hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

無知について

回答数回答 5
有り難し有り難し 26

仏教の教えの貪瞋癡の癡についておしえてください。
貪は欲で、瞋が怒り、欲と怒りは仏教を知らない人が聞いても意味がわかると思いますが、癡の無知がよくわかりません。仏教の無知とはどう言う意味ですか。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

迷いの根本です

欲望と憎悪は確かに分かりやすいです。いつもこれらに支配されていることが見えやすいからですね。おっしゃるとおりです。

これにつき、思い出すのが恩師の一人のたとえ話です。お子さんたちがまだお小さかった頃、山口の秋芳洞を訪ねた。つねに暗闇のなかにいる魚は目が退化し無くなってしまっていた。根本的な愚かさはいつも私たちを覆っているので、それを感受する力が私たちに乏しいのですね。

いくつか参考になりそうなものを挙げてみます。
1.スマナサーラ長老の無明に関するお話し。
http://www.j-theravada.net/qa/gimon71.html

2.ウィキペディアの「無明」の項
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E6%98%8E
これは大乗(中観)では、空性を理解していないことということになりますう。

要は智慧の反対語ですから、智慧が成仏に至らせるのと逆に、輪廻の理由となる真理に対する根本的な無知ということではないですか。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1500件を超えました


私はお坊さんといっても、ひと様に何か答えらしいものを提示できるような立派な...

「貪は欲で、瞋が怒り」並みに一言でいうなら「自己中」で良いかなと思います。本当は「自己」と言いたい所ですけど、そういう言い方を誤解なく伝えるには長くなるので。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1500件を超えました


曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

無知とは、真実を真実のまま認めない心では

正確なことは分かりませんが、真実を認めず、自我によって見ている思いの世界を真として生活している、愚かな心ではないでしょうか。

普段、生活している中で良くあることは、Aさんが私に対して「〇〇してはだめですよ」と言ったのを取り上げ、

・私は、Aさんに怒られた。→きっとAさんは私のことが嫌いだ。→Aさんは私に対して恨みを持っているはずだ。

こうした思考を持つことは全て妄想であり、無知のあらわれではないでしょうか。

真実はAさんが「〇〇してはだめですよ」と言った。それだけが事実。そこに良い悪いも付け加えず、そのまんまを聞くことです。怒られたなんてこともありませんよね。音がそのまま耳に入ってきているだけ。それが事実です。

思いに騙されそれが真だと信じ、苦しむ姿は愚かで無知なのではないでしょうか。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1500件を超えました


禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺副住職。 悩みを吐き出す事で、ちょ...

苦悩の原因になる「愚かさ」全般

まず、仏教が、悩み苦しみを無くしたり制御したりするための教えだと理解してください。
そうすると、無知(愚かさ)というのが、
「悩み苦しみを無くしたり制御したりするのを邪魔する」愚かさ全般だと考えられます。

たとえば、怠けや不注意、うろたえ・混乱、プライド、
また、苦・無常・無我を理解せずに心身を実体的にとらえてしまうこと、
変化する物を変化していないと勘違いしてしまうこと、
何かの情報を最初から決めつけて疑ったり盲信したりすること、
無意味な迷信やしきたりに執着すること、
さらには、私が私として生きることへの執着、存在への執着まで。
自分で自分の悩み苦しみを増やすことになる考え方(愚かさ)全般が、痴なのです。
それは、生命が生まれながらに持っている「勘違い」です。
痴(無知)という勘違いは、障子に映る木の影を幽霊と勘違いしているようなもので、
悟って、「なんだ、木だったのか」と真理に気付いたら、
痴は消えて、二度と幽霊に見えなくなるのです。
勘違いの夢から目覚めたことを「悟った」と言います。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1500件を超えました


浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

愚癡 ぐち

愚癡=無智=愚かさ です。
愚癡とは智慧がなく正しく判断できない様を言います。
『貪』と『瞋』を含む全ての煩悩の原因がこの『癡』だと言われます。

私たちには、知恵はありますが智慧がありません。
それこそが苦しみ悩む大きな原因なのです。

知恵=人間の知識や思考
智慧=仏様の知識や思考
を表します。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが累計1500件を超えました


始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

質問者からのお礼

ありがとうございました。勉強になります。

「仏教全般」問答一覧

仏教とは?

こんにちは。私はとある信仰宗教の元信者です。その宗教ではその宗教のお経を毎日よんで、法名といわれるものをおさめ、つどいと称される会合に参加し、弥勒山という山に登ります。勧誘してきた人は私の20年来の付き合いのある方で、その信仰宗教をとても心から信じていました。しかし、私はこの信仰宗教に違和感を感じていました。職場の方に話してもら辞めた方が良いという回答でした。また、旦那が私には居ましたがその宗教を毛嫌いされ、彼の親族にも激怒され縁をきられてしまいました。私は今実家で幸せに暮らしています。仕事も頑張って居ます。勧誘された方は癌で若くして亡くなりました。彼女は最後までその宗教を信じていましたが、私も彼女もそのお経を毎日読みましたが、私は離婚し、彼女は命を失いました。これのなにが幸せなんでしょうか。私には弟が居ます。まだ若くこれからどうなるか分からないですがきっと結婚するだろうと思います。義理の妹は果たして私の事を理解してくれるかと不安になり、檀家になってるお寺のお坊さんに相談しました。その方は瞑想会をしていて、瞑想すると涅槃の境地に近づけるとの事で、私は毎日するようになり、瞑想会にも参加するようになり、元の信仰宗教は辞めたい。と彼女の旦那さんや支部長に言って辞めさせていただきました。しかし、彼女には本当にお世話になったし、お経を読まないと瞑想出来ない脳になってしまったので、辞めてもお経は読んでいるし、彼女のお墓にお墓参りに行こうと思っています。信仰宗教で出会った方々とはまだLINEで繋がっています。このままいくとまた、戻ってしまうかどうか心配です。私は幸せになりたいからやってるんではありません。ただ、お墓参りして、お経読んで、瞑想して、線香あげて。私は仏教なんて全然知りません。お経の意味も分かりません。でも、これから勉強したいと思います。信仰宗教であげてるのは簡易なもので独自の解釈がされていて本質ではないと思います。瞑想の檀家のお寺のお坊さんも良い方ですが、わたしが涅槃までいけるかどうかは分かりません。こんな私は社会から見ておかしな人間なのでしょうか?仏教ってなんなんでしょうか?お経読む事でしょうか?墓参りする事でしょうか?瞑想する事でしょうか?私は宗教を理由に仕事休んだ事はありません。信仰宗教勧誘は一度しかやった事がなく、家族からも止められてるので今はやってないです。

有り難し有り難し 35
回答数回答 4

最後の言葉「ありがとう、また会おう」

長文で失礼致します。 急ぎの相談ではありませんので、お時間のある際にお話いただければ幸いです。 もう1点、伺いたいことがあるのですが、お坊さま方もお忙しいと思い、別の機会にさせていただきます。 父親のいなかった私たちを、親代わりになって育ててくれた祖父が先日他界しました。 母や叔父と叔母にとっては、優しくも厳しい一面もある父親だったそうですが、孫全員には優しく頼もしく接してくれて、「いい思い出」しか残っていません。 ここ数年は持病が悪化し、コロナ禍ということもあり、楽しみにしていた大勢で食事を楽しむ機会を設けれなかったことだけは心残りです。 入院先の配慮で、最後にお話をする機会があり、駆けつけた祖母・母と叔父・叔母、孫全員と話をすることができたのが幸いです。 「遅くまでいると迷惑がかかる」と祖父に促され、亡くなる前日の別れの際にかけられた言葉が印象的でした。 「じーちゃんが死んだ後、コロナが収まったらな、ばーちゃんに会いに行ってやってくれ」 最後まで祖母を思う優しさ、そして。 「ありがとう……また、会おう」 この言葉は、もしかすると生きて会えるのは最後とわかっていて、「来世」でまた会おうという意味だと私は受け取りました。 葬儀をお願いした元々ご縁のあるお寺のご住職も、「今の別れは、ゆくゆくは浄土で再会するまでの一時的なもの」とお説法をされていたので、受け取り方は違ってなかったのかなと思うのですが、いかがでしょうか?

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

初めて知った事に対して、怖いです

三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫。三虫(さんちゅう)三彭(さんほう)伏尸(ふくし)尸虫(しちゅう)尸鬼(しき)尸彭(しほう)ともいう。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。一人では夜あかしをして過ごすことは難しいことから、庚申待(こうしんまち)の行事がおこなわれる。 日本では平安時代に貴族の間で始まり[1]、民間では江戸時代に入ってから地域で庚申講(こうしんこう)とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまった。 道教では人間に欲望を起こさせたり寿命を縮めさせるところから、仙人となる上で体内から排除すべき存在としてこれを挙げている ウィキペディアからコピーさせていただきました。 こちらの文章を読んだ上でご質問させていただきます。 質問ですが・・、本当に3匹の虫が体の中に入っているのでしょうか? とある小説でこのような事を知りました。 正直、今までこんな事知らなかったので、怖いです。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられと wikiに書かれていますが・・・、 寝ないで1日越した方がよいでしょうか?あまりいい気分がしないので教えていただけると嬉しいです・・。 お坊さんの方々もこの日は何か特別な事はやってらっしゃるのでしょうか?

有り難し有り難し 15
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る