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後悔の毎日

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色々と書き込みばかりですみません。
毎日、後悔、喪失感、悲しみに苛まれています。
以前の質問で何度も書かせてもらいましたが、昨年10月に母をなくしました、年齢的にはそういう年になっていますが、勝手にまだまだ先の話と思っていました。十数年前に父が他界し、すぐに母が脳梗塞で倒れました。幸いにも身体に障害はなく、私が引き取りました。
それ以後二人暮しで、ある夜、頭が痛いといい、救急車で病院へ運び、しばらく入院ということで、私は明日入院の用意をして来るよう帰されました。明日またくるからねと、軽く肩を叩きましたが、母はこっちを見ていたが返事はしませんでした。今考えるともう物が言えない状態だったのかと。その時の表情は今も忘れられません。
次の朝、病院から電話で、容態が変わったので来てくれと。行くともう意識はなく、血圧や脈を測るモニターやチューブに繋がれ、点滴されていました。
延命治療の確認をされ、長く苦しむよりはと断りました。以来、高熱が続き、時々苦しそうでした。食事もできず、チューブで胃に流し込み、時々嘔吐。一週間後、洗濯に帰っている間に呼吸がとまり、死に際にも付いていてやれませんでした。
以後、私も病で長期休職し家にいますが、冬がこんなに寒く、夏がこんなに暑い、段差だらけで年寄りには過酷な環境、部屋で、家事をしてくれ、一人で通院し、家族に看取られずに逝きました。
しかも延命治療を断り、死なせ、殺しました。
最後にありがとうも、ごめんも何も伝えられませんでした。悲しみ、喪失感、後悔の毎日です。よく日にち薬とか、医者や知り合いには、そんなことで母は喜ばない、悲しんでいたら故人が浮かばれないといわれます。頭では分かっています。
たとえ一日に一回でも食事をすることに罪悪感も感じます。
ここで教えていただいて、毎日、日中と夕方の二回、お勤めしています。亡くなってからでは何もかも遅い、何度か死にたいと思いましたが、勇気も無く、気力もなく、生きながらえている自分が情けなく苛立ちます。正直、母がいなければと思ったこともありました、けれども今、こんな情けない自分。
自分でも何の質問なのかも分かりません、ただただ自分の気持ちをぶつける場所が欲しかっただけかも知れません。
特にご回答は結構です。申し訳ありませんでした、長々と大変失礼しました。


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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「追ってご供養させていただく」という絆

あんくまさま、はじめまして。
飯島惠道と申します。信州の尼寺の住職をしております。
私もあんくまさまと同じように、
先代住職との急な別れを体験し、いまなお、死別の悲嘆は続いている状態です。
少し、先代住職との死別についてお話をさせてくださいませ。

2011年5月9日の朝、いつもは私より早起きのはずの当時の住職が、なかなか起きてこないので、様子を見に行きました。まだ寝ていました。とても静かでした。もう少し寝かせておこうと思い、その場を去り朝のおつとめなどを致しました。
そろそろ朝食の準備にとりかかろうと思い、先代住職の様子を見にいきました。まだ静かに眠っていました。あまりにも異様な静けさだったため、声をかけてみました・・・・・・・・・返事はありませんでした・・・・・。
何度も声をかけ、体を揺さぶり、心臓マッサージをし・・・。
そう、先代住職は既に息絶えておりました。
頭の中が真っ白になりました。
「返事をして!お願いだから、返事をして!どうして?どうして?」
できる限りの救急措置を施しながら、とにかく声をかけ続けました。
涙がどんどん流れてきました。
死後検視となり、真夜中に心筋梗塞を起こして呼吸停止との診断。
夜中に様子を見に来なかった自分を、今でも責めています。
先代との死別を通して「追善・追弔」の「追」という言葉の意味がストンと胸におちました。
追ってご供養するしか、私には、なす術がございません。
しかし、縁が深いからこそ、ご供養させていただける、
最近になってようやくそのように思えるようになりました。

今年の夏は殊に暑いですので、
可能は範囲でしっかり栄養をとってくださいませ。
大地の恵みを受けた野菜などは涙の味とはまた違うと思います。

これからも、共に追ってご供養させていただけたらと思います。

長文、失礼いたしました。

                          飯島惠道 拝

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Keidou Iijima
禅宗の尼僧寺院の住職をしております。 寺に入る前は看護師をしておりました...
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母よ、あなたは偉大だった。

お一人になられた時、お母様を讃嘆、褒め、讃えることです。
何故それが解決になるかはきっと後でわかります。
キリスト教でも讃美歌というのがありますように、仏教でも歎仏、讃仏と言う儀式があります。
大恩ある仏祖、恩ある方々に礼拝、感謝、供養の心を捧げるのですが、その法要の趣旨は「讃嘆すること」なのです。はじめのうちは何のことだかわからなかったです。
それはきっと私が当時、まだまだ人の恩を感じられる人間ではなかったからなのです。
ドン底に堕ち、多くの人から救いの手をいただき、人の恩を感じられるようになった時、全身でむせび泣く様な気持ちになり、はじめて本当の意味でお経が読めるようになり、供養を自信を持って勤められるようなったことを覚えています。クールに閉ざしていた心にあらためて血が通ったような体験でした。
儀式や供養は、恩を感じる心なくして勤めてもカラ儀式です。修行生活時代は私自身がカラっぽだったので、カラ儀式にさせてしまっていたのです。
人は大きな喪失感に見舞われると、心の動かし方もわからなくなってしまうもの。
今、あんくまさんがなさるべきこと、それは「讃嘆なさること」です。
お母様の大恩を感じ尽くして、むせび泣くまでに心の中の恩の引き出しを一つ一つ開くことです。恩の深さが感じられた時に全身全霊で感謝の気持ちを捧げて下さい。それによって初めて進むべき道が照らされることでありましょう。
「感恩の鐘」という行が有ります。
あなたが仏壇でお母様がしてくださった一つ一つの恩を思い起こされそっと静かにお鈴を響かせてください。
たまらず有り難う、と自然に口にしたくなった時、心からなる合掌と共に礼拝を捧げてください。

「お母さん、楽しい所に連れて行ってくれたね…」
「お母さん、美味しいご飯を食べさせてくれたね…」
「お母さん、困った時に支えてくれたね…」
「お母さん、沢山愛情を注いでくれたね…」
「お母さん、沢山叱ってくれて、教えてくれたね…ありがとう」
(どんなことでも構いません。思い起こされる毎に感謝の気持ちを込めて仏壇のおリンを優しく響かせてください。
ご自身がお母様の大恩に膝を落とされるまでに感じ入られ、無量の愛によって今も護られている事にお気づきになられた時、自然に答えが出るはずです。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の法話  自己を明らかにするために絶対に必要なこと 「非思量」 ...
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悲しい気持ち、辛い思いを、どうか 抑え込まないで。

大切な方との別れは、非常に 深い悲しみであります。
どんな別れにも、納得は なかなかできず、あの頃に戻れるものならと願ってしまうのが、私たちです。
悲しい気持ち、辛い思いを、どうか 抑え込まないで。
後悔も 口にしてみる、あなたの心を そのまま 表に出していいのですよ。

ご縁ある お寺さまに話されてみるとか、ここ(ハスノハ)で何度もお心をお話くださってもいい。お直接、話すことで、今 背負っている荷物を 少しずつ 下ろしていけたら。

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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として...
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あんくま様。

一度私とお話ししませんか。何時でも構いませんよ。

此れもご縁ですし、貴方様の書き込みを観て居りますと、余り他の方との此れ等のお話を為さっていないのかと拝察出来ましたので…
書き込みよりも、直接お話しなさった方が良い場合も多々御座居ますから。

仕事中等は取れないかも知れませんが、其れ以外はお話し出来ますよ。
遠慮為さらずに、私の自殺防止ネットワーク専用携帯へお電話下さいませ。
番号は、090-3390-2137 です。

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色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...
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同じような気持ちの方と分かち合いを

回答不要とありましたが、ご参考までに書かせてください。

>悲しんでいたら故人が浮かばれないといわれます。
そんなことはないですよ。大切な人が亡くなるという事はとても悲しいことです。それを無理に抑える必要は全くございません。

食事をすることにも罪悪感が、とあり、ちょっと心配になりました。大切な方を亡くした人同士の分かち合いのつどいなどがございますので参加されてはいかがでしょうか。一人で抱え込まずに、同じような気持ちの方と思いを話し合われることをおすすめします。
インターネットで調べましたら以下のような会がございました。

◆兵庫 生と死を考える会
(遺族の分かち合いのつどいがあるようです)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~shinai/zenkoku-meibo(new).htm

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住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...
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「生命(いのち)は」

あんくま様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

なかなかお悲しみ、お苦しみが癒えませぬこと、御心の程をお察し申し上げます。

あんくま様の懇ろなるお気持ちのこもったご供養、きっとお母様には届いていることではないかとは存じております。

尊厳死・・仏教的にも誠に扱いに慎重が必要な問題でございます・・過去にも下記のようなご質問も賜っておりますが・・拙回答も課題として扱うに留まらせて頂いており、いまだ明確にお答えできずのままでございまして、誠に申し訳ない次第でございます・・

問い「最期に苦しむということ」
http://hasunoha.jp/questions/95

「いのち」のありようをいかに捉えるのか・・いのちを価値選別するのか、本人の意思の尊重をどのように判断するのか、家族や看護・看取者の意思をどのように尊重するのか・・非常に難しくあります・・

不殺生戒を説く仏教において、安楽死や尊厳死をどのように考えるべきか・・正直、明確な回答はいまだ出せません・・しかし、このことは拙生自身これからも真摯に取り組んで考えて参りたいと存じております。

ここにて、あんくま様に、拙生の好きな詩人である吉野弘氏の一編の詩を引用させて頂きます。

「いのち」についてこれからも共に考えて参りたくに存じております。

「生命(いのち)は」 作詞・吉野弘

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

川口英俊 合掌

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質問者からのお礼

増田俊康様いつもご親切でご丁寧なご回答、ありがとうございます。ご心配いただき、申し訳ありません。参考にさせていただきます。ありがとうございます。

川口英俊様
いつもご丁寧なご回答、ありがとうございます。
今考えて見ると、生まれてこの年になるまで、与えて貰うことばかりで、自分は何を与えてあげられたのだろう、亡くなってから手を合わせ、お念仏を唱え、後悔し、謝っても…
けれども今できる事はこれしかありません。毎日、お勤めを続けても、続けても気持ちが晴れる日はありません。自分が楽になりたいためにやっているのかも?とも思う時があります。このお勤めによって、本当に供養になっているのか、故人にとって役にたっているのか?返事はもうしてくれまんが、続けていくしかないのですね。ありがとうございました。

飯島恵道様
はじめまして、ご回答ありがとうございます。
飯島様もお辛い経験をされたのですね。
母は脳梗塞を患い、血圧も高かったため、長い間通院し、何度か救急車で病院へ運ぶことがありました。毎朝、母の方が起きるのが早く、物音で「起きたな、大丈夫」と。たまに寝坊して寝ていた時には「まさか!」と慌てて部屋の戸を開け寝息で安心していました。今でも時々飛び起き、「もこれからはそんな心配いらないんだなぁ」と複雑な感情に、恥ずかしながら涙します。
私にはまだ追善追弔の深い意味は分かりませんが、できる限りの事をしてあげたいという気持ちだけで生きているのかも知れません。
飯島様もこれから暑い中、お忙しい時期を迎えられることと思いますが、御自愛下さい。
ご回答ありがとうございました。

沙門密富様
いつもご丁寧なご回答、ありがとうございます。
お察しの通り、母の事や自分の気持ちを話す相手はおりません。
実兄は母が他界する何年も前から絶縁状態で、他人ごと。時々、友達が心配して会いに来てくれますが、話して涙を見せる訳にもいかず、また精神内科の医者は早く気持ちを切り換えろの一点張り。誰かに聞いてもらい解決できるものでもないと思っています。と言いながら、質問でもない泣き言を書き込んでしまったことに少し後悔しています。
その反面、こんなに沢山のご回答を頂き、ありがたく思っております。 今は誰かに会ったり、直接話す事に抵抗があります。先日も友達が会いに来ると言ってくれましたが、断ったところでした。もう少し落ち着いて、お話しできる状態になりましたら、お電話させて頂きたいと思います。その時はよろしくお願い致します。ありがとうございます。

中田三恵様
ご回答、ありがとうございます。
今、甘えて話してしまうと、どんどん自分が崩れて行くような気がします。
それに「その気持ち、よく分かるよ」と言ってもらっても、心のどこかで「完全には絶対に分からない」とひねくれた考え方しか今はできないと思います。
親が先に死ぬのが順番で、子供が先に死ぬのは親不孝といわれます。誰もがこの順番を乗り越え頑張っている人が多いでしょう。乗り越えられない自分が情けない。
やはり日にち薬なんでしょうか?1周忌には納骨と考えています。それを区切りにまた気持ちにも変化があれば良いと思っています。それまではご回答頂いたアドバイスを参考にさせていただきます。ありがとうございました。

丹下覚元様
ご回答ありがとうございます。
いつもお勤めの時、今までありがとう、親不孝ばかりでごめんなさい。と。
掃除や洗濯しても、食料品やその他買い物に行っても、ああ毎日こうやって頑張ってくれていたから、今まで自分が生きてこれたんだなと、スーパーの人気のない所で涙を拭います。
未だに一緒に食事に行った店には入ることができません。車もいつもバックミラー越に話ながら出かけていたのですが、もうミラーにも映らないことになれつつありますが、「いつも出発するで」と声を掛ける癖はそのままです。ディーラーに年数が経っているのでと買い換えを勧められましたが、手放す気にならず、もっともっと出かけるときに乗せてあげれば良かったなぁと思います。 事あるごとに話掛けていますが、そんなにお鈴を鳴らして良いとは知りませんでした。
他人は所詮他人、心底心配し合い、いざという時に本当に信頼できるのは、血の繋がった家族だけだと思っています。けれども血の繋がった兄は、自分のことや自分の家族のことが大事で。それはそれでいいのだと思います。
悲しみの中にある者に心無い態度をとる人がいることも事実です。
毎日、毎回、心を込めてお勤めをしているつもりです。 私にはまだ恩を深く感じられていないのでしょうか、全身全霊で感謝の気持ちを捧げられていないのでしょうか、これ以上どうすればよいのですか?まだ道は見えてきません。

「後悔したとき・後悔を乗り切る」問答一覧

後悔ばかりの過去との向き合いかた

はじめまして。 早速ですが相談させてください。 私は現在アラサーの女です。 幼い頃からいろんなしてはいけないことをしてきてしまいました。 嘘、盗み、自己中で周りを振り回すなど。 大人になってからも相変わらずで、二十歳頃に既婚者の方と関係を持ってしまったこともあります。(しかも二人も) 一人は学生の頃から好きだった相手。もう一人は職場の方。倫理観もなく性欲や自分の欲に従った結果です。 マトモな恋愛経験がなく、異性に求められる事が嬉しくて、後先考えず流されてしまいました。 不幸中の幸い?なのか、不倫はどちらもバレずに終わりました(真相はわかりませんが) その後、私は様々な要因で鬱になり仕事を辞め、極力人と関わらない生活をしていました。 しかし、こんなどうしようもない私の事も受け入れ支えてくれる男性ができ、結婚しました。(不倫したことも知っています) ずっと家庭環境が最悪で、実家では心休まる時間なんてほとんどなかったのに、夫と過ごす毎日は人生のなかで一番穏やかで幸せです。 そう心から思うようになった頃から、過去の自分の行いを思い返し「なんてバカなことをしてきてしまったんだ」と後悔する毎日です。 特に最近その自責の念が強くなり、食事も喉が通らずストレスからなのか吐き気が続いています。 不倫はバレなかったら良いわけではない(もちろんバレてたらもっと悪いですが)これからバレるかもしれない。夫に迷惑をかけるかもしれない。 自分だけではなく他所の家庭を壊していたかもしれない。壊すかもしれない。 しかしいくら懇願しても過去には戻れないしやり直せない。 今私ができるのは、いざ慰謝料などを請求されてもきちんと払えるようにお金を貯めること。これ以上、人を悲しませるようなことはしないこと。 頭ではわかっているのに不安と後悔で押し潰されそうになっています。 どこまでも自分勝手な自分に嫌悪は増すばかりです。 どうしたら前を向いて生きていけるでしょうか。こんな私でも生きていって良いのでしょうか。 まとまりのない文章で申し訳ありません。宜しくお願いいたします。

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ホームシックと後悔から救ってください

新社会人の22歳女です。 大学生まで実家暮らしをしていました。 今住んでいるのは実家から電車で1時間半ほどのところです。 両親とは仲が良く、W切符を使えば1500円で往復できることもあり、週末は月2回ほど実家に帰っています。 両親は「いつでも帰っておいで」と言ってくれて、帰省すると駅までいつも車で迎えにきてくれます。 母親がとても愛情深く、悪く言えば子離れができず甘やかしてくれる人だったので、ずっと実家にいたらこのまま親に甘えたままになってしまうと思い、、 でも実家は大好きだったので、実家からあまり遠くない場所で一人暮らしをする選択をしました。 また、やってみたい職業が情報系だったため、少し都会に出ようと思ったことも理由の一つです。 でも、いざ一人暮らしを始めるとなり、実家を出た日は、大泣きしてしまい、1週間ほどご飯も食べられませんでした。今も思い出すと苦しいです。 今も仲が良い中学生の頃の友達は、実家暮らしをしている子も多く、短大を出て働いていることもあり、私より全然貯金があります。 こんなにも愛してくれる両親がいて、大好きな実家に自分の居場所もあるのに、わざわざ実家を出て一人暮らしをしてお金を無駄にしているんじゃないか?親不孝なんじゃないか?と思ってしまって、つらいです。 ただ、職場はすごく良いところで、研修制度もよく、新卒でこの会社に入れてよかったと本当に思っています。 そして、一人暮らしをするまでは親や兄弟に嫌な感情を抱くこともあったのですが、一人暮らしをしてから大切にできるようになりました。 土日を両親とずっと過ごすなんてことは大学生の頃はなかったので、毎日一緒にはいられなくても、短い時間でも大切な時間を過ごせたら良いのかなと自分に言い聞かせています。 しかし、頻繁に実家に帰っているとはいえ、平日ホームシックになることも多いです。 「実家にいた方が親孝行なのかな…」と実家の近くの転職先を探してしまうこともあります。(希望の職種はありませんでしたが…) 結局転職する勇気もないので、今すぐどうこうなるわけじゃないこともわかっています。 でも、実家暮らしの人を妬んでしまう自分が悲しくて、、友人や周りの人にも相談できずずっとモヤモヤしています。 相談ではなくて申し訳ないのですが、今のわたしを肯定してほしいです。

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誘いを断ってしまったのを後悔しています

同じチームのメンバーと上司でご飯に行く話を断ってしまったことを後悔しています。 チームのメンバーと上司は数年前からの知り合いで、よく一緒にご飯に行っているらしいです。 私は今年からチームに入り、最近ようやく打ち解けてきたような感じでした。 ご飯に誘われたとき、私以外は全員参加で日時も場所も既に決まっていて、あなたも来る?といった感じでした。 その時の私は、他の人たちだけで話が進んでいるんだったら私は行くべきじゃないかなと思いました。 というのも、参加する人が全員男性でお酒も飲むとのことだったので、女でお酒も飲めない私が行くより、男の人だけのほうが楽しくご飯が食べられるんじゃないかと思ってしまったのが理由です。 なにより、私は寮暮らしで門限が厳しく夜は出歩けません。 外泊許可が降りれば行けましたが、私が行くか行かないかをチームで話していたときに、厳しそうだからご飯はまた今度みたいな感じのことを先輩が言ったのを聞いて、じゃあ行ったらだめかと思ってしまいました。 上司はこういうのは参加したほうがいいとおっしゃってくれましたが、本当は行きたいけど色々考えると行ったら迷惑かけるかもという思いがあり、結局断ってしまいました。 その後、誘いを断られたことをみんなが残念がっていたと聞いて、行けばよかったと後悔しています。 誘いを断るとき、本当は行きたいと思っているという部分を伝え忘れて、チームの人や上司には私が行きたくなくて断ったと思われているようで、今後はそもそも誘われなくなるかもしれないと思うととても悲しい気持ちになります。 せっかく誘ってくれたことを素直に受け取れず、変に勘ぐってしまって、行きたいか行きたくないかじゃなく、行くべきか行かないべきかで考えてしまったことが本当に心残りです。 長々とまとまりもない文章ですみません。 ただ誰かに聞いてほしかっただけです。 やってしまったことはもうどうしようもないし、自分の責任なので受け入れるしかないのですが、ずっと落ち込んだままで暇さえあれば後悔してばかりです。 せっかく誘ってもらったのに、こんな考え方をしてしまう自分を直したいです。

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後悔との向き合い方とは。

70歳のばあばです。 私は子供の頃、多分10歳か11歳の頃、近所の小さな女の子達を集めてお医者さんごっこをして、小さな女の子達のお尻を触っていました。 この事を思春期の時、犯罪まがいの事をしてしまったと後悔して死のうと思っていました。 最近その事を妹から気持ち悪い、それが私の本性だと言われました。ショックでした。そんなたぐいの事件を新聞等で見るとずっとドキッとしていましたが今もドキッとします。  私にはもうすぐ3歳になる女の子の孫がいます。こんな私にばあばの資格があるのかと落ち込みます。   この歳で、自分は結婚して親になったのはやはり間違っていたのかなと後悔しています。妹はわがままでとても意地悪できつい性格です。その妹も被害者です。このことは主人には打ち明けましたが子供達には知られたくありません。 後何年生きるか分かりませんが、私はこの犯罪まがいの事をした自分自身とどのように向き合って生きていけばよいのでしょうか。 私が結婚する時、妹から私に結婚を申し込んだ男性は私の本性を知らないのねと言われました。多分この事を言っていたのでしよう。主人や子供や孫に恥ずかしい人間です。 私は死ぬ時もこんな事を考えているのかと思うと情け無い思いです。お助け下さい。

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何に後悔するかを予測するには

こんにちは。 「つぶやき」でよく発言させて貰っていますが初めて質問します。 よろしくお願いします。 時折、恋愛結婚・仕事(特に収入面)で『若いうちにもっと欲張った方が良い』と助言を貰うことがあります。 自分としては人生に特に不満もなく、現状に満足だし過去に悔いも無く。 何より幸福や人生は人それぞれで、誰もが後悔する人生を過ごすとは限らないはずです。 それでも「絶対後々後悔するから」「若いうちに」等と言われると気持ちが揺らいでしまいます。 やはり収入的に余裕がある暮らしとは言えないかもな、人生で交際した経験が無いのもどうなのかな。いずれ自分の家族や子供も欲しくなるのかなと、心当たりがあるから揺らぐのだと思います。 ささやかながら貯金してみたり節約生活をしたり生命保険に入ったり、出会い系アプリを入れてみたり求人誌を捲ったり。健康診断・歯科検診を受ける等、思い付く限り先手を打ってみているとは思うのですが、未来の自分が一体どんな後悔を抱くのか解りません。 未来の後悔(変な言葉ですね…)について。ご助言・ご意見。私の場合はこうだった、等。 お言葉を戴けましたら幸いです。

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

どうにもならない後悔

以前にも相談をさせていただいたものです。 現在35歳ですが、27歳頃に人生がどうにもならなくなってしまったと感じています。 自分の人生の可能性を失い、破滅したように思います。 基本的に努力をせず、短期的に成果の上がることを探し続けていました。いかに試練や課題をやり過ごすかを考え、生きていました。 自分を好きになれない気持ちをごまかし、占いなどをして自分の長所を探していたりもしました。 そして、精神的に堕ちていき、自殺未遂、精神病院への入院など、を経験しました。その時の体験は非常に恐ろしく、何が恐ろしいかというと、そこにいた人々が恐ろしかったのです。 嘘つき、自分を省みない人、自分に近づいてきて搾取しようとする人、まるで地獄のようでした。そして、自分も同じだと。このようなところに来てしまったんだと感じました。 自分はIQが普通の人よりも高いようです。130と少しあるようです。 しかし、克己心に欠け、自分の限界に挑戦することをせず、得意なことにあぐらをかいて楽をしようとしてきました。 そうしてとうとう、自分の可能性を失ってしまいました。後悔でいっぱいです。 自分のツケが非常に大きいようで、もう、人生のチャンスを与えてもらえないように思っています。神様に、自分がしたことの重みを知れ。と言われているようです。 自分は、このまま命尽きるまで後悔とともに悩み続けるしかないのでしょうか。そして、地獄に落ちていくしかないのでしょうか?

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