hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

仏教は

回答数回答 4
有り難し有り難し 51

仏教は、人が苦しむのはあれこれ考えるからで、解決策として何も考えなければ苦しみはないよという教えなのですか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

半分当たり半分はずれ?

悩み苦しみの原因は煩悩なので、煩悩がなくなれば悩み苦しみは完全になくなります。
煩悩に起因する余計な考えも悩み苦しみの原因なので、余計な妄想雑念を減らせば、悩み苦しみはかなり減ります。
また、妄想雑念をコントロールできれば、悩み苦しみはかなりコントロールできます。
しかし、妄想雑念をコントロールできても、煩悩が完全になくなっていなければ、苦しみはなくなりません。(苦しみの世界=生き物の世界を輪廻転生してしまう。)
さらに、煩悩が完全になくなっても、この世に生きている間は苦しみは皆無にはなりません。
お釈迦様は煩悩を消されたので、死後に再び輪廻転生はしません。
しかし、お釈迦様は亡くなるまで、腰痛や病気の肉体的苦痛がありました。
一方で、お釈迦様は余計な雑念がないから、腰痛や病気に悩むことなく淡々と寿命を全うされたのです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

法華経の考え

仏教といっても教えは千差万別。教えの目的ゴールすら違います。
----------
法華経でお釈迦様が説かれたことを申し上げるならば、
「今の時代の人々」という条件では、人々は苦しみに堪え忍び決して苦しみから逃げはならない。それが法華経の教えです。
----------
これを「罪障消滅(ざいしょうしょうめつ)」といいます。
----------
仏様は妙法蓮華経常不軽菩薩品第二十の中でご自身がどうやって仏になったのか成仏したのかを説いています。
『前世での罪を償ってその後に、こうやって仏となったのだ。
どのように罪を償ったかというと
人に笑われ、棒で襲われ、石を投げつけられ、ののしられ。それらをすべて堪え忍ぶ人生を歩んでから私は死んだのだ。
その結果として今私は仏と成った。
罪を償った後に成仏したのだ』
と仰せです。
----------
法華経の教えは苦しみを堪え忍ぶ生き方をしなさいという教えです。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れ...

考えるな、で考えなくなりますか?

別に考えたって、害のない考えだって沢山ありましょう。
もちろん人間は考えによって苦しみます。
厳密には「考え方」によって苦しむ。
考えた内容によって苦しむ。
沸き起こった考えに対して、何を考えるかによって苦しむ。
考え自体は悪いものではないのです。
第一時点において、考えというものは自然出でてきているだけです。
ただし、その直後の本人の扱い方次第で、考えによって苦しみが生まれるのです。
そこのところをよく見て、考えも上手に使えるようになってみてください。
悟りを得たければ、考え、思いが発生している根源をみつめ、考えや思いに自分の善し悪しが付着していないことを見抜いてください。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

考えないことはできないでしょう。

考えたり、思ったりする自分という存在は、いったいどんな存在で、思いや考えとは一体何なのかを突き止めることが、救いになります。
思ったり考えたりすることは、実際の生活の中では、毎日行われていることです。しかし、その思いは自分なのかと言うと、自分ではなく自然発生的に起きているだけの現象です。
考えについても、ただの考えであって、問題はないはずです。
事実と考え、思いの区別がしっかりできるようになると、楽に生きることができるでしょう。

{{count}}
有り難し
おきもち

おきもちが子供達の笑顔になりました


質問者からのお礼

回答ありがとうございます。

どうやら見当違いだったようですね。仏教には色々な教えがあって混乱します。

「仏教全般」問答一覧

成仏とは

母が突然死しました。 数日前までとても元気に食事をし、健康診断も主治医から太鼓判を頂いたと喜んで報告してくれたので、しばらく信じられない気持ちでした。 きっと母自身も突然この世を去り驚いているだろうし、無念だったのではないかと気がかりでした。 母の死後、四十九日を待たずに地元で有名な霊能者の方にいろいろ視て頂きました。 信じる信じないは別として、ポッカリ空いた心を穴を埋めて欲しくて伺いました。 先生からの第一声が、母の生き方が素晴らしいとの事でした。 確かに母は誰にでも平等で優しく、穏やかな人でした。 しかし苦労が絶えず、娘の私から見ても果たして幸せな人生だったのか、そして誰にも看取られる事なく逝ってしまった最後が悲しすぎて後悔ばかりしておりました。 しかし、母は四十九日を待たずに天界へ登っているとの事でした。 すでに成仏しているとの事です。 例えて言うなら普通の方が徒歩で一歩ずつ天界へ登る所を、母はエレベーターで上がっていったようだとの事です。 今は6年前に亡くなった父よりも少し高い場所にいるとの事でした。 仏教は詳しくありませんが、人は亡くなってから四十九日間をかけて世話になった方等に挨拶周りをしてあの世への旅立つと祖母から教えてもらいました。 霊能者を疑ってるわけではありません。 それがでたらめでも心が救われたのは事実です。 そのまま胸に止めて生きていこうと思いましたが、ふとお坊様ならどうおっしゃるのだろうと気になりましたので質問させて頂きたいのです。 生前の生き方と言うのは成仏の仕方にも影響があるのでしょうか? 悪事を行えば地獄、良い行いをすれば天国。 それは子供の頃から頭の片隅に何となくありましたが、天国への上がり方にも生き方は反映するのでしょうか? 心が清らかな母だからそうなれたのでしょうか? そんな事って本当にあり得る事なのでしょうか? 母は悲しい最後で旅立ちましたが、人間、死に方ではなく生き方が全てと言う霊能者の言葉を信じても良いのでしょうか? 否定されても信じて行くつもりですが、仏様にお仕えするお立場からのご意見をお願い致します。

有り難し有り難し 17
回答数回答 2

こんなことをしていても大丈夫でしょうか?

もともとお線香の香りを楽しみたくて仏壇用のお線香をよくたいていました。 最近、1週間に1回お花が届く「お花の定期便」というものを始めたのですが、 そのお花と、お線香と、元々家にあるLEDろうそくを並べてみたら…三具足!?と思いました。3つ並べた状態でLEDろうそくをつけてお線香をたいてみたらなんだか仏壇に向かっているような気持ちになりました。 お線香に火をつけた後は何故か自然に手を合わせたい気持ちになるので手を合わせますが、この時の私の気持ちは何か1つを思うわけではなく、祖母や無くなった友人のことを思い出したり、大好きな仏様のことを考えたり色々です。 私の格好もお風呂上りだったりけっこうラフな格好で夜にこうしている事が多いです。 そして「この三具足のようなもの」はパソコン机の上なので、定位置に置いているわけでもありません。何か作業を始めたら隅っこに追いやってしまいますし、お線香が燃え尽きたらお花を移動させてしまうこともあります。 でも、もうすぐお盆ですし今度はお供え用のお菓子も置いてみようかな?と思い、お菓子を買ってきてしまったりもしています。 いつまでこれをやってみたいと思うのか自分でもわかりませんが、 今みたいな事をしていても大丈夫なのでしょうか?疑問に思い質問させて頂きました、よろしくお願いします。

有り難し有り難し 13
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る