hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
家から匿名・オンラインでお坊さんと話せる!hasunohaオンライン個別相談
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

末期がんの父親にどう接したら良いかわからない

回答数回答 8
有り難し有り難し 178

父親は胃がんを発症し、病院でも匙を投げられ緩和ケアの段階に来ています。
言葉を発する事もなくなり、食事も殆ど摂らず寝ている事が一日の大半になりました。
息子として何かしてやりたいのですが父親としてはそれを望んでいないようです。
母親も椎間板ヘルニアを患い、介護自体も辛そうです。

自分は今、孤独と焦燥感がない交ぜになったような日々を過ごしています。
いずれ父親の死を看取る事になるでしょう。
その時の心構えが頭ではわかっていてもやっぱり割り切れないのです。
父とは折り合いが悪く「くたばっちまえ!」と何百回と思いましたが、いざその時が近づくと居ても立っても居られない自分の気持ちがわからないです。

これからどう日々を生きてゆけば良いのか無明の世界に居るようなものです。
どうか助言をいただけませんでしょうか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 8件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

浄土真宗僧侶の味わいですが

数年前に
命の残り時間が少ない友達を見舞った時
「頑張れ」と声をかけたら
「わし、もう頑張れんよ・・・」と。
「じゃあまた会おう」って
涙ながらに別れを言いました。
友達はすぐお浄土に還っていきました。
またお浄土で会う約束の確認の為にお見舞いしたんだと
今になって思うことです。
娑婆が少し寂しくなるけど
その分、お浄土が賑やかになるね
しばしのお別れだね
じゃあまたねと分かれていけるのが浄土真宗ですから。
「お父さん先にお浄土行ってて
そのうち僕も行くから・・・」
また会える世界が用意してあるって
心強くて暖かいです。
涙がでるけど悲しみの涙だけじゃないと確信してます。
目から阿弥陀様ならぬ「なみださま」が出ます。
「じゃあまたの」です。

{{count}}
有り難し
おきもち

山口県の浄土真宗本願寺派の住職です。

今できることを、立ち止まらずに

2年前、59歳の母を大腸がんで亡くしました。判明したときには既に末期、わずか半年での別れでした。
私は母の期待に応えられず、たいへんに親を悲しませた娘です。ようやく和解して、これからたくさん親孝行をしようと思っていた矢先の出来事。「どうして?」と「どうすれば」だけがぐるぐると頭をめぐり、動揺して何も手につきませんでした。

そんなとき『六方礼経』に説かれた「子から親への5つの礼」が、私を救ってくれました。
母の亡き後は「親を養う」「自分の用事より親の用事を優先させる」礼はできなくなります。しかし「家系を存続させる」「相続にふさわしい良い人間になる」「亡き親の供養をする」礼はできます。いいえ、私の命ある限り、一生かけてやらなくてはならない仕事です。
そう気づいたとき、変な言い方ですが、私はとても安心したのです。

「立ち止まっている暇はないんだ。母が命がけで産んでくれた命を、こうして泣いて落ち込んで一日でも無駄にしたら、それこそ親不孝なんだ」と思いました。しっかりと自分の足で立って、強く明るく生きること。私の新しい家族と子どもたちを幸せにすること。それが私ができるこれからの親孝行です。母もそれを望み、その姿を見たいと願っていたでしょうから。

いまできることを、いままで通りに一所懸命になさってください。その上で、一緒にいられる時間を大切になさってください。私は最後に母の手を取って「お母さん、ありがとう」と伝えることができました。ですから悔いはありません。母も心残りはあったでしょうが、心配は手放して逝けたと思います。
ご家族皆さまのお心が、安らかでありますように。

{{count}}
有り難し
おきもち

青森県生まれ、宮城県在住。ミャンマー語が好き。子ども3人。 お寺の生まれ...

手をあてる(手当)ことも看取りです

お父様のこと、どんなにかお辛いだろうと思います。居ても立っても居られないのは無理もありません。
私自身、「看取る」と一口に言われても、不安ばかりになるだろうと思います。

これまでくたっばっちまえと何百回も、とありましたが、それは誰もが通る道で、かつてお父様もおじい様に対しきっとそう思われていたでしょうから、どうぞお気になさらないでください。

目で見る、心で観る、そして手で看る、であるならば、今はタン塩さんは手でいっぱいお父様に触れられてください。そして、「あとは任せてくれ」と言って差し上げてください。たぶんお母様も喜ばれると思いますがいかがでしょうか。手で看る、それも看取りだと思います。

{{count}}
有り難し
おきもち

住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

心で、心に寄りそう

「お仏飯はタン塩」さま。
前回は面白いご質問でしたが、今回は深刻ですね。
お父さまの病気がかなり進行しているご様子、お見舞いを申し上げます。

ぜひお伝えしたいことがあります。
私は「死の体験旅行」という元々医療者向けのワークショップを開催しているのですが、以前父親を看取った男性に受けて頂きました。
ワークショップ後の話でその方は「闘病中の父親はこんな気持ちだったのだろうかと、少しわかったような気がする。もし看病中にこれを受けていたら、もっと違った接し方が出来たのに」と仰いました。

父親と息子ですから、会えば病気の状況や治療計画など、実務的な話ばかりしてしまっていたのだそうです。でも、もっと父親の気持ちに寄りそう話をしたかった、と仰っていました。

ただ「お仏飯はタン塩」さんのお父さまは、もう言葉を交わすのも難しい状況のようです。でも人間の聴覚は最後まで機能していると聞いた事があります。ぜひ看病なさっている時に、感謝の言葉や思い出話など、話しかけて差し上げて下さい。

「その時」まで辛い日々が続くことと思いますが、その日々はお父さまの無言の教えです。しっかりと受けとめ、優しく見送ることができますよう、念じております。

H25.11.22追記
お父さま、ご往生なさいましたか。
お忙しい中、ご報告を有り難うございました。
謹んで哀悼の意を表します。

ご自身はとても落ち着いていらっしゃるようですね。
でも、喪失感などは直後にやって来るとは限りません。逆に直後は、受け入れきっていなかったり、やることが多く気が紛れていたりする場合もあります。
もしお気持ちが辛くなった時は、どうぞまたhasunohaにお書き込み下さい。

{{count}}
有り難し
おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

手紙という選択肢

タン塩様

自分の気持ちが分からないということですが、看取りに直面した方々誰もが通る道だと思っております。
「1+1=?」という問いの答えは「2」の一通りですが
「ブルーといえば何を思い浮かべる?」という問いにはたくさんの正解があると思います。
「割り切れない気持ち」「くたばっちまえ」の気持ち。
自分の中に浮かび上がる気持ちの矛盾に戸惑うのは致し方ないですが、どっちも正しいんですよと私は教わりました。

頭の中で考えてもぐるぐる回るだけだと思うので、自分の気持ちを日記や手紙等文字に表してみてはいかがでしょうか。

直接お父様にアピールできないけれど、本当はこんなことをしてあげたかった。
孤独感、焦り。医療や家族などの周りのコトバに対する自分の想い。 など。
ネガティブなことだけではなく、その時浮かんだお父さんや家族との思い出でもいいです。
自分の体の中に溜めこむだけではなく、毎日、何かに書くことをお勧めします。

それを、やがて来る日、棺の中に入れた方もいれば、法事の折に見返してあの時の自分を振り返った方もいます。

勇気のいる作業であることは確かですが、自分の頭の中だけで抱え込むよりも、向き合い方の道しるべにはなるかと思います。

死に直面する私たちのために仏教はあります。

{{count}}
有り難し
おきもち

生きる道幅を今よりほんの少しでも拡げる手伝いはしたいと願う。 治療や...

意思・意志のちからで

お仏飯はタン塩さん、こんにちは。

おとうさまも、おかあさまも、お仏飯はタン塩さん自身・・どうしよう、どれから手を付けたらいいか分からない・・状態ですね。おつらいことと存じます。

人間というのは欲望につきうごかされて生活してしまうことが出来ます。
しかし、意思・意志の力でも生活することができます。

たとえ「くたばっちまえ!」と思う心があったとしても、行くのが辛くても“かならず病院へ見舞いに行く”とか、隔日でもいいから声をかけにいく。
声をかけるためには、考えることが付いてきます。考えたり、思い出したりすると、涙がでてきたり、モヤモヤしたり、気持ち悪くなったりするはずです。
当たり前です、自分にはかかえきれない「親の死」というものが迫ってくるわけですから。
でも、それだけアナタにとっては大切なことでもあるのです。どうか意思・意志の力でおとうさま・おかあさまと接してください。ノートに書くなど整理することもおすすめします。
 
わたしの経験からです。

{{count}}
有り難し
おきもち

「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

お父様とどうありたいのか

お仏飯はタン塩様へ

今の現状に戸惑うこともあると思います。
しかし、何も身構える必要はありません。
普通でいいのです。

文章の中で
「父とは折り合いが悪く「くたばっちまえ!」と何百回と思いましたが、いざその時が近づくと居ても立っても居られない自分の気持ちがわからないです。」
というところがありました。
まさしくそれが親子、血のつながった関係の証なのです。

今、末期になってきているお父様には残念ながらいのちの期限がきております。
その中で今一度お仏飯はタン塩様の中で
お父様とどういう関係でありたいのか
そのことについて考えていただきたいです。
決して後悔のしないように。合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...

心からご冥福をお祈り申し上げます。南無阿弥陀仏。合掌

・・

お仏飯はタン塩様

この度は、お父様のこと、誠にご心痛の程をお察し申し上げます。

「無明の世界に居るようなもの」とおっしゃられていますように、実際に私たちは「無明」(根本的無知)により様々に苦悩することとなってしまっています。

愛する者と別れなければならない苦しみである「愛別離苦」につきましては、下記各問いにおきましても少しく扱わせて頂いております。また、皆様の回答も色々と参考になるのではないかと存じます。

http://hasunoha.jp/questions/114
http://hasunoha.jp/questions/107
http://hasunoha.jp/questions/95
http://hasunoha.jp/questions/91

「死」の苦しみに対して、私たちはいかに向き合うべきか・・私たちは必ず死する存在である以上、これは決して避けられない問題でございます。

私たちは輪廻する存在として、その相続していく心の状態において、次の赴きが決まりますが、まず大きな影響を与えることになるのが臨終に際しての心の状態であると言われております。

そのため、できるだけ穏やかに、安らかに、清らかな心の状態にて臨終に臨むことが大切となります。

例えば、臨終に際して、穏やかに安心して心が落ち着いた状態を保てるようにとして、看取る者たちが、優しく温かい言葉を掛けてあげること、感謝や報恩の気持ちを伝えること、後顧の憂いを無くしてあげれるようにすることなどを通じて、できるだけ安らかに逝かせてあげれることが必要となるのではないかと存じております。

もっとも仏教的には、確かなるご仏縁を結んで、悟り・涅槃へと向けた善き赴きがありますようにとして、善根を植ゆるために、枕経から始まって、各種のお経を誦経・回向致すことにはなります。

お父様には、是非、良い心の状態にてお経をお聞き賜るためにも、臨終に際しての看取りにて少しでもお調えを頂けましたらとは存じております。

そして、やがてくる自分の臨終に際して、如何にありたいものかということについても、また少しずつにでも調えていかれましたらとも存じております。

どうか、お父様の安らかなご臨終のございますことを心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

{{count}}
有り難し
おきもち

質問者からのお礼

ご無沙汰しております。

今朝方、6時55分。
父、67年の生涯を全うしお浄土へ旅立ちました。
痛みも苦しみもなく寝ながらそのままお眠りになりました。
お言葉を頂いた方々には感謝をしております。

不思議と涙は出ません。
ただ、「ああ、こういうことか」という冷静な気持ちです。
極めてフラットな感情といいますか、「すべてを許した」感情です。
喪失感ですとかそういう感情もありません。
これから喪の儀式に入りますが、長男として責務はしっかり果たす覚悟です。
ありがとうございました。

「癌・末期ガンと向き合う」問答一覧

仲のよかった母が末期癌で亡くなりました…

5月にとても仲がよかった母が末期癌で亡くなりました(涙) 母とは2人暮らしで、親戚からは「一卵性母子」とまで言われるほど仲がよく、旅行は勿論、買物に行くのも外食するのもいつも一緒でした。 自他共に認めるほど仲のよかった母でしたが、ここ1年で急に身体が衰えはじめ、病院嫌いの母は市販の薬で何とか凌いでいましたが、4月頃から急激に悪化してお腹が張って足がパンパンにムクみ始め、病院へ行ったところすぐに大きな病院へ回された結果、お腹にはガン性の腹水が溜まりCTやMRIで精密検査したところ、既に癌は全身の臓器へ転移して手遅れの状態にまで悪化していました…医者の話で治療はムリなので極力苦痛を和らげる緩和ケアという形で入院しました。 母には「もしもの時は色々話しときたいから隠し事は無しで…」という約束だったので涙ながらに本当の事を話し、一緒に号泣しましたが母と病床で本音で話す事が出来ました。「生んでくれてありがとう…育ててくれてありがとう…お母さんが親で幸せだったよ…」とお礼を何度も言えました。母も「生まれてきてくれてありがとう、楽しかったね。イッパイ親孝行してくれてありがとね…たとえ死んでもずっと見守ってるからね…」と言ってくれました。 ところが、母の病状が日々悪化するにつれて、母は薬の副作用と末期癌によるせん妄症状(意識が混濁して人格が変わったり、興奮して暴れたり、誰だか分からなくなったりする)で、仲のよかった僕にさへ暴言を吐いたり、叩いたり、「だれ?」と聞いてきたり、とてもショックでした。それから間もなく昏睡状態になって最期までまともに話出来ないまま亡くなってしまいました(涙)こんなぐらいなら死期が早まっても理性のある母の間にお別れしていた方が悔いが残らなかったと思います…質問なのですが、母は病気が悪化して僕の記憶がないまま旅立ってしまったのでしょうか?母と仲のよかった頃の思い出も消えてしまったのでしょうか?理性がある時に「ずっと見守ってるからね…」と言った約束も母の魂は忘れてしまったのでしょうか?それだとあまりに悲し過ぎます(涙)

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

本人に余命を知らせないこと

いつも親身に聴いて下さりありがとうございます。 私の忘れられない患者さんについて、相談させてください。長文になります、申し訳ありません。 私がまだ新人の看護師一年目の時の話です。 婦人科系のガンを患い、一通り治療をしましたが、状態が悪くもう抗がん剤は使えないといった終末期の方でした。 医師より、 これ以上の積極的な治療はかえって寿命を縮めるため勧められない。との説明がありましたが、 ・本人は状態が回復したらまた抗がん剤をやりたい。自身が終末期だとは思ってもいなかったような感じでした。 ・家族は『今後の余命については本人に知らせないでください』 とのことでした。 日々状態は悪化し、全身に回ったガンの痛みと闘う日々となっていきました。もう余命1ヶ月もつかどうかといったところでした。 最初は内服だった鎮痛剤も注射薬になり、それでも痛みが取れず医療麻薬の貼付剤から麻薬の注射に変わっていきました。 最期に使う麻薬の薬は鎮静剤もはいっているので打ち始めると眠たくなって、眠ったまま逝くような形になります。 ある日先生から本人に『痛みがだいぶ辛いところまで来ていると思うのですこし眠くして痛みを和らげる薬をしますね』と告げられる日がありました。先生の話の後部屋で足浴をしながら2人きりになった時、その方は苦しそうな表情で 『私は...もうすぐ死ぬの?』 と問いかけられました。私は答えに詰まってしまい、何も答えられませんでした。 その後鎮静が始まりそのまま起きることもなく1週間ほどでお亡くなりになりました。 『私はもうすぐ死ぬの?』 の問いにどうかえせば良かったのだろう。 本人もわかっていたと思うんです。日々重くなる体、正常に作動しない思考、象の足のように浮腫んだ足、パンパンにたまった腹水でうまく呼吸ができなくなる、おしっこが出なくなる、ごはんが食べられなくなる、本人が1番自身が死に向かっていることをわかっていた気がするのです。なら私はなんて言葉を返したら良かったんだろう。 余命も分からず、状態が良くなるのかもわからず、でも自分の体は朽ちていくのは怖かったんだろうなと色々思い馳せてはあれこれと考えてしまいます。 今でもあの方の 『私はもうすぐ死ぬの?』 の問いに答えが返せません。 僧侶の皆様はどのように返しますか?ご助言よろしくお願い致します。

有り難し有り難し 29
回答数回答 3

末期癌母の受診について

二度目です。 前回「末期癌の母と母離れできない娘」でご相談したものです。 11月に脳梗塞で母が倒れて、末期の肺癌が見つかりました。リンパに転移しており、脳転移もあります。 小脳が完全に死滅していて、腫れの可能性もあった事から、後ろ頭の骨を外したままにしています。 今は脳梗塞の失行・失語の後遺症の為にリハビリ病院にいるのですが、病院から、肺癌の治療か緩和の為に思いきって他の病院の受診をしてみては?と進められています。 今の主治医は母が倒れた際に救急で行った病院で、そこで脳梗塞の手術(骨を外す)をしたところで、肺癌に関しては「治療は無駄だからしない」と言われたところで、信頼関係はまったく築けてなかったりします。 セカンド・オピニオンでも同じような事を言われたので、正直なところ不安でいっぱいです。 しかし、いつまでもリハビリ病院にいれるわけでもないし、肺癌になんのアプローチもしていない今に不安と焦りがあるのも事実なので、受診はしようと思っています。 母の状態から入院治療は確定していますが、市内にいくつか病院があるのでどこを受診したらよいのか決めかねています。 電話やネットで情報を集めてみても一人で考えて決めようとすると混乱するばかりです。身内は私一人なのでどうしたらよいのか煮詰まってしまっています。 どんなに基準で病院を選んだらよいのでしょう? また、大切な母の事を優柔不断で精神的に弱い私が一人で決めることに恐怖すら感じています。 何を選択しても後悔しそうで、時間だけが無駄に過ぎている気がして焦りと不安で眠れなくなってしまいました。 脳梗塞でせんもうのある母に苛立つ自分や、母さんより先に死ねたら…とすら考えてしまう自分に嫌悪感しかありません。 早くしないと母さんが延命できるチャンスがなくなるかもしれないのに…。 自分が躁鬱状態で、自分を一番信用できません。 落ち着いて病院や方法を探したいです。 具体的な方法等、アドバイスお願いします。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

夫のがん

以前、超高齢の両親の世話の悩みでお世話になったものです。その節はありがとうございました。 夫は、8年くらい前にすい臓がんを患い、その後前立腺癌(これは低リスクなのでそのままにしてあります)、胆石摘出の際見つかった胆のうがん、そして今回、すい臓がんの再発か胆のうがんのリンパ腫の可能性があります。 夫は「よく食べ、よく眠り、良く運動する」人で、タバコもとうにやめたし、お酒は体質上飲めません。ほとんど疲れたとかどこか痛いとかもない人で、性格もおおらかで優しく、どうしてこういう人がこんなに癌になるのかと悲しいです。 今回、ある病院での検査結果が悪いのがわかったのが、私との旅行の前日でした。がんセンターでの検査の日が先でしたので、夫は旅行に行こうと言ってくれて行ってまいりました。私が以前から行きたがってた(夢の一つだった)カンボジアのアンコールワットです。 しかし、帰国後体調を崩し、予約日を待たずにがんセンターへ入院いたしました。 私は、旅行へ行って疲れたのが悪かったのだと思い、自分を責めて辛いです。 どうして癌になったのかと考えるのも意味がないと思いますし、一生懸命誠実に生きてきたつもりですが、この先どうやって生きていこうかとなかなか気力が湧きません。 今までは前向きにやってきましたが、私も年のせいか、うつ病を患ったあとのせいか、なかなか気力が湧かないのです。 しかし、娘が一生懸命助けてくれるので、なんとか頑張っていこうと思っています。友人たちも妹も励ましてくれています。とても人に恵まれていてありがたいです。 超高齢の両親の世話は、妹が時々来てくれて助かっています。 お坊様、どうか前を向いて頑張って歩いていけるように、どんなお言葉でも構いません、くださいますようお願い申し上げます。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

病気の夫との関係に悩んでいます

癌で6年間闘病生活を続けてきた夫が、離婚したいと言い出しました。 私のことが嫌いで同じ空間にいたくないそうです。 夫は私の他には身寄りもなく、病気で筋力が落ちて歩くのもやっとです。当然6年間働いていませんので収入もありません。 また、自分で排泄がコントロール出来なくなり、介護用おむつを使用しています。 時々おむつ替えの時に排泄物を床にこぼして踏んでしまったり、床に排泄物を塗り広げたりという奇行も見られるようになりました。 私の実家に同居していて高齢の母にも苦労をかけていますし、お恥ずかしい話ですが私1人の収入で病人を養い続けるのは難しいのです。 もう貯金も尽きて借金までしてしまい、精神的にも経済的にも限界です。 そのため、私としても離婚できるのならそうしたいのは山々なのですが、夫の面倒を見てくれる人がいないので離婚できずにいます。 福祉課では生活保護の対象になると言われましたが、1人暮らしができる状態ではありません。 「今すぐ出ていく、離婚する」と騒ぐ夫に「いくら本人の意思とは言え、身寄りもなく自活もできない人を放り出すことはできない」ということを噛んで含めるように繰り返し説明し、2時間かけてどうにか落ち着かせました。 こんなことは初めてではありません。 ひどいストレスで眠れず、息苦しくなったり気が遠くなったりしています。 どうしたら穏やかに暮らせるのでしょうか。

有り難し有り難し 11
回答数回答 1

病気の子供の治療について

現在、2歳を迎える子供が小児ガンで抗がん剤治療中です。私は母で、退職してその子の付き添いをしています。 治療を始めて今まで半年、治療は順調だと言われてきました。 治療のゴールも見えてきており、退院後の生活を楽しみにしていました。 ところが、先日、現在の治療では完治が厳しいことが発覚してしまいました。 今まで半年、これだけ息子に辛い思いをさせて、今後更に辛い治療をさせても完治かどうなるか分からないなんて、怖くて悲しくて仕方ありません。 また次の治療は地元では出来ないため、家族のサポートの少ない他県に行かなければ出来ません。 先日、息子の治療が上手く行っていないことが解ったとき、周りが私達を避けている気がして、それだけでも辛かったのに、他県に親子二人で行けるだろうか。 そもそも、まだ話も出来ない子供に更に辛い思いをさせるのか。 まだ2歳、健康に産んでやれれば楽しい世界しか知らないのに。私のせいだ。 しかし何とかしてこの子の未来は守ってやりたい。この子のいない世界なんて耐えられない。でも未来が約束出来ない。怖い。逃げ出したい。 私は30年余り楽しく生きてきた。 私が消えてこの子が生き残ることは出来ないのだろうか。 などと色々考えてしまい、中々立ち直れません。 現時点では、家族との話では、息子は他県で次の辛い治療をやってみよう、ということになっているので、いい加減気持ちを整理して前向きになりたいのですが‥ 逃げ出したい、という気持ち、働けない今後の生活への不安、 しかしこの子を絶対に守りたい、守らねばならぬというプレッシャー、 でも辛い思いをさせるねという自分を責める気持ち、全て収集がつきません。 どこから整理すればいいのか、教えてほしいです。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 15
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る