お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

過去の浮気の罪悪感と向き合いながら生きていく心構え

妻子がありながら,相談がある,家に来て欲しい,お願いだから,死んじゃうよ等と言われると,のこのこと女性宅に行き,何もしないから泊まっていってと言われてそのまま泊まり,女性が上から覆い被さってきたら興奮し,そのまま不貞行為に及んでしまい,その直後から「なんでこんなことをしてしまったんだ」という後悔に襲われるという全く同じ過ちを15年以上前に2度もおかしています。「相手の方からあんなことをされたら男は本能的にみんな同じようになるのでは」と,責任を相手に求めたり,逆に悪いのは全部自分。どんなにつらくてもこの罪悪感は自分が一生背負って行くべきと決めたりしながら,10年が経ちましたが,5年前からそれまで以上にとても苦しいのです。黙っていることの罪悪感,本当の自分を知られたらと言う不安,何より妻に対して申し訳ないという気持ちから,早く死期が訪れさえすれば誰も傷つけずに解決する・・・と思っています。寝ても覚めてもこのことが頭から離れません。言い訳がましいのですが,そのようなつもりがなかったのに,身体的接触をされると結局そうなってしまう自分というのが信じられず,受け入れられず,悪いのは自分ばかりではないのだ,ということでなんとか心をコントロールして生きてきたように思います。しかし,この数年は悪いのは全部自分だ,それこそが責任を果たすと言うことだと思うようになってきました。そして過去の自分が気持ち悪く感じられます。「罪悪感を手放す」ということを言われたこともありましたが,手放すことに罪悪感を感じます。でもきっと本音ではこの重い罪悪感から解放されたらどんなに明るく昔のように生きられるのだろうと期待しているようにも思っています。
 目の前に何も知らない家族がいます。なんとしても家族の笑顔は守っていきたいと思っています。しかし,こんな自分が家族でいて良いのだろうか??許されない!!と自分で自分に思います。
自業自得です。わかってはいるのですが,心の中が定まらない,腑に落ちないとでも言うのでしょうか,不安がおさまらないのです。
頭の中で自分はいったい何を考え,どう生きることが誠実なことなのか,誰にも言えないので堂々巡りで混乱しています。どうか,残りの人生,人として,夫として,父親として,どのように生きていくことができるのか,ご指導・ご助言いただければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。

後悔・自己嫌悪
有り難し 37
回答 2

質問投稿日: 2019年1月15日 21:07

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

あなたが今苦しんでいるのは、あなたが家族のことを大切に思っている証です。
大切な事は過去の過ちではなく、今そしてこれからの行いです。奥さんに過去の過ちを告白する必要はありません。
ただ、もしかしたらいつか浮気相手が奥さんに言うかもしれません。しかし、それは仕方のないことですから、その時は心から誠心誠意謝るしかありません。
その日が来るまで(来ないかもしれません)、ご家族のことを大切にしましょう。ご家族が幸せを感じられることをしましょう。
その積み重ねが家族の絆を強くして、万が一の時もその絆は簡単には切れないと思いますよ。

2ヶ月前

贖罪を受け入れて未来に正しく生きること。(追記)

ばーごんさん、こんにちは。

 過去の不倫で苦しんでいるのですね。してしまったことは消えることはありません。でもそれを反省材料にして未来に家族のため、妻のためにまじめに生きることはできます。それが罪への償いです。妻に話すことは償いではなく、自分の苦しみから逃げるための詭弁です。夫婦だからすべて話すことではないのです。

 過ちを起こさない人は100%いません。私は生き物を殺していないといっても、靴で蟻を踏んで殺しているかも知れません。私たちは殺生なくしては生きられないのです。性欲もそうです。女性から迫られたら過ちを起こす男性は多いと思います。だから賢い男性はそのような雰囲気になる所は避けます。お坊さんも修行の妨げになるので女性のいない山に籠る修行があるのです。

 もし少しでも妻に悪いと思うなら、もっともっと妻を愛して大切にすればいいのです。それが大切な行動です。そして仏さまにだけ懺悔告白して墓まで持って行くことでいいのです。

妻を家族を愛する大切な夫になってくださいね。応援しています。合掌

※追記
ばーごんさん、こんにちは。

 変わることのできない過去に拘ることも煩悩・欲望であり、あなたが反省しようとしている浮気心と同じものです。過去を鏡にして努力することは大切ですが、無駄に拘ることは正しい反省ではありません。過ちを反省したいと思いながら過ちを犯しているのです。人は過ちを犯さない人はいません。そして過去に戻ることはできません。自分の過去に過ちがあると知ったなら、それを反省材料にして未来に正しいことを積み上げていくしかないのです。マイナス10の人生を送った人は、がんばってプラス20の生き方をすることによって、やっと普通の人のプラス10に到達します。そうやって自分の人生をプラスの生き方にしてマイナスを消していくしかありません。自分で苦しいのはまだまだマイナスポイントが大きいのだと思って妻に家族に尽くしてください。尽くしすぎるということはないのですから。

 さて、自分のマイナスが許せない人は、人の過ちも許せなくなります。もし罪を冒した人が刑務所に入って罪を償ってまじめに生きていても、「あの人は犯罪者だ!」と人を批判するのと同じです。自分の生き方も他人の生き方と同様客観的に見ていくことが大切です。合掌

 

2ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

三宅様,染川様,すぐに回答頂き,誠にありがとうございます。これからの生き方について,道を示して頂いたことで生きる以上は反省と尽くす,ということでとても納得できました。ただ,この納得の後に見えてきたのは,自分は将来のことよりも,過去のことが気になってしかたがないのだと言うことです。何年経とうが,忘れることも消えることもないのがわかれば分かるほど,自分で自分が許せないのです。なんてことをしたんだ,それも同じように2度も。そんな自分は笑ってはいけない,生きててはいけない,と思いながら生きているのが苦しい・・と結局自分のことしか考えていないのかも知れないと思った次第です。この気持ちとはどのように向き合うことが誠実なのでしょうか。お礼すべきところで再度のご相談になってしまい申し訳ありません。

染川様
お礼が遅れてしましました。追加のご回答ありがうございます。生きていくこと自体,許されるのか?という疑問は消えないのですが,今こうして生きている以上,正しいことを積み上げていくしかない,というお言葉を胸に刻んで生きていきたいと思います。ありがとうございました。

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