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後悔の毎日

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色々と書き込みばかりですみません。
毎日、後悔、喪失感、悲しみに苛まれています。
以前の質問で何度も書かせてもらいましたが、昨年10月に母をなくしました、年齢的にはそういう年になっていますが、勝手にまだまだ先の話と思っていました。十数年前に父が他界し、すぐに母が脳梗塞で倒れました。幸いにも身体に障害はなく、私が引き取りました。
それ以後二人暮しで、ある夜、頭が痛いといい、救急車で病院へ運び、しばらく入院ということで、私は明日入院の用意をして来るよう帰されました。明日またくるからねと、軽く肩を叩きましたが、母はこっちを見ていたが返事はしませんでした。今考えるともう物が言えない状態だったのかと。その時の表情は今も忘れられません。
次の朝、病院から電話で、容態が変わったので来てくれと。行くともう意識はなく、血圧や脈を測るモニターやチューブに繋がれ、点滴されていました。
延命治療の確認をされ、長く苦しむよりはと断りました。以来、高熱が続き、時々苦しそうでした。食事もできず、チューブで胃に流し込み、時々嘔吐。一週間後、洗濯に帰っている間に呼吸がとまり、死に際にも付いていてやれませんでした。
以後、私も病で長期休職し家にいますが、冬がこんなに寒く、夏がこんなに暑い、段差だらけで年寄りには過酷な環境、部屋で、家事をしてくれ、一人で通院し、家族に看取られずに逝きました。
しかも延命治療を断り、死なせ、殺しました。
最後にありがとうも、ごめんも何も伝えられませんでした。悲しみ、喪失感、後悔の毎日です。よく日にち薬とか、医者や知り合いには、そんなことで母は喜ばない、悲しんでいたら故人が浮かばれないといわれます。頭では分かっています。
たとえ一日に一回でも食事をすることに罪悪感も感じます。
ここで教えていただいて、毎日、日中と夕方の二回、お勤めしています。亡くなってからでは何もかも遅い、何度か死にたいと思いましたが、勇気も無く、気力もなく、生きながらえている自分が情けなく苛立ちます。正直、母がいなければと思ったこともありました、けれども今、こんな情けない自分。
自分でも何の質問なのかも分かりません、ただただ自分の気持ちをぶつける場所が欲しかっただけかも知れません。
特にご回答は結構です。申し訳ありませんでした、長々と大変失礼しました。


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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「追ってご供養させていただく」という絆

あんくまさま、はじめまして。
飯島惠道と申します。信州の尼寺の住職をしております。
私もあんくまさまと同じように、
先代住職との急な別れを体験し、いまなお、死別の悲嘆は続いている状態です。
少し、先代住職との死別についてお話をさせてくださいませ。

2011年5月9日の朝、いつもは私より早起きのはずの当時の住職が、なかなか起きてこないので、様子を見に行きました。まだ寝ていました。とても静かでした。もう少し寝かせておこうと思い、その場を去り朝のおつとめなどを致しました。
そろそろ朝食の準備にとりかかろうと思い、先代住職の様子を見にいきました。まだ静かに眠っていました。あまりにも異様な静けさだったため、声をかけてみました・・・・・・・・・返事はありませんでした・・・・・。
何度も声をかけ、体を揺さぶり、心臓マッサージをし・・・。
そう、先代住職は既に息絶えておりました。
頭の中が真っ白になりました。
「返事をして!お願いだから、返事をして!どうして?どうして?」
できる限りの救急措置を施しながら、とにかく声をかけ続けました。
涙がどんどん流れてきました。
死後検視となり、真夜中に心筋梗塞を起こして呼吸停止との診断。
夜中に様子を見に来なかった自分を、今でも責めています。
先代との死別を通して「追善・追弔」の「追」という言葉の意味がストンと胸におちました。
追ってご供養するしか、私には、なす術がございません。
しかし、縁が深いからこそ、ご供養させていただける、
最近になってようやくそのように思えるようになりました。

今年の夏は殊に暑いですので、
可能は範囲でしっかり栄養をとってくださいませ。
大地の恵みを受けた野菜などは涙の味とはまた違うと思います。

これからも、共に追ってご供養させていただけたらと思います。

長文、失礼いたしました。

                          飯島惠道 拝

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Keidou Iijima
禅宗の尼僧寺院の住職をしております。 寺に入る前は看護師をしておりました...

母よ、あなたは偉大だった。

お一人になられた時、お母様を讃嘆、褒め、讃えることです。
何故それが解決になるかはきっと後でわかります。
キリスト教でも讃美歌というのがありますように、仏教でも歎仏、讃仏と言う儀式があります。
大恩ある仏祖、恩ある方々に礼拝、感謝、供養の心を捧げるのですが、その法要の趣旨は「讃嘆すること」なのです。はじめのうちは何のことだかわからなかったです。
それはきっと私が当時、まだまだ人の恩を感じられる人間ではなかったからなのです。
ドン底に堕ち、多くの人から救いの手をいただき、人の恩を感じられるようになった時、全身でむせび泣く様な気持ちになり、はじめて本当の意味でお経が読めるようになり、供養を自信を持って勤められるようなったことを覚えています。クールに閉ざしていた心にあらためて血が通ったような体験でした。
儀式や供養は、恩を感じる心なくして勤めてもカラ儀式です。修行生活時代は私自身がカラっぽだったので、カラ儀式にさせてしまっていたのです。
人は大きな喪失感に見舞われると、心の動かし方もわからなくなってしまうもの。
今、あんくまさんがなさるべきこと、それは「讃嘆なさること」です。
お母様の大恩を感じ尽くして、むせび泣くまでに心の中の恩の引き出しを一つ一つ開くことです。恩の深さが感じられた時に全身全霊で感謝の気持ちを捧げて下さい。それによって初めて進むべき道が照らされることでありましょう。
「感恩の鐘」という行が有ります。
あなたが仏壇でお母様がしてくださった一つ一つの恩を思い起こされそっと静かにお鈴を響かせてください。
たまらず有り難う、と自然に口にしたくなった時、心からなる合掌と共に礼拝を捧げてください。

「お母さん、楽しい所に連れて行ってくれたね…」
「お母さん、美味しいご飯を食べさせてくれたね…」
「お母さん、困った時に支えてくれたね…」
「お母さん、沢山愛情を注いでくれたね…」
「お母さん、沢山叱ってくれて、教えてくれたね…ありがとう」
(どんなことでも構いません。思い起こされる毎に感謝の気持ちを込めて仏壇のおリンを優しく響かせてください。
ご自身がお母様の大恩に膝を落とされるまでに感じ入られ、無量の愛によって今も護られている事にお気づきになられた時、自然に答えが出るはずです。

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

悲しい気持ち、辛い思いを、どうか 抑え込まないで。

大切な方との別れは、非常に 深い悲しみであります。
どんな別れにも、納得は なかなかできず、あの頃に戻れるものならと願ってしまうのが、私たちです。
悲しい気持ち、辛い思いを、どうか 抑え込まないで。
後悔も 口にしてみる、あなたの心を そのまま 表に出していいのですよ。

ご縁ある お寺さまに話されてみるとか、ここ(ハスノハ)で何度もお心をお話くださってもいい。お直接、話すことで、今 背負っている荷物を 少しずつ 下ろしていけたら。

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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 住職として、高校生の息子の母親...

あんくま様。

一度私とお話ししませんか。何時でも構いませんよ。

此れもご縁ですし、貴方様の書き込みを観て居りますと、余り他の方との此れ等のお話を為さっていないのかと拝察出来ましたので…
書き込みよりも、直接お話しなさった方が良い場合も多々御座居ますから。

仕事中等は取れないかも知れませんが、其れ以外はお話し出来ますよ。
遠慮為さらずに、私の自殺防止ネットワーク専用携帯へお電話下さいませ。
番号は、090-3390-2137 です。

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色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

同じような気持ちの方と分かち合いを

回答不要とありましたが、ご参考までに書かせてください。

>悲しんでいたら故人が浮かばれないといわれます。
そんなことはないですよ。大切な人が亡くなるという事はとても悲しいことです。それを無理に抑える必要は全くございません。

食事をすることにも罪悪感が、とあり、ちょっと心配になりました。大切な方を亡くした人同士の分かち合いのつどいなどがございますので参加されてはいかがでしょうか。一人で抱え込まずに、同じような気持ちの方と思いを話し合われることをおすすめします。
インターネットで調べましたら以下のような会がございました。

◆兵庫 生と死を考える会
(遺族の分かち合いのつどいがあるようです)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~shinai/zenkoku-meibo(new).htm

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住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

「生命(いのち)は」

あんくま様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

なかなかお悲しみ、お苦しみが癒えませぬこと、御心の程をお察し申し上げます。

あんくま様の懇ろなるお気持ちのこもったご供養、きっとお母様には届いていることではないかとは存じております。

尊厳死・・仏教的にも誠に扱いに慎重が必要な問題でございます・・過去にも下記のようなご質問も賜っておりますが・・拙回答も課題として扱うに留まらせて頂いており、いまだ明確にお答えできずのままでございまして、誠に申し訳ない次第でございます・・

問い「最期に苦しむということ」
http://hasunoha.jp/questions/95

「いのち」のありようをいかに捉えるのか・・いのちを価値選別するのか、本人の意思の尊重をどのように判断するのか、家族や看護・看取者の意思をどのように尊重するのか・・非常に難しくあります・・

不殺生戒を説く仏教において、安楽死や尊厳死をどのように考えるべきか・・正直、明確な回答はいまだ出せません・・しかし、このことは拙生自身これからも真摯に取り組んで考えて参りたいと存じております。

ここにて、あんくま様に、拙生の好きな詩人である吉野弘氏の一編の詩を引用させて頂きます。

「いのち」についてこれからも共に考えて参りたくに存じております。

「生命(いのち)は」 作詞・吉野弘

生命は
自分自身だけでは完結できないように
つくられているらしい
花も
めしべとおしべが揃っているだけでは
不充分で
虫や風が訪れて
めしべとおしべを仲立ちする
生命は
その中に欠如を抱き
それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分
他者の総和
しかし
互いに
欠如を満たすなどとは
知りもせず知らされもせず
ばらまかれている者同士
無関心でいられる間柄
ときに
うとましく思うことさえも許されている間柄
そのように
世界がゆるやかに構成されているのは
なぜ?

花が咲いている
すぐ近くまで
虻の姿をした他者が
光をまとって飛んできている

私も あるとき
誰かのための虻だったろう

あなたも あるとき
私のための風だったかもしれない

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

増田俊康様いつもご親切でご丁寧なご回答、ありがとうございます。ご心配いただき、申し訳ありません。参考にさせていただきます。ありがとうございます。

川口英俊様
いつもご丁寧なご回答、ありがとうございます。
今考えて見ると、生まれてこの年になるまで、与えて貰うことばかりで、自分は何を与えてあげられたのだろう、亡くなってから手を合わせ、お念仏を唱え、後悔し、謝っても…
けれども今できる事はこれしかありません。毎日、お勤めを続けても、続けても気持ちが晴れる日はありません。自分が楽になりたいためにやっているのかも?とも思う時があります。このお勤めによって、本当に供養になっているのか、故人にとって役にたっているのか?返事はもうしてくれまんが、続けていくしかないのですね。ありがとうございました。

飯島恵道様
はじめまして、ご回答ありがとうございます。
飯島様もお辛い経験をされたのですね。
母は脳梗塞を患い、血圧も高かったため、長い間通院し、何度か救急車で病院へ運ぶことがありました。毎朝、母の方が起きるのが早く、物音で「起きたな、大丈夫」と。たまに寝坊して寝ていた時には「まさか!」と慌てて部屋の戸を開け寝息で安心していました。今でも時々飛び起き、「もこれからはそんな心配いらないんだなぁ」と複雑な感情に、恥ずかしながら涙します。
私にはまだ追善追弔の深い意味は分かりませんが、できる限りの事をしてあげたいという気持ちだけで生きているのかも知れません。
飯島様もこれから暑い中、お忙しい時期を迎えられることと思いますが、御自愛下さい。
ご回答ありがとうございました。

沙門密富様
いつもご丁寧なご回答、ありがとうございます。
お察しの通り、母の事や自分の気持ちを話す相手はおりません。
実兄は母が他界する何年も前から絶縁状態で、他人ごと。時々、友達が心配して会いに来てくれますが、話して涙を見せる訳にもいかず、また精神内科の医者は早く気持ちを切り換えろの一点張り。誰かに聞いてもらい解決できるものでもないと思っています。と言いながら、質問でもない泣き言を書き込んでしまったことに少し後悔しています。
その反面、こんなに沢山のご回答を頂き、ありがたく思っております。 今は誰かに会ったり、直接話す事に抵抗があります。先日も友達が会いに来ると言ってくれましたが、断ったところでした。もう少し落ち着いて、お話しできる状態になりましたら、お電話させて頂きたいと思います。その時はよろしくお願い致します。ありがとうございます。

中田三恵様
ご回答、ありがとうございます。
今、甘えて話してしまうと、どんどん自分が崩れて行くような気がします。
それに「その気持ち、よく分かるよ」と言ってもらっても、心のどこかで「完全には絶対に分からない」とひねくれた考え方しか今はできないと思います。
親が先に死ぬのが順番で、子供が先に死ぬのは親不孝といわれます。誰もがこの順番を乗り越え頑張っている人が多いでしょう。乗り越えられない自分が情けない。
やはり日にち薬なんでしょうか?1周忌には納骨と考えています。それを区切りにまた気持ちにも変化があれば良いと思っています。それまではご回答頂いたアドバイスを参考にさせていただきます。ありがとうございました。

丹下覚元様
ご回答ありがとうございます。
いつもお勤めの時、今までありがとう、親不孝ばかりでごめんなさい。と。
掃除や洗濯しても、食料品やその他買い物に行っても、ああ毎日こうやって頑張ってくれていたから、今まで自分が生きてこれたんだなと、スーパーの人気のない所で涙を拭います。
未だに一緒に食事に行った店には入ることができません。車もいつもバックミラー越に話ながら出かけていたのですが、もうミラーにも映らないことになれつつありますが、「いつも出発するで」と声を掛ける癖はそのままです。ディーラーに年数が経っているのでと買い換えを勧められましたが、手放す気にならず、もっともっと出かけるときに乗せてあげれば良かったなぁと思います。 事あるごとに話掛けていますが、そんなにお鈴を鳴らして良いとは知りませんでした。
他人は所詮他人、心底心配し合い、いざという時に本当に信頼できるのは、血の繋がった家族だけだと思っています。けれども血の繋がった兄は、自分のことや自分の家族のことが大事で。それはそれでいいのだと思います。
悲しみの中にある者に心無い態度をとる人がいることも事実です。
毎日、毎回、心を込めてお勤めをしているつもりです。 私にはまだ恩を深く感じられていないのでしょうか、全身全霊で感謝の気持ちを捧げられていないのでしょうか、これ以上どうすればよいのですか?まだ道は見えてきません。

「後悔から抜け出したい」問答一覧

結婚披露宴での後悔

3年ほど前の事なんですが、今になって常識のない失礼な事をしてしまったと後悔しています。 自分の結婚式で祝辞をいていただいた上司へのお礼をきちんとしませんでした。 祝辞をしていただいた方には、お車代を渡さないといけない事を知っていましたが、当時私は常識がなく、お車代は交通費と思っていて、祝辞をお願いした方は同じ市内で交通費がかからない方だったので、それは違うかなとお礼を包まず、引き出物のランクを上げてそれをお礼とし、当日、後日に口頭でお礼を述べて終わってしまいました。 後になって、お車代=お礼という事を知りました。引き出物のランクを上げたと言ってもマナーで言われているお礼の額ほどは上げず、少し上げた程度です。 今考えると引き出物のランクアップしても、相手は誰と比べるわけでもなく気付きませんよね。 その時の私は、祝辞を引き受けていただいた事にとても感謝していましたが、お礼はこれぐらいでいいだろうとお礼を軽く考えていました。 今になって色々と調べてみると、お礼を包むのがマナーと知り、上司に対して非常識な事をしてしまったと気づきました。 義母がお礼をとても大切にする方で、結婚後それを間近で見ていて、お礼の大切さを知り、なんて事をしてしまったんだ、お礼を軽く考えていてなんてバカだったと自分がとても情けないです。 夫側の祝辞や乾杯をしていただいた方へのお礼も、義母が別で準備し渡してくれていた事を最近知りました。 祝辞をしていただいた上司に大変失礼な事をして申し訳ない気持ちでいっぱいです。上司はそんな私に対して、式後も変わりなく接していただき、感謝しかありません。 私はその後、退職したのでその方ともう関わりがなく、謝罪もお礼ももうできません。 他にも、スピーチをしてくれた友人、余興を頼んでしてくれた友人にも同じような対応をしてしまい、みんな私の為に忙しい中、時間を割いて考えて準備してくれたのに、このような対応をしてしまい、申し訳ないです。 この事を考えていたら、結婚披露宴での自分の対応で次々に心配になることがでてきて、頭がいっぱいです。 もうどんなに後悔してもやってしまった事はどうにもならない事で、自分があの時にしっかり対応していればこんなに悩む事もなく、自業自得な事なのですが、この気持ちをどうにも消化できず、最近ずっと考えてしまいます。

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色々な後悔、これからのこと

40代、結婚10年子供なしです。 結婚や出産に興味なく、子供の時からお金への不安を親から植えられていたせいか仕事をどうしても諦められない気持ちが強く、結局欲しいと思ったときに妊活しましたが出来ませんでした。夫婦2人の生活がこのあと続くのですが、やはり子供が欲しいと強く思えなかったんだろうか、女なら子どもが欲しいのが普通だったんだろうか、妊活に向き合う気持ちが薄すぎたんだろうか、邪心があったからできなかったのか、、と心が乱れまだこと人生を受け入れる準備が出来ていないように感じます。 不妊治療は遠方まで通院し、仕事の間に通って、家で注射したりと自分ではやることはやったのですが、世間でよく聞くような「やり切った感」はありません。 夫とはこれまで数えるしかSEXもなく、妊活も不妊治療にいきなり突入。夫婦生活もこの先ないまま女としても終わると思います。それでも夫と結婚して良かったとは思っています。 この人の子供がみたいとか、この人となら子育ても乗り切れそうと今なら思うのですが、結婚当初や不妊治療中はそう思えず、そう思えなかった自分も責めてしまいます。 今、自分、私を生きるしかないのは頭では理解するのですが、このところ今までの人生を振り返って、つい他の人の人生と比べてしまうこともあります。 今を生きるためにお知恵をいただければと思います。

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他人の意見を鵜呑みにして後悔、自己嫌悪

 新卒で入った会社で最初に配属された先が希望と異なり、入社依頼ずっと異動を希望してました。 配属先の仕事は全く自分に合っていませんでしたが異動のないまま3年目に突入し、 向いていない、希望もしていない仕事、別件での上司に対する不信感も拭えず、毎日毎日もう無理辞めたいと思っていました。  そんな折、突然人事との面談があり、前々から希望していた配属先の名前を出されました。人が辞めて空きがあったので希望すれば行くのはほぼ確実でした。  少し前ならすごく嬉しくて、やります!と喜んで言っていたと思います。 しかし、偶然にも面談の数日前に長く働いている先輩社員からその部署のよくない噂を聞かされ、あそこだけは絶対にやめておけ、兎に角だめ!と強く言われていました。私からはその部署の話は何もしていません。  今までならそのような他人の意見は無視していましたが、この時既にかなり心が参っていて冷静に考えられませんでした。 月の半分くらい仕事中でも涙が止まらないことがあり、日々の仕事をこなすのが精一杯で、こんな自分がそんな環境でやっていけるのか?という不安と恐怖で、 行きたくないです。と言ってしまいました。  正直、2年目の終わり頃には、今の部署から離れられるならどこでもいいから早く異動したいという考えになっていたので、ずっと望んでいた絶好の機会でした。 なので言ってしまってすぐに、何言ってんだよと思いましたが、それまで聞いた色んな悪い話が頭を駆け巡ってとうとう言い直すこともできませんでした。  結局今回も異動はなく、1,2年で異動と言われていたのが、いつか、に変わり異動の希望も持てず続ける気力もなく退職に至りました。  最近になってこの時のことを思い出して、あの時自分の意志を曲げずにいたら、 なぜ言うことを聞いたのかなど、ぐるぐる考えて眠れず、明け方目が腫れるまで一晩中泣いている時があります。  当時は、意見を参考にしたのは自分だから、思い通りいかなくてもこれは自分の責任だと心にもって決断したつもりでした。 でもつらくなるとどうしても先輩の言動と今の状況を結びつけて考えてしまいます。  今更どうにかなることでもないのに、こんなことを考えてしまう自分が嫌です。現状から逃れるための言い訳に過ぎないのは分かっていますが、後悔の無限ループから抜け出せません。

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就職のタイミングを逃して後悔

はじめまして。28歳の男性です。 コミュニケーションに自信がなかったこと、自由を奪われるのではと怖かったこと、そして祖父母の支援があったので、4年前に大学を卒業しましたが就活をせず、今までアルバイトを少ししながらのんびり過ごしてきました。海外に半年間の語学留学までさせてもらっていました。国内外でいろいろな人とかかわって、苦手だったコミュニケーションも自信がつきました。 しかし、この春がいわゆる第二新卒として就職をする最後のチャンスだったと、先月気がつきました。興味があって説明会に何度か行った会社も、もう年齢的に受けられないと知り、自分が就活を引き伸ばしていたことを激しく後悔しています。先月からは、毎日毎日その後悔ばかりです。 やはり前に進むのが怖いのでしょうか。社会に出るのに、その会社に入るのがぼくが一番望んでいたし、やりやすかった方法だったと思うんです。その会社でやりたい仕事もたくさんイメージがあります。 とにかく、毎日の後悔にもう疲れました。後悔ばかりではいけないと、転職サイトに登録して相談したり、友人にアドバイスをもらったり、求人を探したり、現実的に動こうとはしています。けれど、どれだけ現実的に動いても、頭のなかで後悔し続けるのは終わりません。 後悔で疲れたまま現実的に就活のため動くのも、なんかブレーキをかけながらアクセルを踏むようで、車が…体がどんどん疲弊していきそうです。 休息がほしいです。

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大学時代を後悔

いつもサイトを拝読しています。悩みが腑に落ちる感じがして、ありがたいです。 はじめて投稿させていただきます。よろしくお願いします。 社会人一年目です。大学時代の後悔がふつふつと浮かんできます。 主な後悔は、人間関係とゼミです。 私は、中高一貫校出身です。中学の時に、人間関係で失敗し、自分は嫌われ者だという意識の中で生活していました。実際、高校時代の嫌われ度合いはすごかったです。悪口もたくさん言われました。それから、人と関わることがとても怖くなりました。中高生活の中で、自分のダメなところを何度も何度も反省して、自分を責めながら生きてきました。余暇は大概自分の粗探しに消えていたように思います。 大学に入ってからは、やり直そうとと思い、サークルに入ったりして人との交流を広めたりしました。しかし、やはり、人の集団に入るのが怖く、サークルでも自分は多くの人と関われなかったという後悔があります。これが一つ目の後悔です。 二つ目の後悔はゼミです。 分野から選んだため、ゆるく、やることがあまりないゼミだとは知らずに入り、学びを深めることも、ゼミ生と交流を深めることもあまりできませんでした。 また、教授に嫌われている気がして、辛かったです。自分と話す時だけ、テンションが低いです。自分が怖がりながら話していたせいもあるかと思います。自分は、人を怖がっていて、無表情で関わりづらい性格だと思います。また、自分が嫌われても仕方ないことをした、と自覚していることもあり、自業自得だと感じていました。 ゼミ自体が居づらかったです。ゼミは全体的に、仲良いということはなく、サボっている人も多かったです。やることがあまりなく、中身がないゼミでした。本当は自分から勉強するのが大学だというのはわかります。しかし、まだ、学び方さえ十分にわかっていない状態だったのです。このゼミに入っていなければ、もっとよい学生生活が送れたのではと、後悔しても仕方ないことが頭に浮かびます。 昨年はコロナで学生生活がなくなってしまった(皆同じだとは思うのですが)ことから、消化不良や、後悔ばかり浮かんできます。自分が完璧主義なせいもあるかと思うのですが、この後悔の念をどうすれば良いのでしょうか? 読んでいただき、ありがとうございました。よろしくお願いします。

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過去への後悔で苦しんでいる

はじめまして。 最近、過去の過ちの重圧に耐え切れません。 10年ほど前に何度か行ってしまった罪です。 家族や友人など身近な人にはとても言うことができません。 もし言えば家族を傷付けてしまうだろうという理由と、言うことで周りに軽蔑されてしまうことが怖いという汚い感情です。 また、こうした匿名の場であっても直接的に記載するのは憚られてしまうほどの罪であるため、お恥ずかしながらお坊さんのみに公開される設定にさせていただいています。 最近は毎晩、過去を振り返っては吐き気がし、自業自得ながら自己嫌悪と罪悪感で食事も睡眠もままなりません。 そんなことをしても意味がないとわかっているのですが、ずっと考えてしまうことがつらく、死んでしまいたいとも何度も思いました。 大人になった今では、そんなことは絶対にしないと誓えるし、過去の自分を怒鳴りつけてやりたいくらいです。 罪の重さに気付いたのは数年あまり経ってからで、当時も酷く後悔し、何度も自殺を試み、自分の身体を何度も斬りつけてしまうこともありましたが、その衝動も落ち着き、時折思い出し深く後悔しながらも今日まで過ごしてきました。 ですが、1ヶ月ほど前に思い出した瞬間、堰を切ったように大きな罪悪感が襲い、思考が埋め尽くされてしまいました。 このままでは勉学や日常生活にも支障が出てしまうため、どうにかしたいともがいていたところ、このサイトに辿り着きました。 自分の罪がとても重く感じ、世界で一番汚いのは自分だ、生きていてはいけないとさえ感じます。 いま私は、釣り銭を多くもらったときには受け取らず返したり、道を聞かれたときはわからなくても一生懸命応える努力をしたり、バスで席を譲ったり、ありきたりながらも周りのために出来ることを考え、行動するように心がけています。 罪を許されたいということが全てで周囲に優しくしているわけではありませんが、少しでもよい人間になりたいという想いがあります。 それでも、自分が一度でも大きな過ちを犯したという気持ちが四六時中頭から離れません。 私は決して許されてはいけない人間なのでしょうか。生きていてはいけないのでしょうか。とても怖いです。 告白して、楽になりたいというのはエゴでしかないし、抱えているのもつらいです。

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