損になるような選択を無意識にしがちなことです。私が楽しんでいるときはだいたい破滅に向かっています。 これは何が原因と推測され、どんな解決法や考え方があるのでしょうか。また、多くの人は生きることをどういった認識で暮らしておられるのでしょうか。 長くなりましたか、読んでくださってありがとうございます。 もし何か思うところがありましたら、ぜひご返答がいただければ幸いです。

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