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仏教の「東南西北」について質問させて頂きます

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ご質問させていただきます。
仏説阿弥陀経の中盤に「東方亦有〜」、「南方世界〜」、「西方世界〜」、「北方世界〜」とありました。
順番として「東南西北」となり日本の「東西南北」とは異なります。
なぜこの「東南西北」順番になるのでしょうか?お釈迦様のお話で「四門出遊」でも東の門、南の門、西の門、北の門と順番に出家される前のお釈迦様がお出かけされています。
この「東南西北」の順番に仏教的な意味はあるのでしょうか?
ご教授頂ければ幸いです。

 自分なりに考えてみたのですが、中国が「東南西北」の順番で数えていて、そこに仏教が伝わったのでこの順番になった(麻雀でも東南西北の順番でローテーションするので、中国はこの数え方が主流なのかと)。
「東西南北」の数え方は日本的なもので、神道と関係がある。お彼岸はもともと神道の行事であったとききます。おそらく稲作をする上で太陽の動きは大切なものであったので、太陽がのぼる東を一番に数え、太陽が沈む西を二番に数えるという対角線上に数えたのかと思いました。

もしご存知の方、何かお考えがおありの方がいらっしゃいましたら、ご教授くださいませ。よろしくお願いします。

2018年6月5日 21:33

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

爆発四散しました

う〜ん、順番ですか。考えたことがありませんでした。理由は存じませんが、ちょっと考えてみます…と、須弥山を中心とした世界観やら陰陽五行説やら連想ゲーム的に字数制限いっぱい書いてみたのですが、最後にちょっと調べて全部吹っ飛びました(泣)

大正新修大蔵経という物凄い量の漢訳経典のテキストデータベースで検索してみたのです。すると「東南西北」が131hitで「東西南北」が484hitでした。これだけ差があると有意に「東南西北」の方が少数派で、「東西南北」がグローバルスタンダードと言って差し支えないでしょう。いわゆる原始経典もむしろ「東西南北」に多いか同じ割合かくらいです。

つまり「神道由来」、「日本的」は間違いで、少なくとも中国までは「東西南北」派が多数派、おそらくインドも「東西南北」派が多数派です。
時代によって流行はあるかもしれません。

紙と筆が出来るよりももっと昔、彫刻刀のようなもので削ることを考えると東→西、南→北になるかなと思います。
東南西北は太陽が昇る東を1として、順当に数えるとこうなりますね。

ちなみに私は「彼岸は神道由来」には懐疑的です。
「お盆は儒教or道教由来」が大嘘で、文献的にも上座部等の実態的にも当たり前に仏教行事として行われていたことが近年判明したからです。ぶっちゃけ歴史学にせよ仏教学にせよ、古い世代の学者さんの通説はメチャクチャです。

追記
浄土思想に限れば、我々の住む南の世界から西の極楽浄土への転生し、そこで悟って須弥山の上の方へ…という連続性を意識して東南西北ということもある『かも』しれませんね。

2018年6月6日 0:00
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曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

四天王に由来

しているのではないかと思います。

四天王は仏の四方を守護する存在です。
大阪の四天王寺は有名ですね。
日蓮宗のお寺なんかではよく祀っていますよ(^^)

順番としましては
①東担当の持国天
②南担当の増長天
③西担当の広目天
④北担当の多聞天(毘沙門天)

持国より時計回りで「じ・ぞう・こう・た」(地蔵買うた)で覚えろ…
と先輩僧に教わりました。

2018年6月5日 23:23
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仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

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初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

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お世話になっております。 柴田秋です。 私は10年ほど前に自殺に失敗しました。 複数回の失敗の上、死ぬのは少なくとも生きることと同じくらいには面倒で疲れることだと感じたため、久しく実行には移していません。 それから、どう生きるのかと同じように、死について考えるようになりました。 死後の世界とかではなく、死ぬことで私の周囲に与える影響についてという意味です。 迷惑云々や、コストや、私の心とは関係なく死後に振り分けが行われるのであろうなということなどです。 こちらの質問の回答に対して、疑問が浮かび上がりました。 https://hasunoha.jp/questions/38774 余談ですが、今は少なくとも怒りは自覚していません。 「仏教は死んだらどうなるの教えではなく、生きているからどうするの教えです」 とあります。 多分、きっと心構えのことをおっしゃっているのだと思いますが、疑問が沸き起こってきます。 背景は語りましたが、それはあくまで単なる動機です。 私のことは私で考えるとして、他者のことは私には分かりません。 よろしければ、質問に応えていただきたいです。 仏教の最終的な目標は、悟り、無限に続く輪廻から脱し、六道のひとつである天道に行くことではないのですか? 仏は天道に在すもののことですよね? つまり、死後のことこそが目標なのではないですか? あくまで、そこに至るための過程として、どう生きるかが重要なのだと思っているのだと思いました。 つまり、生き方は手段で目的は死後の行き先であると。 なんとなく、キリスト教やイスラム教、パスタファリアニズムの天国を目指すのとは異なるのだとは思ってはおりましたが、疑問が起こりました。 仏教は天道を目指し、輪廻から脱すること、つまり解脱が目標ではないのですか? 絶対の正解を求めているわけではありませんので、ご自身の考えで構いません。 ※私の拠り所とする科学(科学的方法)にも絶対の正解はありません。  あれらは、今のところ否定されていないというだけです。 当然、ご回答なされた方以外の方には、天道へ行くことを目標とされている方もいるかも知れません。 それぞれのご回答を伺いたいです。 よろしくおねがいします。

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