お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

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周りにイライラします、、

私は脳脊髄液減少症という病気で、いろんな症状に悩まされ不安な毎日をおくっております。

私が未熟なのでしょうが、周りが羨ましいです。
健康な体があるだけでも、もっと感謝すればいいのにと思います。
友達と会っても、彼氏のあんなとこが悪い。もっといいものが食べたい。など、なんかイライラします。
私も健康体だったら、そうだったかもしれませんが、、

「人は人」と気にしないようにはしてますが、なんかイライラします。
私の周りには大変な人がたくさんいるので、その人達の事も思うと、周りの言動になんか腹がたちます。
みんなわがままに見えてきます。

自分の気持ちが濁ってる感じがしていけないと思ってます。
せっかく病気という修行をさせてもらっているのに。
お坊さんのような穏やかな気持ちになりたいです。
周りにイライラすることなく、穏やかな気持ちなるにはどうしたらいいですか、、、。

嫉妬・蔑み
有り難し 57
回答 4

質問投稿日: 2014年1月19日 12:20

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

仏さまを信じてみては?

さとみさん

初めまして、hasunohaの 井上広法と申します。

ご質問拝読させていただきました。

さて、周囲にイライラしてしまうとのことですが、もちろんお坊さんだってイライラするときはあります。
決して、仏さまのようにいつも穏やかな顔でいられる訳ではありません。

しかし、もしお坊さんとそうでない方に違いがあるのだとしたら、我々お坊さんはいつも仏さまを拝んでいます。
拝むというのは、言い方を変えれば『自分も仏さまのようになりたい』と思う気持ちです。

もうちょっというと、悟りを開きたいと願う心を持っています。
この心が自分を慰め、励ましています。

怒りやねたみや悲しみを抱えながらも、いつかは必ず仏さまのような心に近づくんだという意識が、僕たちを支えています。

さとみさんが、イライラすることで自分まで傷つけてしまうのは、もったいないことです。

仏さまを信じて、自分もそうなりたいと願ってください。
きっと今までと違った生き方が見えてくるはずです。

4年8ヶ月前

OH~マイ、ルールルルル~♪

私が腹を立てていた頃、その原因は何かと勉強していました。
一言でいえば「自分ルールの押し付け」なのです。
期待度が高い、理想が高い、相手に自分、マイルール、マイワールドを押し付けている。
怒りの原因は、マイルールの事前設定をあちこちにはべらかしていることです。
マイルールが、無くなると良いのです。
マイルールルはは自分を小さくします。
マイルールルルを持っていル人は相手にもそのルールが通じルールルルのだと錯覚してます。
あなたも私もマイ ルール♪をいつの間にか知らずにたくさん、つくっていて、人にも要求していたという事でちょっと恥ずかしいですね。
とりあえず、歌っちゃいましょうルールルル~♪ 
みんなが笑ってるルルル~
子犬も笑ってる~ 今日もいい天気~
病気がつらい時は歌ってください、よくなるといいですね。
以下はもっと深いです。
以下の話はさらっと一読、スマホ読みでは分からんチンのプンカンプンです。
ゆっくり読んで、分かる人には涙、襟、袖を潤す内容。
禅宗風に申せば、
「相手だと思って問題にしているのは自分の心」
「相手はいない。全部一生我が事のみ」
「相手と思って憎んでイライラしている対象は、相手の実存在とは無関係な自分の思い」
「相手と呼んでいるものの正体は自分の内側の虚妄のイメージ」
「相手に対する怒りを無くすには、内なる相手が自分のやっていることだということを知る」
Q「ではどのようにして怒りが消えるのか。」
A「全部自分がやっていると分かれば、自分を傷つけるような愚かなことはしなくなるでしょう」
あなたはあなたを本当に大事にするべきです。
本当に自分を大事にするということは、自分の為にも相手の為にも怒りを持たないという事。
怒りを持たないということは、怒りを自分が一人でやっていたということに気づくこと。
怒らなくなる、怒らなくさせる、ということは、自分の虚妄の念を消えゆくまでそっとしておく。
自分が自分の内側の思いを相手にしなくなれば、常に閑寂です。
こんな教えはほかにありません。師匠から頂いた怒り深い私を救った妙法です。
大恩に覚元、感涙、袖を潤す。

4年8ヶ月前

敬意を表します

さとみさま
なごみ庵の浦上哲也と申します。

脳骨髄液減少症…詳しくは知りませんでしたが、今回のご縁で調べてみました。大変なご病気で、非常に辛い日々を送っていらっしゃることと存じます。

難病に出会った方で、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズの主役、マイケル・J・フォックスさんがいます。映画俳優として絶頂期のさなか、若年性パーキンソン病になり、自暴自棄の生活を続けます。
しかし病の中から希望を見出し、『ラッキーマン』という自伝を出版されました。難病にかかった自身を「幸運な男」と言ったのです。

さとみさんは「せっかく病気という修行をさせてもらってる」と仰いました。そう受けとめていらっしゃることは素晴らしいと思います。誰もが思えることではないと思います。私はさとみさんに敬意を表します。

マイケル・J・フォックスさんも、辛い修行の時を経て、その後の心境に辿り着いたのでしょう。修行とは、辛く苦しいものです。イライラし、腹が立つこともあるでしょう。でも今のその思いは、将来のさとみさんにとって大きな糧になるのではないでしょうか。

さとみさんの修行の道、一歩一歩お進み下さい。

4年8ヶ月前

「有り難し」

さとみ様

川口英俊でございます。

脳脊髄液減少症・・つらい難病でございますね・・確かなる治療法がまだ確立されておらず、治療の保険適用も難しい段階・・大変にご不安でございますね・・

そのような中でも「感謝」の心を忘れずにお過ごしであること、誠に有り難いことでございます。

特にさとみ様のように、「わがまま」な人たちに対して嫌悪感を持たれまして、何もかもそんなに「当たり前」でないことを理解することは、人生を無駄に過ごさないためにも、誠に重要となります。まさに「有り難し」のこの人生、できる限り大切に過ごしたいものでございます。

実はこの「有り難い」の語源は、仏教にございます。文字通り「有る」ことが「難しい」、滅多にない稀有なることとなりますが、人間として生を受けれること、更には御仏の教えに出遭うことができるということは実に難しいというところから派生して、大切で、貴重であること、更には感謝すべきことの意を表すこととなり、現在においては、もっぱら一般的に感謝を表す「ありがとう」となった次第でございます。

この由来は、お釈迦様が実際に説話なされた喩え「盲亀浮木」にございます。

お釈迦様は、弟子の阿難尊者に対して、この世に生を受けれることの喩えとして、果てしなく広がる海に住んでいる目の見えない亀、その亀は百年に一度、水面に上がって顔を出すのですが、その大海には、一本の流木が漂っていて、その流木には丁度、その亀の頭が通るぐらいの小さな穴が開いていて、たまたまにもその亀が水面に上がった時に、たまたまにもその流木の、しかもその小さな穴にスポッと頭が入るような、そんなことがあり得るよりも更に人として生を受けることは尚難しいものだとおっしゃられたのでございます。

もちろん、更に、人として生を受けれても、仏法があって、その仏法と出遭える機縁にも、となると更に難しくあり、尚いっそうに感謝しなければならないこととなる次第でございます。

井上様がおっしゃるように、その機縁の一つとして、この機会にて是非、仏法への信心、学びを賜れることとなりましたら誠に幸いでございます。

この度は、hasunohaに出遭って頂いて、ご質問もして頂けまして、「有り難し」、また、ご回答に「有り難し」と思って頂けましたら、「有り難し」を押して頂けましたら、誠に「有り難し」でございます。

川口英俊 合掌

4年8ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

有り難いお言葉頂き、涙が出ました。
悩みを人に言うのが下手なもので、いつも心に溜まってしまうのですが、、。
お坊さんの温かいお言葉に、心洗われました。

色々な事を教えて頂き、有り難いです。
病気を患いながらも、感謝し穏やかな心で過ごしていけるよう、仏心を勉強していきます。
また質問させて頂くことがあるかもしれませんが、その時はよろしくお願い致します。

ありがとうございました。

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