お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

なんで仏教を選んだの?

仏教以外の様々な思想が存在するこの世界で、お坊さん方々は何故、仏教を選んだのですか?「実家がたまたまお寺だったから」とか、「娑婆を捨てるつもりで仏門へ」などのきっかけがあったと推測しますが、今現在もお坊さんであり続け、仏教を信じ続ける理由って何でしょう(「坊さん=ただの職業」論の僧侶は除きます)。

例えば、哲学の普遍的テーマは「幸せとは何か」ですが、継がなければならない寺などない自由の身であれば、これが人生のテーマだという人は仏教じゃなくて哲学でもいいですよね。でも、仏教一本に決めちゃう人もいる。すると、個人としては哲学を学ぶことは出来るけれど、僧侶という立場上、仏教の教えに反することは表立って言えなくなったり、思考を限定されたりすることもあると思うのですが・・・実際はどうなんでしょう。

お坊さん
有り難し 107
回答 5

質問投稿日: 2018年4月12日 21:09

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

仏教は、心の世界の総合学問だからです。

とてもうれしい質問ですね。お坊さんとして生きる身として、そういった事を想ってくれるのは、とても励ましになります。ありがとうございます。

まず、なぜ仏教を選んだか。
それは、仏教は心の世界の総合学問だからです。
もちろん、哲学や他宗教の勉強もします。しかし、仏教ほど自分の内面と向き合い、問題に立ち向かい、かつそれを実行に移して他人までも救っちゃおう、なんていう教えは仏教以外にありません。
仏教は、神にも、他人にも、環境にも頼りません。
ただ『教え』と『教えを学ぶ自分』という燈明だけを頼りに、真っ暗闇の悩みの世界を突き進みます。仏にすがる、仏に救いを求めるというのも、それを人格と仮定する方便もありますが、基本的には『真理そのもの』が仏という山頂であり、その道のりを説いた釈尊の『教え』がその登山道のようなものなのです。

仏教は、哲学的な思惟もします。
キリスト教のように他人を救いもします。
科学者のようにものごとの真理も追究します。
そして、自分に向き合う瞑想も行います。

弘法大師空海は「仏法は遠くにあるのではない、心の中にあってとても近いものだ」とおっしゃいました。
自分の内面に、究極まで向き合うことで、科学的な実証を伴わなくても真理にいたることができる。そして、それをただ自分のものにするためでなく、他人を救うために用いてしまう。こえが仏教のいいところです。リアリストであり、慈悲深い。
世の中は苦しみに満ちているとか言いながら「世界は美しい」とか言っちゃう。ニヒリズムとは対極を行くのが仏教です。

そんな仏教に、心を射抜かれてしまったんです。
お経を唱えて葬式あげるのはお坊さんのつとめのごくごく一部。
自分と向き合って、どうすればみんな幸せになれるのか・・・
それをずーーーーっと考えているのが、お坊さんの生き方です。

6ヶ月前
回答僧

淨流寺

転落院

選ぶも何も…

国語、数学、理科、社会、英語、体育、音楽、技術家庭科、美術、、、
医学、心理学、文学、経済学、建築学、天文学、、、
社会学、文化人類学、工学、物理学、法学、、、
福祉、教育、商売、、、

まあ何でもいいんだけど。
とにかく仏教は『万学の基礎』だと私は確信する。

6ヶ月前

唯一、思想・思考ではない宗教であるからです。

世界に存在する宗教というものの大半は人間が創造・作成したストーリーによって成り立っているものがほとんどではないでしょうか。仏教の分野にもそういうものもあると思います。
それでないものを見極めれられるかどうか。
人が作ったものはどこまで言っても創作物です。
思想や思考によって展開された世界観というものは、どこまでいっても生きている人間が考えたものですから限界があるものです。
人間が作った条件付けに縛られてしまう。
誰かだけが得をする。自分たちだけが正しい。周りは邪悪。そのルールを犯すことがタブー。
そういう思想や主義に染まるようになる。
それでは全世界の人を等しく安らぎの心へはご案内ができないのではないでしょうか。
禅仏教には思考や主義がありません。
思想や主義というものは「考え」「人間がアタマで描いたもの」なのです。
それでは、その考えに賛同できない人や眉唾の人、理知的な人は救われません。
その思想で共に共感できる人たちの間では強力な結束力があると思います。
お釈迦さまは裸一貫で悟りを得られました。
現代僧侶たちのように仏教書片手になにかの勉強をしたわけでもありません。
何も持たず、何も為さず、何も掴まず。
仏教という思想(思想に準ずる思想もあるため)すら捨てて「真にただの人」になられました。
その究極の只の人が仏陀・覚者・大悟者です。
あらゆる苦しみから救われて、自己の想念からも自由になれる心。
これは誰にでも得られるのです。
誰にでも得られるからこそ価値があります。
誰が作ったものでもないからこそ、全世界の人を救い得る力を持つと思っております。
あの宗派の人は救えないとか、あの宗教の人は救えないという内容であると、それは思想・主義というものです。
仏教にも「仏教思想」というものがあります。
本来の仏教は「思想ではない」ものです。
本来の仏教が思想ではないということがお分かり頂けませんと仏教の本当の真意はつかめません。
思想の仏教は仏教学者たちによってまとめられたものです。
釈尊の原点の仏教や道元禅師の原点の仏教には主義や思想が存在しないのです。
道元禅師はそれゆえに「禅宗とも曹洞宗ともいわんでいい」とすら言っておられます。
通常であれば宗派根性や自分たちの宗派びいきの心があるものでしょうが、それすらありません。純粋な仏法とは人間の思想・主義が介在しないのです。

6ヶ月前
回答僧

宝隆寺

慈海

解脱するため

 なぜ仏教を学び,実践し続けるのか.それは,一切の衆生を輪廻から救い,解脱するためであります.
 ご質問にもありましたように,「幸せとはなにか」とは西洋であれ,東洋であれ,普遍的に論じられてきたテーマです.幸せを考えるとき,ほとんどの思想では「現世の私」を主語として考えます.自己と他者を区別せず,「幸福」という概念についての議論もあるかと思いますが,それでも基本的には「この世で,私がいかに幸福になるか」といった暗黙の前提があります.

 しかしながら,我々は輪廻の世界の中で,生まれては死に,生まれては死にを繰り返す存在です.たとえ,この世で幸せになったとしても,来世ではどうなるかわかりません.そして,この輪廻の世界にとどまる限り,必ず生老病死が待っており,思い通りにならないことがごまんとあり,苦しみを味わい続けます.
 その苦しみの世界から脱することを目的にするのが仏教です.仏教では,輪廻に縛り続ける根本的な原因を探し,それをいかに排除するかということが考えられます.そして,その思想に付随して,認識論や存在論,時間論などが語られます.
 したがって,幸せとは何かと考えた時,それは輪廻から解脱することだと考え,仏教の思想を学び,実践しているのです.

 また,「個人としては哲学を学ぶことは出来るけれど、僧侶という立場上、仏教の教えに反することは表立って言えなくなる」ということはありません.何か仏教で間違っているなと思うことがあれば,それは徹底的に議論をするべき事柄です.ただそれはサンスクリット語やチベット語,漢文ができて,仏教をかなり勉強しなければできないことですが..

6ヶ月前

ご縁

tuchigami様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

選んだというよりも、ご仏縁、ご縁ということになりますでしょうか。。

ちなみに「全ては縁起し空である」というのが仏教思想哲学において重要な見解となります。

釈尊の時代にも、六師外道と言われるような代表的な思想家たちがおりましたが、現代に至るまでのいかなる思想哲学であれども、釈尊のお説き示されました真理には、手前味噌なことではございますが、誠に圧倒されるところがございます。

仏教の思想哲学は、それを「信じる」というよりも、その真理を真に自らが修行を進めることで体得したい、という感じになりますかね。。

是非、その真理の一つの参考として、龍樹大師の「根本中論」から、ツォンカパ大師の「密意解明」に至るまでの中観思想、そして、仏教の示す世俗諦と勝義諦という二つの真理(二諦)について学ばれて頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

6ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

回答ありがとうございます。
それぞれのご意見に共通して「仏教を勉強するうちに、あらゆる学問や事柄に通じているものだと分かった。だから、選んだってことじゃない。信じる・信じないって話じゃない。だって、ただ事実を認めたってことなんだから」みたいなお気持ちをビシビシ感じました。
「ちげーよ!」って声が聞こえそうなくらいに・・・不勉強で申し訳ありません。

ただ、「皆に本当の幸せを」ってことを考えて、実践するってことは、当然、簡単には割り切れない大きな問題にも行き当たりますよね。人間であるかぎり、どんなに「こういう時はこう考える」と教えられても、平静な時は実践出来ていても最悪なことが起きた時に、果たして同じように考えられるのか、真価を問われるような状況に遭遇することもありますよね。

そこで、新しい質問を上げたいんですが・・・お坊さんの皆さんはすごく傷つく内容かもしれません。誹謗中傷的な内容では一切ありませんが、読んで辛くなる方はいるかもしれませんので、諸々の処理はお任せします。日を見て、そのうち上げると思います。

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