自分の視線に悩んでいます。
私は自分の視線に悩んでいます。
なぜか周りの人をチラチラと見てしまうようです。
そのせいで"チラチラ見てくる""気持ち悪い"と悪口を言われます。
視界に入った人が非常に気になってしまい
見たくなくても見てしまいます。
普通の日常生活を送るのも辛いです。
どうすれば自分の視線に悩まずに生きていけるでしょうか?
なにかアドバイスをいただきたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
人間に興味
芸術性が高いのかも知れません。
僕もそうです。360度気になってしかたがない。
全く見るなというのも無理だから
これからはチョット我慢して三回に一回くらいにしましょう。
和顔施をしましょう
となりのドーナツさん、はじめまして。
自分の視線が気になるのですね。ジロジロ見ているようで、イヤなのですね。
ただ見ているだけなら、気味悪がられるかもしれません。
そこで、視線とともに微笑みを送ってみませんか。仏教では和顔施といいます。
微笑みの布施をしてみたらどうでしょうか。
自分で気にして生きていくしかない
チラチラ見てしまう癖を自分で気付けて良かったですね。
知らないままよりは。
実際にそのように他人から言われているのだとしたら、自分でも気にしておく方がよいでしょう。
通りがかりの人を見てしまうのは、誰にでもある気がします。
では、あなたの見かたと、他の人の見かたに、何か違いがある可能性もあります。
自分で自分のしぐさを録画でもしてみたら、何かわかるかも。
同じ見るにしても、相手の顔を見ているか見ていないか、目線があいそうになったときに慌てて目をそらせたりしていないかなど、研究してみてもよいかもしれません。
また、チラ見したくなったときに頭の中で「目線」「見たい」などと言語化して、衝動的に見るのをセーブするのもある程度可能かもしれません。
また、相手と目があったら目線を逃げるようにそらせるより、いっそしっかり目を合わせてニッコリするほうが悪い印象がないかも。(知人でそういう女性がいますが悪い印象はありません。)
いずれにせよ、それが自分の個性であるなら、自分で自分の個性を気にして生きていけばよいではありませんか。
見たっていいじゃん
それはすべて、あなたの問題ではなく、見られた方が問題にしている事、あなたは何にも悪くない。廊下を歩いていて襖やドアが10センチ開いていたら何も考えず見るでしょ。その奥に人がいようといまいと関係ない。見られた方がどう思おうが、あなたは、気になったから無意識に見ただけ、そんな事を気にしていたら生活できません。
もし何か言われたら、あなたがあまりにも美しいから、とかあなたがあまりにもイケメン過ぎて、とか言ってあげたらそれでオーケーです。
質問者からのお礼
回答ありがとうございます。
芸術性が高いという考え方、参考にしたいと思います。
自分では見てるつもりはなくても
無意識に見てしまうので
我慢するのはなかなかむずかしいと思いますが、
人を見てしまうのは普通の事と受け止めたいと思います。