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謝れまない

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有り難し有り難し 15

自分は人に謝ることができまん。

人に怒られると、いつも必要以上に自分を責めてしまうんだと思います。
人に怒られた言葉が何倍にも何十倍にも重く聞こえてしまって、
周りにいる人が自分に石を投げているような気がして、
謝るどころか言い訳すらできず、自分に落ち度が無くてもただ黙って泣いてしまいます。

そんな泣いている自分の姿を見て、「何泣いてんだよ!」って言われたり、「早く謝れ!」って言われたり、「男なのに情けない…」って言われたり、
最後は「お前なんて知らない!」「こんな奴ほっとこう」と言われて周りの人が離れていく…

その背中を見てまた涙が込み上げてきて、
あとで謝れなかったことに気が付き反省し泣き、
人が離れて行ったことに気が付き泣き、
結局一回怒られただけで夜寝るまでずっと泣きながら、下を向きながら過ごして、

次怒られた時に前に怒られたことも思い出して、
さらに辛くなって泣き、怒られるたび逃げ場を失っていく…

幼少期の頃からずっとそうでした。

そんな自分は幼い頃から怒られることを極度に恐れ、
怒られることをやらずに生きて来ました
その結果、成績は良くなり、約束もきちんと守って来た方だと思います。

でも、できないものができるようにならず、やりたいようにやることもできず、
ただ負の思い出だけが残っていき、
つまらなくて、辛くて、苦しい人生でした。

今は学生なので、怒られることから逃げることができますが、
いざ社会に出た時、怒られることを避けるのはまず不可能でしょう。
そんなとき、毎回こんな風に泣いていたのでは、社会的にも精神的にもやっていけないと思うのです。
こんな自分を変える必要があると思いました。

「あんまり気にしないことだよ」などとアドバイスを貰うこともありますが、受け流すことはできませんでした。
「自分のことは自分で守らないと!」などと言われたこともありますが、どんなに必死で自分を擁護していても、心はそう思ってないからか、涙が出て来ます。

どうすればこんな自分を変えられるでしょうか


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

怒られることには、慣れとお礼

ぶっちゃけ、めっちゃ怒られる環境にいれば必ず慣れます。

私らの宗派の百日修行は、開始早々に先輩僧侶から怒鳴られます。
「走れ!遅い!」とどやされ、ことあるごとに怒られます。
普段温厚な先輩僧侶たちです。もう別人ですよね。

もちろん、言ってしまえば先輩方も怒りたいわけじゃありません。
緊張感を持って、気合いを入れて、集中してもらうために怒っています(他にも色々理由はありますが)

その際に、大切なことを言われました。
「今までの経歴はすべて捨てろ。どんなに偉大なことをしてようが、年上だろうが、ここではそんなものすべて関係ない」

怒られたくない心理って、自分のプライドのせいでもあります。
怒る=否定ではありません。ですがプライドが高いとそう受け止めてしまいます。
実をいうと私も怒られるのはすっごく苦手でした。
ですから先輩から「プライドは捨てろ。そうすれば、ただ怒られているのではなく、それを励みに変えることができる」と教えて下さったのは有り難かったナァ。

怒ることなんて誰もしたくないんですよ。
でも、あなたのためにしてくれている。
ならば謝ることができなくても、「ありがとうございました」と言いましょう。
そして沢山怒られる環境に身をおいて、沢山お礼を言って下さい。
これは大変なことかもしれません。
ですが、この大変は「大きく変わる」ってことですよ。

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人の感情まで受け取らなくていいでしょ

怒られるというのは、相手が怒っているということです。あなたが怒っているのではないです。つまりあなたの問題ではないということです。

相手が怒っている←相手が困っている。
ということです。

叱る事とは違います。大きな声を出したりせず、あなたのためにアドバイスをしてくれたら、ありがとうを言いましょう。

謝るということは、あなたが悪いことをしたなと思った時に謝るのでしょう。怒られるから謝るのではないですよ。

あなたの耳は、爆音の音楽も、怒鳴り声も、ささやきも、小鳥のさえずりも、全て受け入れています。そして、そこに好きだの嫌いだのの、価値評価を一切しません。
つまりあなたはご自分の耳の働きに学び、必要以上にご自分を責めないこと。ただ悪いと思った時に素直に謝れる人になるかどうかは、考えない事です。言葉にする前に頭の中で考えない事。セリフを考えているうちに行動できなくなります。体に学ぶのです。

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有り難し
おきもち

禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺住職。小学校教師。 悩みを吐き出す...
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