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過去のことを引きずっています。

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有り難し有り難し 7

前置きが長くなります。
高校2年時に、担任に言われたことがしこりとして残っています。
かつて通っていた高校に昔から続く、歌の歌唱練習がありました。
それは新入生に対して上級生が威圧的に、かつ乱暴に校歌などを教えていくものでした。
名目は「理不尽への耐性をつける。また学校の歌を覚えさせる」というものでしたが、実際に指導する生徒に聞くと、かつて自分たちへやられた鬱憤の発散とストレス解消が主な目的になっているようでした。
過激化しないように教師の方々も指導していたのですが、それでもやはり暴力的な教え方をする生徒が出ます。
一方で「過去にはもっとこんな過激なことをしていた」などと言って過激化をもてはやす教師もいました。
伝統の形骸化ではなく、この行事が教師をも含めた集団的ないじめに見えることを私は問題視し、なんとか変えられないかと画策しました。
しかし、私の勘違いや手続きの失敗で担任の教師に呼ばれ「長いものに巻かれろ。守破離の精神を覚えるといい」と指導されました。その時の言葉がどうしても解決できないのです。
私は一度、自分からいじめに見えるものに加担すべきだったのでしょうか。
また、万事、参加しなければ発言する資格も得られないものなのでしょうか。

前置きが長い上に、客観的になっていないかもしれない拙い文章で申し訳ありません。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

間違った教育の一つ

教師や大人たちの自己満足の一つかもしれませんね。いまでも、言うことを聞かない子は殴って脅して言うことをきかせる。といった教育方針をもった大人たちは多くいます。

現在の教育現場では、暴力で教えることは指導力不足とされます。それは教育ではない。脅されて怒られたくないからやるというだけ。根本的な解決にはならないことが多いのです。
日本には、そうした苦しみを乗り越えた先にある物をつかみ取る美学のようなものが根強く残っています。

私から言わせると、脅してみんなよくなるなら、こんな楽な教育はないと思います。宗教なんか要りません。みんな幸せハッピーハッピーです。

その校歌の指導が教育的にどういった意味があり、その先に何があるのか分かりませんが、あなたがそれに加わらなくても立派な大人になることができれば、その行事に意味がないということが証明されるのではないでしょうか。

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禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺住職。小学校教師。 悩みを吐き出す事で、ちょっと楽になれます。悩みの根本に気づき、明るく爽やかに生きていきたいですよね。 私自身、禅との出会いにより救われた一人です。皆様に少しでもお伝え出来たらと思います。 人は自分の都合を立てて物事に向き合うところがあります。私の回答も期待していたものと違うことがあるかもしれません。その時に素直に聞けるか、回答の内容を否定的に聞くかで救われるかどうかが変わります。疑問は出てくると思います。その時はご相談ください。
ご相談時間は不定期なので、いくつかご都合を教えてください。 ◆小学校教員もしています。子供、家族、ご自身のことお話をお聞きします。 ◆禅のおかげで私も救われました。禅の教えを基に「思い通りにしたい」という自分の都合や価値観から生まれた思い込みをほぐしていくお手伝いをします。 ◆仏教は人生を豊かにしてくれることを感じてくだされば嬉しく思います。

質問者からのお礼

回答、ありがとうございました。
自分が立派になることが見返すこと(というとちょっと違う感じもしますが)とは思いながらも、問いかけたい衝動が常々ありましたが、これを機に前を向いていけそうです。
また何か迷うことがあれば、お願いするかもしれません。その時はまたご指導お願いします。

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