義母について
私の義母はよく、私の若い頃は…、とか私が嫁に来た頃は…、と言います。
義母は二十歳の時のに嫁に来たのでだいたい40年前のはなしです。
今と40年前では考え方も価値観も何もかも違うと思います。40年前は常識として通用しても、今は非常識、今の時代にそぐわない事もありますよね。
40年前のやり方でいい事もあると思いますか、それを強要するのはどうかな?と思います。
けして義母の考えを押しのけるつもりはありませんが、綾小路きみまろも言うようにあれから30年!時代は変わって行っているんです。赤ちゃんだって、30年たてばもう中年です。
いつまでも、凝り固まらず今の時代に乗って欲しいし、昔がいかにも良かったといっても本当のところはどうかわかりません。
そう言う義母には、いつも凄いですね。としか言いようがないのでそう受け答えしておきます。
私が義母をたてて、ごまをすって、嘘でもその場だけでも義母の話に乗れば良いと最近は思います。
本当に疲れるけど、団塊の世代は仕方がないと思うようになりました。
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すばらしいです
そうして、人は人として、適度におだてて、そのままにしておく。それができるのであれば、円満な関係を維持できることでしょう。義母さまにの過去の話を適度に聞き、いい方は悪いですが義母さまを都合のいい時だけ利用させていただき、必要な情報はありがたく頂戴し生活できたら、一番いいですよね。
人を変えることはむずかしいです。あなたが捉え方を変えていくことが幸せへの道であります。
プライドの煩悩は誰にでもある
誰にでもプライドの煩悩があります。
他人から、子供やお嫁さんから、尊敬されたいのです。
また、今まで自分が守ってきたものを引き続き守りたいのです。
さらに、誰にでも怠けの煩悩があります。
今までのやり方を変えて新しいやり方に変えるのはしんどいと感じるのです。同じやり方を継続する方が楽なのです。
姑のプライドvs嫁のプライド(嫁だって認められたい)
姑の怠けvs嫁の怠け(嫁だって自分のやり方でやりたい)
という構図は必然的に生じます。
理想は、互いに自分の煩悩を反省し、他人の煩悩を慈しみ(怒らず)、話し合って妥協点を決めることですが、
お姑さんにそのように譲歩してもらうためには、第三者からお姑さんに言ってもらう等、戦略的なアプローチが必然ですね。
でも、それが難しいからストレスになるんですよね。
長年かけて少しずつお嫁さんのやり方にシフトしていくことは可能でしょうけど。
んー、腹立つことはその場かぎりで忘れて、ストレス解消法をみつけてください!
質問者からのお礼
義母のやり方は私の祖母に似ていて、ハッキリ言って、とても古臭く感じます。祖母と付き合っているような感じです。
まー今更変えることもできませんから、こちらが合わせるしかないんでしょうね。