座間市の事件

おはようございます。
今日は文化の日で、イジメが原因で中退させて貰いましたが母校では文化祭を催しています。実の妹も母校の出身なので必ず来ているので私は行きません。私がイジメに遭っている時はまだ妹も小さかったので話しませんでしたが二親は無視でした。有名校なので卒業して欲しかったんです。でも出来なくてもう、この時点で不名誉な子になったんだと思います。おまけに高卒止まり。妹は有名な大学2つ出ましたし。笑えます。
座間市の事件はその猟奇さが際立っていますが大抵の人は信じられない、遺体の一部と生活なんてetcと言っている人は沢山います。私もそう思いますが容疑者は想像し得ない闇を抱えているのでは?と思っています。私もイジメに遭って家族の中でも孤立してから闇を抱えていると思っています。誰かしらあるのでしょうが深ければ深いと厄介なものです。闇に潰されない様に私はお坊さま方や周りの人に助けられながら四苦八苦していますが、私はこの容疑者を非難する人達よりは、闇を持つ容疑者に近いと思っています。自分を律しないといけないなと思いました。どうかお坊様方お祈り下さい。お願いします。

後悔・自己嫌悪
有り難し 88
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

だからこそ、救いのエネルギーをどんどん世に増やす必要がある。

まず、亡くなられた方、この痛ましい事件によって心の闇に突き落されてしまった方々に対し、心を込めて合掌、お祈りを捧げます。

全国方々を心の闇という地獄に突き落すような実に残虐性きわまりない事件です。赦されるものではありません。こういう時こそ自らの心を統治して悪しき心に向かわせるべきではありません。
人間は人間の世界の「考え方によって苦しむ」という面があります。
「どんな凄惨な現場であっても、事実においてはそのような出来事として完結している。」という理があります。
私たちはニュースを聞いて心が病みます。
世間でひどい殺され方をした少年少女たちのニュースがありますと、それを聞いただけで多くの人はみんな参ってしまいます。
現在、ハスノハの法友僧侶たちこの事件には大変心を痛めております。
ここでの回答が力及ばずで自死を選択してかの殺人鬼に殺められた人がいたら、と思うと僧侶として気が気ではいられません。
だからこそ、だからこそ!
私たちは邪悪な邪気に屈せず、より明るく輝かしい清らかな心で闇を断ち切って、一切の人たちを救い助けるという心「菩提心」を奮い起こす必要があるのです!
こんな痛ましい事件はありません。今後も起こるかもしれません。今後も犠牲者が出るかもしれません。だからと言って立ち止まっているわけにはいかないのです。
このhasunohaで僧侶たちの活動及び陰ながら辛苦されている運営者の堀下さん方の「世直し運動」の善意にご賛同いただける方々があれば、是非ともお一人お一人が心の中に「世を良くあらしめる心」菩提心を起こしてください。
お釈迦様のような生き方というのは、お釈迦様だけの生き方であってはいけないのです。
決して他人事にしてはいけないのです。
私たち一人一人がそういう志を持たなければ、とてもお釈迦様一人ではこの世の中がよくなるわけがありません。亡き人もすくわれません。私たちもすくわれません。
今回の事件は、私たちの反省すべき課題です。
犯人を責める時間があれば、私はその時間で同じように心の病に陥っている人たちを助け、救いたいと思います。
皆さま方も、世を良くする世直し活動、やさしさを増やす活動、心の善玉菌を増やす活動に仏教でなくてもかまいません。ご賛同頂き、皆さんが主体性をもってこの世の病を照らしてください。
今、お持ちの物から手を離して頂き、亡き方に追悼の合掌を。

15日前
回答僧

大慈

痛ましい事件で亡くなられた方々に謹んで哀悼の意を表します。合掌

報道を聞いてから私はずっと気になっていることがあります。昨年の12月4日付けてストップしていますが、「死にたい人は死ねる社会を」というコンセプトでツイートを続けていたアカウントがあります。そのフォロワーは今でも1435人ついています。果たして座間市の事件を『特殊』と言ってしまって良いのかな…と。明るみに出ている前例が無かっただけで、すでに特殊では無くなってしまっているとしたら…と。

極端な例になるかもしれませんが、戦国時代には戦さ場で首級をあげたら横取りされないよう守りながら持ち歩いていました。それを持ち帰ると、今度は家の女性陣が首級をきれいに洗い、お歯黒を塗ったり化粧をします。そうして身分の高い(褒賞金の高い)首級に見せかけるのです。

人はそのような環境にも慣れることが出来てしまうわけです。
だからきっと常人離れした人がそうしてしまうのではなく、そこに至る条件さえ整ってしまえば誰もが出来てしまうのでしょう。

仏教では「人はたくさんの原因や要因が集まった集合体である」と考えます。これを因縁生起とか一切皆空と言います。
よく「闇を抱える」という表現がありますが、仏教的に言えばその人の本質が闇なのではなく、周囲から振りかけられたものや自分で取捨選択したものの大多数が闇だったということになります。逆に言うと、これから選ぶ環境次第で今から変わることができるということでもあります。諸行無常ですからね。

そうした時に、自分を律するというのは、単に自分の心の弱さと向き合うだけでなく、どんな環境に身を置くか、よくよく考えましょうということでもあるわけです。

だからと言ってやたらめったら好き嫌いを振り回すようになるとかえって苦を増やしますが、明らかにネガティブな影響ばかり受けているようなら、『適度に』距離を置くことも大切です。それが家族であっても。そしてより善いご縁を探すこと、過ぎ去った過去を蒸し返さない(過去の善くない環境を心の中で反すうしない)こと…これらが闇を離れる秘訣です。

あのような事件に至ってしまうまで、探しても探しても善いご縁にたどり着けない…そんな世の中は、変えてしまいたいですね。
どうかマサマサ様の身の回りやこの社会に、お互いに生きる活力を与え合える出会いが満ちますように…合掌

15日前

悟りへの道を確かに示す灯火となれるように

マサマサ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

座間で起きてしまいました残虐なる事件・・

このhasunohaには、日々、希死念慮をお持ちの方からのご質問も多く寄せられています・・

もし、この度、犠牲となってしまわれた方の中に、hasunohaを訪れられていた方、また、訪れてご質問をされていた方もおられたとすれば・・力になれなかったことに激しく反省致す次第でございます・・

できる限りに、hasunohaが、皆様の悩み苦しみに寄り添える存在となり、仏教の智慧と慈悲のお力によりて、確かなる救いや癒しをお渡しできる場となれますように、これからも私なりに努めて参りたいと存じます。

私事となりますが、拙生、hasunohaに参加致して、最初の回答させて頂きまして、明日で5年となります。

5年を節目として、もう一度、私自身、原点の想い、志に立ち返るべくに、当初における回答を読み返しております。

拙いながらではございますが、回答が、相手様の心にしっかりと届く内容となりて、希死念慮をお持ちの方におかれましても、善い改心を頂けますように、これからもできる限りに真摯に向き合って参りたいと考えています。

この無明の闇路を照らし、悟りへの道を確かに示す灯火となれますように、仏教の修習にもしっかりと取り組んで参りたいと存じます。

どうか宜しくお願い申し上げます。

川口英俊 合掌

14日前

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