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いつ自分が死ぬか不安

回答数回答 3
有り難し有り難し 38

最近、身内の死や友人の死に遭遇して、毎日死への恐怖に怯えています。また、家族がなくなったらどうしようや、考えすぎの毎日を送っています。
前向きになれるよう、アドバイスをお願いします。

2019年1月28日 19:06

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私も不安です。

その不安は誰もが抱いていますが
今はまだ我が事じゃないと
考えないように見ないようにしています。

そして
身近な方と死別すると
その想いが途端に膨れ上がり
我が事となって怖くなります。

でも今回は
そういうご縁を頂いたんだと開き直り
思い切って終活するのも案かもしれません。

私も自分の死は怖いですが
毎年遺言を書くなど終活をすることで
我が死を受け入れざるを得ないと開き直れました。

いつ来るか分からない我が死を
一度しっかり考えることは
逆に怖くなくなるもんですよ。

2019年1月28日 21:29
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有り難し
おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

良いご修行をされていますね。

お世話になります。
1.最近、身内の死や友人の死に遭遇して、毎日死への恐怖に怯えています。
2.また、家族がなくなったらどうしようや、
 2.1.考えすぎの毎日を送っています。
3.前向きになれるよう、アドバイスをお願いします。

まず、質問の内容を精査しますと
1.身近な方の死に接して、恐怖・不安を抱くようになった。
2.ご自身だけでなく、親しい周りの方々の死に対しても恐怖を感じるようになった。
 2.1.ご自身はこのことを「考えすぎだ」と感じていらっしゃる。(内容が違うのでわけました。)
3.前向きになりたいと考えていらっしゃる。

と言うように私は受け取ったと言う前提で所感をお話させていただきます。

死に対しての恐怖・不安というのは、仏教の出発点であるように思います。
つまり、キティまま様は、「お釈迦様と同じ尊い不安」をお持ちになったんだと思います。ですので、その不安や恐怖は決して考え過ぎではないと私は思います。

どうぞ、その不安と恐怖を味わってみてはいかがでしょうか?
不安は消えないかもしれない、恐怖はなくなならないかもしれない。
でも、その不安のために何かをしなくてはと考えるようになるかもしれません。
同じ恐怖にある方に、優しくできるようになるかもしれません。

これが、3.の「前向きな」状態なのだろうと思います。

お釈迦様に関して言えば、四門出遊のお話をすることもできますが、ここでそれをしておりますと確実に字数制限に掛かりますので、機会がございましたら四門出遊でググってみてください。

今まで多くの方を送ってまいりましたが、仏様はいくつで亡くなったとしても、少なくとも1つ大事なことを教えてくださいます。それは「人が亡くなる。」ということだと私は考えています。

恐怖も不安もキティまま様の人生を描くにあたって、無くてはならない絵の具なんだと思います。先に逝かれた方から、これからを生きていく上で大事なことを考えるのに必要な「不安」と「恐怖」を頂いた。頂いた考える機会とそのご縁を大事に、悩みながら生活をされている、これは立派な修行だと思います。(そして、実はその生活をされている姿そのものが悟りなのでしょうけれど)

良い修行をされていますね。
修行だから辛くって当たり前。でも、修行だからもういいと思ったら止めたっていい。

どうぞ、ご自愛ください。

2019年1月29日 11:21
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有り難し
おきもち

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2019年1月30日 5:23
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有り難し
おきもち

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質問者からのお礼

ありがとうございます。気持ちが楽になりました。

ありがとうございました。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 18
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

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