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守り本尊というのがよくわからないのですが?

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素朴な疑問をさせていただきます。
仏教では西の極楽浄土に阿弥陀如来、東の浄瑠璃世界に薬師如来が居ると言われていますよね。

しかし卯の方角を文殊菩薩、酉の方角を不動明王が守るというような教えもあるようで、調べてみました。
守り本尊というものが決められているそうで各方角ごとに守っている仏様がいるようです。誰がなんのために決めたのかわからないのですが、仏様を信仰するにはこんなことまで信じないといけませんか?

2015年10月12日 19:18

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

本有の守り本尊の説明、方便。

あなたの中に、観音も阿弥陀も不動も普賢も文殊もみんな守り本尊として本当に備わっているのですよ。
みんな誰しもの人間という「蔵」の中に引き出しみたいにしまってある。
だから この無限の宝の在り処である、自己を無尽蔵 虚空蔵 正法眼蔵 という。
蔵にあるもんをちっとも引き出せずに、粗末にして「そんなもんも信じなきゃいかんのか」と、あらぬ方向を向いているのはどこのどなたさまじゃ?
その引き出しの在り処は、そっちではない。
私はドラゴンボールの最長老みたいなものです。あなたのインナー観音、地蔵、阿弥陀を引き出す者。そういう僧侶に出会わんと、だれもがみんな自分の頭ででっち上げた理想、空想、絵空事のカミサマ仏教になる。
それでは、あなたにとっての仏教が何も始まらない。
観音といっても、どこか外の観音ばっかり追っかけてもしょうがない。
あなたが、一日一行でも無我の行を修すれば、千日で千手観音。
内なる観自在菩薩、内なる観音力を得なければ、他人事。
どんな物事を観るにせよ、そこに私見や己見(自分中心なものの見方)を交えずに、そのものをズバリ見れば、❝観自在❞菩薩が現われる。
ゴミでも、ガラクタでも、眼の開いたものは活用次第で、人も救う事すらできる。
その力に気づいたものは、ゴミのタイヤでサンダルを作り、ペットボトルで服を作り、瓦礫で公園を作り、ネット上にこのような救いの道場も作る。
そして、こういう話を聞いては、自分に効かせ、自分の宝を引き出す力がある。
阿弥陀というても、遠くにあるのではない。
無量寿、無量光という永遠の昔から続く時の、最先端こそがたった今。
無限に広がる宇宙のど真ん中に存在する自分の命の@のありかが「ああ、おらじゃ、いまここ、この事だ」と悟れば、そこに阿弥陀様が共にある。
全てが一期一会で、来たるが如く去るが如くの如来如去である。
本当に、守り本尊に出会えるまで、自分を理解してみてください。
信とは、正しい理解の事。
木仏などを拝んで、義務的に信じなきゃいかんと言っているうちは正しい理解=❝信❞ではない。ああ、自分のことか、自分にそなわっている力を、象徴したものが仏さんだと分かれば、信ずるも何もいらない。本当に信(おまかせ)が生まれる。
全部自分の事だから。ちゃんと自分で分かる。
そっちに眼を向けることを開眼といい、本尊に出会うというのです。

2015年10月13日 0:09
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 坐禅会 法話・提唱会 毎週...

気にする必要はありません

私は浄土宗ですが、聞いた話では、真言宗では、自分に縁のある仏様を決めて信仰するらしいですね。
また、浄土宗で使う阿弥陀経という経典には、東南西北下上の6方それぞれにいらっしゃる仏様達のお名前もいくつか出てきます。
なお、阿弥陀経の場合は、阿弥陀仏について6方世界のあらゆる仏様が太鼓判をおして褒め称えている、という説明のために、6方向の世界にいる仏様達の名前が出されています。
残念ながら、私達の世界の仏様であるお釈迦様はすでに亡くなられていますので、ご存命の仏様を拝みたいなら、他の世界(他の宇宙)に向かって拝むことになりますね。
まぁ、あまり気にする必要はありません。
好きな仏様を拝めばよいのです。
仏様のキャラクターは、仏教の思想や精神の象徴だと考えてもいいでしょう。
例えば、どんな悪人も必ず救う阿弥陀仏は、仏教の慈悲の究極を表現しています。
しかし、そのような慈悲は、お釈迦様や、あらゆる仏様も説いているはずです。

2015年10月12日 23:22
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

質問者からのお礼

ありがとうございます。
仏様は自分自身の中に存在するというご回答がありがたく思います。

「仏教全般」問答一覧

仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

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どちらの宗派、教えを信じれば良いのか

初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

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