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死んじゃいたい。

ミニ女性/20代
回答数回答 2
有り難し有り難し 1653

私ほど愚かな人はいないと思います。
最低です。なにが最低かというと
自分を裏切り続けたからです。

自分を偽ることを頑張り続けて
やっと限界がきました。
しかし、
もう一度やり直す力が全く湧いてきません。
一年以上経つのに。。。

もう死んだほうが早いと毎日思います。もちろん、病院だっていきましたが、
もうめんどくさいです。
だってもう私は生きてたくないから。
消えちゃいたいです。
でも、死ねないです。
もうどんなに頑張っても無駄だと思います。。
ああしたらいい。こうしたらいい。
ということはなんとなくわかっています。
でも。私は死にたいです。
10年前からずっとおもってました。
津波のとき、申し訳ないけど、
津波の中に紛れたかった。
そうやってカウンセリングの先生に、いったら
とても怒られた。私はそう思ってるのに。
そんなに怒るならころしてほしい。

ミニ女性/20代
質問数:
1
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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死なないでください

昔、私も死のうかと思ったですよ。
でも、死ねなかったです。
酒を浴びるほど飲みましたよ。
ウイスキーボトルを二日で3本空けましたよ。血の混じったものを戻した時、この私が死にたいと思っていたのに、体の方はガタガタふるえてましてね。私は、死にたがっていたけど、この命の方が死にたがっていないことに気づけました。
菩提心という奮起心はそこではじめて生まれました。
「ああ、助かりてぇ、救われてぇ。」と思ったのです。
そこからでした、仏教はスイスイ入ってくるのです。乾いたスポンジのように。
一回死ぬほど悩んで落ちるところまで落ちきると、とっておこうとするものすらなくなってしまう。
本当にカラッポになるから何でも吸収する。
今まで仏教を学問か何かだと思って勉強していた自分がいた。
ところが、自分をどんどん救ってくれる薬になった。
学ぶのが面白くてしょうがなくなった。
まず、何があったのかを良かったら教えてください。
自分の中で何も偽っていることがないならば話してみてください。
今から、自分の中で、自分の意志とは無関係にうごめいているものを感じてみてください。
たとえば、呼吸。心拍音。
これはあなたがやっている訳ではないのですよね。
そこに静かに耳を傾けていてください。
あなたが居なくなります。
あなたの意識だけが滅私されます。
その時、自分をよく見ていてください。
自分をイジメる思いって、どこから出てきてるんでしょうかね。
この自分の中から勝手にどんどん出てきている。
実は、それも自分が作りだしている訳ではないのです。
それをちょっとの間、いつもは構ってきてしまっていたけど、手放しておけるようになってみてください。
あなたの中で、「死にたい」と思う「わたし」、誰かを嫌う、自分を嫌う「わたし」それを観察する「わたし」が無くなります。
そうすると死んだも同然です。凄い体験になると思います。どうせ死ぬならば、一度、生きながらその「わたし」と思っている、思いを死滅させてください。
出てくるものを放っておけるようになって下さい。どんな嫌なことが思えても、こいつが勝手に作りだしているだけだと思って、放っておいて下さい。
するとあなたは必ず、生まれ変わります。
生きながら、私が無くなって素直な、自分が誰だとか思う前のあなたに還って来れるのです。
いつでもどうぞ、08020659278

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有り難し
おきもち

お悩み相談  0429415940
毎週日曜午後三時から坐禅法話会 費用:任意にて500円~の志納 お悩み相談 0429415940(無料)お気持ちで浄財志納歓迎 月火水木金土日 8:00~21:00

死ぬことが悪い理由

どうしてみんな死ぬなと軽々しく言えるのでしょう。
あなたの人生に責任が持てるのか。
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僕はあなたの人生を背負うつもりはありません。生きる気力のないあなたにとって『死ぬな』は茶番でしょ。
あなたが死んでも僕は悲しくない。僕が死んでもあなたの心は動かない。
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いくら美辞麗句を並べたって
あなたの死んだ心には響かない。
心が死んでるあなたは、生きる屍(しかばね)なんです。
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もう死んでるものがこれ以上死ぬことは出来ない。
死にたいなら人生に感動しないとダメだ。
感動を探して積み重ねることです。

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

質問者からのお礼

本気で死にたい。
誰かに殺して欲しい。

でも死んだりはしません。

ありがとうございました。

丹下様のおかげで目が覚めました。
私はまだまだぬるいですね。
本当に必死の時って死ねないのですね。中途半端だから思考が入ってくるんですね

ありがとうございました

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