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死ぬのが怖いです

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自分は二十歳を迎えて以来、月日が経つのが早いと思うようになり死というものが怖いと感じるようになりました。
死ぬまでの痛みとか苦しみに対してではなく、死んだあとのことや、本当に大切な家族や友達と永遠に会えなくなると思うとすごく不安になります。
こんなこといくら考えても解決しないとは充分わかっているのですが死というものが怖くなくなる、不安にならなくなる方法や考え方はありますか?
よろしくお願いします。

2015年11月16日 3:13

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

それは無いのが普通ですが・・・。

 一休さんは死ぬ間際に「死にとうない。」と言って死んでいったそうです。どんな、高僧も死ぬのが怖いと思いますよ。僧侶だから、死ぬのが怖くないなどと言えません。そこは解っていただけませんか?
 死が怖いのを全提として、どうしたら、その恐怖心を無くせるか?否、一時的にも考えずに済むか?それは生をどう生きるかにかかってます。生を真剣に生きるべきです。死の恐れより、生を真剣に生きれないことを恐れよ。ここから先は自分で答えを出してください。
 また悩みがあったら、いつでも投稿してきてください。

2015年11月16日 22:01
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有り難し
おきもち

ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

死後は極楽浄土の菩薩に生まれ変わる

浄土宗では、誰でも、阿弥陀仏という仏様の救いを信じて「南無阿弥陀仏」などと阿弥陀仏の名前をとなえれば、阿弥陀仏が造った極楽浄土という世界に生まれ変わる(往生する)と言われています。
臨終の瞬間に阿弥陀仏が極楽浄土から迎えに来てくれる。念仏は極楽行きのチケットなのです。
もしこれが本当なら、いや、本当じゃなくてもこれを信じているなら、死ぬこと自体の恐怖はなくなります。
また、阿弥陀仏のお迎えは、臨終の瞬間の苦痛をなくしてくれるので、最後の最後には苦痛も消えるのです。

2015年11月16日 13:01
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 18
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

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