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死ぬことについて

回答数回答 2
有り難し有り難し 17

私は死ぬのが怖い、家族の死が怖いと、毎日一日中怯えているのですが、最近、死も老病と同じく人のある状態であるから、特別視しなくてもいい自然なことかなと思うようになりました。人間のある姿という点においては、死も老や病と変わらないと思うのです。ですがそう考えると、毎日のテレビなどのニュースで報道される、事故死、早死になどの死亡のニュースはセンセーショナルで、とても人間の自然な死に方とは考えられないのです。死に方に優劣はないと思いますが、そのような特殊な死に方について、どう考えたらよろしいでしょうか?自分なりに考えた死ぬことは自然という、論理に反しています。どうぞよろしくお願いします。

2018年8月1日 16:26

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

心のありようを問題とする

ユキコ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「死」というものは、皆に平等に訪れる事象ながら、その「死」に対して、意味や理由や価値付けを行ってしまって、差別しているのが私たちのありようとなります。

そして、それらの意味、理由、価値も、「これで正しい」、「これで決定」として言えるような実体としてあるわけではなく、色々な死への因縁(原因と条件)次第に依るところであり、また、それも、それぞれの人が「死」を捉えるそれぞれの心の因縁次第でも異なってくるものとなるのであります。

とにかく仏教においては、「死」を問題とするのではなく、死後にも続いていく「心」のありようを問題とするのであります。

より善き赴きへと向けて、業(カルマ)を清らかに調えていくために、仏教をしっかりと修して参りたいものであります。

川口英俊 合掌

2018年8月1日 21:36
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

生きること

拝読させて頂きました。
あなたも私達も生きているのですから自分の死も身近な方々の死も怖いものです。
それは生き物である限り宿命かと思いますし、死を目の当たりにしたならば必然的に怖いと畏敬の念を抱くのも当然かと思います。

極論を申し上げますと生きている限りにおいて連続的に死を超越することは大変難しいことかと思います。
悟りを得て真理を知り仏となって初めてその死を超越し達観できるかもしれません。

地震が起きるすぐ前に生き物たちが瞬間にそのことを察知して必死で逃げようとします。恐れおののき避難しようとします。
それでも自然の猛威にさらされると只々震えおののく事しかできないのが実情かと思います。
先日福島県相馬市の震災慰霊館に行き、津波が町を襲い掛かる映像を見ました。
今でもその光景を見て津波の振動の音を聞くと自然に体が震えだして震えが止まらなくなり、幾多の建物や車や人々や動物が飲み込まれていく様を見ると頭が強烈に押し付けられるような脅迫観念に襲われます。その次の瞬間には涙がとめどなく流れてきます。
耳を塞ぎ目を閉じてしまいたくなります。
そして只々手を合わせて祈りをささげることだけになります。

震災での死が特殊であるのではありません。事故による死が特殊であるのではありません。
難病による死が特殊なのでもありあません。幼くして亡くなることも特殊なのではありません。

死は私全てのものに平等にあるもですし、その生命そのものでもあります。
そして死に対して只々手を合わせて祈りをささげるものでもあります。
死を目の前に私達は様々に学んでいくのかと思います。
何度も何度も死に問いかけそして生きることを問い直していくことが私達の人生そのものかと思います。

あなたがこれからも死にお向き合いになりながらその有り様を見つめ、そして己の人生や生き方に真摯に向き合い、日々の生活を大切に皆さんと共に共有なさり豊かに生きていかれます様心からお祈りさせて頂きます。

2018年8月2日 16:06
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして9年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

質問者からのお礼

川口さま。死ぬことより、死後も続く心のありようが、仏教では重視されるというお言葉に、心をどのように持っていれば、より良く生きられるのか関心

を持ちました。アズマさま。死は私たち全てに平等であるというお言葉に、胸を打たれました。特殊な死と特別視しないで、心から供養したいと思います。また、震災のお話も改めて聞き、被災者の方々に心を寄せようと思いました。お二人とも、私の拙い問いに真剣に向き合って下さりありがとうございました。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死を具体的に感じて怖くなりました

40を迎えて人生折り返しを過ぎ、死を具体的に感じるようになって怖くてたまらなくなってしまいました。 全てのものはいつか滅びてしまう、今のこの世界が有限でいつか終わってしまう寂しさ、悲しさ、恐怖 この前まで楽しみと喜びばかりだった我が子の遊んだり笑ったりする姿も辛く悲しく思ってしまいます。 日々の食事も自分の口にしているものが生き物の命をいただいているという事を実感してしまい恐ろしくて悲しくてたまりません。 これから終わりまでに満足な人生であったと自分自身が思えるように生きたいと思うものの自分が何をしたいのか、何をすべきなのかもわからず、全てが無意味に感じてつらいです。 娯楽も生活も仕事も何もかもが、今こんなことをして時間を浪費している場合ではないのでは、という焦りでいっぱいになってしまい手につきません。 パニックのようになってしまい、睡眠障害、摂食障害、不安と恐怖に苛まれて身体が動かないなど心身に影響が出てしまい、先日から精神科に行き始めました。 こうしている間にも全ては死に向かっているのにどうすれば穏やかに生活して人生の終わりに向かって生きていけるのかわかりません。 長くなりましたがお返事は急ぎません。 何卒ご助言などいただけましたら幸いです。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 29
回答数回答 1

怖いもの

私は父母両家の祖父母も健在で親戚なども元気に暮らしています。 今まで身内が亡くなったことがなく その実際のつらさがわかりませんが 幼少期の思い出を振り返ったり もしものことを考えると涙が止まらず 想像以上の辛さがのしかかります。 私の父方の祖父母は小さい時から同居をしていて 特に祖父はとても元気で90近いのに今まで大病もなく 現在も身体の数値は異常なく至って健康体です。 そんな祖父ですが、ここ1週間で 1人で起き上がることが出来ないほど老衰してしまいました。 祖父がとても心配で近くで見守るのですが、 どうしても後先のことを考えてしまい 1人になると勝手に涙してしまいます。 祖父だけではなく家族みんなも 私の命には代えられないほど、かけがえのない大切な人たちで 誰一人として失ってしまうのがとても怖いです。 これから祖父だけでなく 皆順に離れていってしまうことは 充分わかっています。 ですが、そのつらさに耐えられる自信がありません。 正直誰かをなくしたら到底明るくなれる自信がこれっぽっちもありません。 これから来る別れの連鎖に立ち向かう自信がありません。 周りの方々はどう乗り越えているのでしょうか。 どうして乗り越えられるのでしょうか。 私はこれからどうなればいいのでしょうか。

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

親が死ぬのが怖いです。

私は今大学4年生です。親や祖母がいつか死んでしまうという事実が恐ろしく、不安で仕方ありません。ずっと思っていたことなのですが、今日両親と会って余計にその思いが強く、辛くなって相談致しました。 親は高齢出産だったもので、平均まで生きたとしてもあと20数年です。しかし、母は大病をしていて、1年や2年で死んでしまうというわけではないのですが、そう長くも生きられない可能性が高いそうです。父も生活習慣の面から長生きは難しいだろう、という感じです。 私は両親が大好きで、心の支えであり、いなくなってしまうことを考えると涙が止まりません。祖母に関しても同じで、恐らく両親よりも早く死んでしまうのだと思うと悲しくて仕方がありません。最近は、「私を置いていかないで。一緒に連れて行って」とまで思ってしまったり、いずれ来る別れが辛く、もういっそ自殺してしまおうかとも考えるのですが、その考えが最も親不孝なのは分かってはいるのです。 大学4年生つまり22才で、良い大人になって何を言っているんだ、弱い奴だ。と思われるかもしれません。しかし恐ろしいものは恐ろしくて堪らないのです。どのように考えていけば良いのでしょうか。

有り難し有り難し 40
回答数回答 3

死後の罰が怖い、吐き気が止まらない

すみません。もう想像が全然消えなくて相談させて下さい。 最近、昔した悪いことを沢山思い出しました。小学校の時に借りた本を返せなかったこと、露店でメロンをお店の人が間違えて二個も渡したのに黙っていたこと、観光地で恐らく100円を拾って自分のにしたこと、中学生か高校生頃恐らく7年ほど前、近所で1万円を拾ったのに自分のものにしたこと、試食を多めにとったこと…多分これからまだまだ出てきます。全部謝れなきゃ死後に罰が下るんじゃないかって怖いんです。 もちろん、これは私の1つの想像です。誰から聞いた訳でも皆さんがそんなこと言っている訳でもないことは理解してます。でも、死後のことは誰にもわからないのでもし、もしあればって怖いんです。今、謝る努力をしなくてとても後悔したらどうしようって。凄い罰でずっと苦しんだらって。 家族には死後のことはわからないんだから考えても仕方ない。それなら皆罰を受けることになるよって言われました。でもわからないからこの想像があってるかもって思ってしまって、皆が罰を受けるのも嫌で怖いんです。 皆だったら怖くないかもしれないって自分を慰めたりしたんですが、いや個室かもしれないずっと1人かもって怖くなります。 友達の連絡先は必死に探してます。でも中学校が違うこともありなかなか見つけられません。露店も同じお祭りにいったり、イベントを実施した場所に連絡して探すべきではと思ったりします。何年も前なので確かな情報はありませんが。試食は手紙を出そうと思ってます。拾ったお金は今からでも郵送したり近所の交番に行ったりして返しにいくべきかと思っています。 上記の行動は多分普通の人よりオーバーな行動だってわかってます。でも死後の罰が怖いんです。すごく痛くて謝れなくて後悔したらって。 反省は何度も何度もしてます。もうしないって誓いたいんですが、もし忘れたらって思う自分もいて誓えてないです。 家族は全然死後の罰なんて心配してなくて、自分もしたことあるよと明るく言ってきます。でも、私はそんなあったらあった時なんてなかなか思えなくて。吐き気が止まらないです。ずっと吐き気がします。心配で吐き気が止まりません。 全部謝って回るべきですか。皆さんも謝れなかったことありますか。死後の罰が心配になりませんか。怖いのと吐き気でおかしくなりそうです。自分が大罪人に思えてきました。罰が怖いです。助けて。

有り難し有り難し 26
回答数回答 3

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