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死への恐怖

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私はいつからかは覚えてませんが死への恐怖があります。この記憶が無くなるのが怖いんです。友達に相談したら「幸せだからじゃない?」と言われました。けど違うんです。この記憶が無くなって"無"になった時が怖いんです。

寝る前によくそう思って、考え出すと止まらなくなって泣いてしまったり自傷行為をしてしまう時があります。

誰にも理解してもらえないから相談もできない。なんで皆がそんな平然と生きていられるかわからないです。

でも、死にたいなと思う時はあります。矛盾してますよね。この先の生き方が分からなくて死にたい...でも記憶をなくすのが怖い。この繰り返しで最近なかなか寝付けなくなってしまいました。

悩んでも悩んでも結局は泣く、自傷行為をする。こんな人生嫌なんです。

治すためにはどうしたらいいですか?

2019年3月24日 2:45

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

どうすれば、精一杯生きられるかを考えてみましょう。

質問読ませていただきました。

死というのは得体が知れず、多くの方が怖れるモノです。
人間の大きな4つの苦しみとして「生老病死」が挙げられますが、それだけたくさんの方が死について悩まれてきたのです。
ただし、若ければ若いほど、そして健康であればあるほど「死」について考える方は少ないのです。質問者さんのような若さで「死」をリアルに怖がるのは、未来をリアルに考える力が強いのかもしれませんね。

さて、死んだあとは次の命を受けます。その後どんな命を受けるのか?それはどうやって生きて、どのような臨終を迎えるかで決まります。
そして、多くの境涯では、自分が生まれたときに過去世の記憶は無くなります。

そう考えると、そうやって質問者さんは何度も生をうけてこられたのです。何も今回の命に限ったことではないんですよ。
過去世の記憶を無くしても、次の命を精一杯生きる。その連続で今現在の命を受けていることを知って下さい。

本当に「死」が怖くて、それを乗り越えたいと言うのであれば、仏教を学んでみて下さい。
仏教というのは、自分を見つめ、世の中の在り方を見つめ、そして苦しみの境涯から抜け出すことを教えるものです。質問者さんの恐怖の答えを、必ずや出してくれるでしょう。

しかし、「この先の生き方が分からなくて死にたい...でも記憶をなくすのが怖い。」という言葉を伺うに、質問者さんが本当に解決しなくてはならない問題は、「どうやって生きるか?」ではないですか。
むしろ「死」への恐怖が、質問者さんをこの世に留めているのでしょう。

今のような「死にたい、だけど死ねない」という苦しみをこれからも繰り返すのですか。
たとえそんな心持ちで臨終を迎えたとしても、来世は苦しみの境涯に生まれ変わるでしょう。今よりももっともっと苦しい生を受けるかもしれないのです。
そうならないためにも、まずは「どうすれば自分が精一杯生きることができるのか」をしっかり考えるようにしてみて下さい。

それが必ずや生きる気力となり、そうやって精一杯生きる中で「死」というものについてより深く知る機会もあるでしょう。

何か少しでも参考にしてみて下さいね。

2019年3月24日 11:19
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有り難し
おきもち

京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の自然に囲まれたお寺で...

神通力で前世の記憶を思いだせる

死んで輪廻転生して、過去世の記憶を忘れていても、過去の記憶データは残っているのです。
修行により神通力を得たら、過去世の記憶を思い出す能力を得られる場合もあります。
たとえば、来世で西方極楽浄土に生まれることができれば、西方極楽浄土の住人は皆、神通力で全ての過去の記憶を思い出せるのだそうです。
では、来世で西方極楽浄土に往生するにはどうしたらよいか。
それは簡単です。
極楽浄土を造った仏様である阿弥陀仏の名前を口に称(とな)えて、極楽に往生したいと願うだけでよいのです。
「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と念仏を称(とな)えて、往生極楽を願いましょう。
南無とはインドの言葉で、尊敬しますとか、全てを委ねお任せしますというような意味です。
阿弥陀仏にあなた自身の未来をお任せすれば、大丈夫です。
阿弥陀仏の救いの光明は、宇宙の隅々に届きます。
あなたが阿弥陀仏の名前を口に出すとき、阿弥陀仏はあなたの声を聞いてくださいます。。
あなたが阿弥陀仏を拝むとき、阿弥陀仏はあなたを見ていてくださいます。
あなたが阿弥陀仏を想うとき、阿弥陀仏もあなたを想ってくださいます。
だから、南無阿弥陀仏の念仏で、仏様と親しくなれるのです。

2019年3月24日 13:42
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 3
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死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 38
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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
回答数回答 2

死を怖れる子供

いつもお世話になっています。 私の子供、21歳なのですが、母親である私をとても愛してくれています。当たり前の事ですが、近頃は私の年齢や体の事等(骨系の障害者で発達障害もあり)が心配なようで、人はいつか死ぬ、それはわかっているけど、その後、どうやって生きていったらいいのか、と涙することもあります。子供は小学校の低学年の頃に学級崩壊に巻き込まれて心療内科に3年ほど通っていた事があります。その際に『非常に母親に執着、というのか、一心同体みたいなことがありますね。成長するにしたがって自立はしていくのでしょうが、』と言われたことがあります。 その後、中学、高校と不登校になり、高校は卒業できませんでした。それから仕事もなかなか見つからず、アルバイトはしてみたものの、長続きしません。私が通っている心療内科では、『お子さんも発達障害の傾向があるかもしれないね』と言われたのですが本人はそんな事はない、と受診は拒否しています。 しかし、私もこのままでは死ぬに死ねないし、離婚しているので父親が生活面でサポートはする、とは言っていますがそれもお互い初老ですからあてにできません。 仕事をしたい、と本人は意欲があるのですが、いざ働き始めると起きれなかったり、人間関係が、等と辞めてしまうのです。 私も先日はついに職場でも子供ので事もいろいろあって休職してしまいました。 私は薬や職場の配慮でまた復職できることになりましたが、この先の心のもちようはどうしたらよいのでしょうか?夜、寝る前にも『明日お母さんが起きてこなかったら』等と泣いていることもあります。もちろん、子供が心療内科なり受診するのがベストなのはわかっているのですが…。相談というより愚痴になってしまいました、申し訳ありません。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

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