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死がこわいです

回答数回答 2
有り難し有り難し 38

もうすぐ9ヶ月になる大好きな彼が出来て、それから愛する人の死についてよく考えるようになりました。

同世代の交通事故で彼を亡くしたとか、病気で父を亡くしたとか、そのようなお話を聞くといてもたってもいられなくなります。
平均寿命まで愛する彼を含め、大好きな家族、信頼している友達が無事に生きてくれるかどうかとても不安です。
いきなり事故などで愛する人が亡くなって、私だけ取り残されてしまうことを考えると、まだ亡くなってもいないのに、ぼろぼろと涙が止まらなくなります。考え出すと止まらなくなってしまい、ちゃんと無事に家に帰れてるか、無事でいるかどうかとても心配で胸がおしつぶされそうな気持ちになってしまいます。

寿命で死ぬのは怖くないのですが、一番楽しいと感じる今、愛する人の突然の死というものがとても怖いです。別れが怖いです。どうすれば強い気持ちでいられるでしょうか。

2016年2月6日 6:41

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

今を大切に!

大好きな彼氏様がいらっしゃって、毎日幸せな反面、失った時を想像すると、とてつもなく怖くなりますよね。お気持ち拝察いたします。

仏教では「諸行無常」という考え方があります。すなわち、「あらゆるものは移り変わる」という意味です。命があれば、いずれ尽きるときが来てしまう。人間の致死率は100%です。はな様のおっしゃるように、「死」がいつどこで、自分や愛する人の身に迫ってくるかは、誰にもわからないのです。

結論から先に申し上げます。今をしっかり大切に生きてください!

よくお寺や神社に行くと、狛犬、獅子、龍、仁王像などが入ったところにあるのを、ご存知でしょうか?よくみると、片方は「あ」の口を開けており、もう片方は「うん」と口をつぶっています。人は誰しも「おぎゃー」と「あ」の口で生まれ、「うん」と死にます。仏教では「阿吽(あうん)」と言い、「はじめから終わり」を表します。人生においてはじめから終わりとは、「生まれてから死ぬまで」のことです。

お寺のいろんな所に、「阿吽」のお口をした像や彫刻があるのは、一説によると、「今入ってきたあなたは、たとえここで死んだとしても、満足できる生き方をしているか?」と尋ねている姿だそうです。

全国には7万7千のお寺があり、この数はコンビニの数よりも多いそうです。普段何気なく道を歩いていると、たくさんお寺があることに気づきます。そのたびに「よし、今を大切に生きよう!」と思っていただけますと嬉しいです。大好きな彼氏様と巡り合えたということは、まさしくご縁です。今を大切に、素敵な毎日を歩んでいただけることを、一心に願っております。

2016年2月6日 9:06
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有り難し
おきもち

浄土宗の僧侶です。一緒に悩みましょう!

それほど愛していらっしゃるのですね。

でしたら、
いつ死が訪れても良いように、
今この瞬間瞬間を精一杯生きてください。

いつ死んでも構わないという覚悟が、
その恐怖心を包んでくれると思います。

2016年2月6日 10:04
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有り難し
おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

質問者からのお礼

三谷彰寛様
ご丁寧な回答をありがとうございました。
「阿吽」のお話をはじめて聞き、なるほど、、、ととても感じさせられました。お寺を通ることは何回かあり、今までは何も考えていませんでしたが、これからは満足できる生き方をしているか、心に問いてみたいと思います。いつかは死ぬと分かっていても、人間の致死率が100%だと考えることで、気持ちが少し和らぎそうです。そして、今を大切に生きようと思いました。ありがとうございました。

和田隆恩様
回答どうもありがとうございました。
確かに、死や別れの恐怖はいつ死んでも構わないという覚悟を持つことによってはじめて和らいでいく、と思うことができました。覚悟を持ち、もっと今この瞬間を大切にして、生きていこうと思います。ありがとうございました。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 40
回答数回答 3

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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