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徳を積むとは?

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質問させて下さい。

「徳を積む」とは具体的に何をすれば良いのでしょうか?
最終的に自分の利益になる行為は違うのではないかなぁと思うのですが…。

宜しくお願い致します。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

それもまた功徳

最終的に自分の利益になっても構いません
そこは意識の問題ではないかな、と。

・「自分の利益の為にする」
・「結果的に自分の利益になった」

この2つは結果としては同じでも動機としては違いますよね。
情けは人の為ならず、は結果としては巡ってきて自分の利益になったので功徳を積んでいる。

つまるところ功徳というものはこういうことであります。
「諸悪莫作 衆善奉行」
意味は「諸々の悪いことはしてはいけませんよ、善いことをたくさんしましょう」
これが功徳であります。
善いことをして結果、自分に利益が何かしらあったとしても、それはその人がそれを目的にしたわけではないので問題ありません。

そして続く言葉に
「自淨其意 是諸仏教」
意味は「自分自身の心を浄めること、それが仏の教えであり仏教であります」と、まぁだいたいこんな感じです

これは七仏通戒偈(しちぶつつうかいげ)といいますが、つまりこれが質問の答えとなります。

具体的に功徳を積むということは「悪いことをせず善いことだけをしましょう」、ということですね。
なので結果として自分に利益があっても関係ありません。
目に見える利益なら分かりやすいですが、目に見えない利益だって沢山ありますから。

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結果に目を付けない

仏教では最終的には自分だの他人だのという壁が無くなってしまうので、自分も利益も無いのです。そこまで行っちゃうと徳とか悟りとかもどーでも良いのです。
私はその時々で「自分のためにしましょう」とも「相手のためにしましょう」とも言いますが、それはその人にとって入口として実践しやすそうな方を選んでいます。本質ではありません。まぁ、いきなりこの辺から入ってもピンとこないので置いておきまして…

さて、徳という派生して色々なイメージが付いてしまっている言葉は好きではないのですが、このご質問の文脈ですと「利行」(りぎょう)と読み替えましょうか。他人のためや自分のために何かをすることを利行と言います。利他行・自利行と言えば聞き覚えがあるかもしれません。

この利行で大切なのは「結果に目を付けない」ことです。

結果(成果)を気にしてしまうと、「もっともっと」という思い→「愛」(仏教語の愛。Loveとは別物)が発生します。さらにその結果に対して良い悪い、好き嫌いの評価である「取」(しゅ)が発生します。この2つに仏教の智慧と縁遠い状態の「無明」(むみょう)を加えた3つが煩悩と呼ばれる苦の原因です。

「結果に目を付ける」と漏れなく煩悩が付いてきます。その時点で徳ではありません。だから「煩悩が湧く前の状態で止める」ということをします。結果として自分の利益が付いてきたら付いてきたで放っておきます。どっちでもええねんです。

その点、上座部のお檀家さんは徹底していまして、自分がした布施に対してお坊さんが「ありがとう」と言ったら怒られるのですよ。結果に目が付いちゃって功徳が台無しになるから。まぁ、日本では気にしないで下さい。やりにくくなりますので(笑)

私はhasunohaでは「大きいことをしようとせず、日常のちょっとした親切心を大切にしましょう」と強調しています。大きいことは結果に責任が生まれちゃいますからね。時には有難迷惑ということもありますし。

小さい事で、自分が親切をさせていただく…親切をして、その結果には目を付けない。それがオススメです。より具体的な例はコチラ。http://hasunoha.jp/questions/3597

リンク含め長くなって申し訳ありません。ぶっちゃけもっともっと語りたいです。これもお坊さんの利行ですので。

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曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

心に善の癖(功徳)をつけ、悪い癖(罪業)をつけない

善いことをすればするほど、心に善い癖がつき、悩み苦しみを感じにくい心になります。
悪いことをすればするほど、心に悪い癖がつき、悩み苦しみを感じやすい心になります。

たとえば、100円もあると喜べる人になるほうが、100円しかないと腹を立てる人になるより幸せを感じるでしょう。

慈悲喜捨の心で考え、語り、行動すればするほど、煩悩が弱まり苦しみが減るのです。
逆に、殺せば殺すほど殺し癖が、盗めば盗むほど盗み癖が、浮気すればするほど浮気癖が、欲張れば欲張るほど欲張り癖が、怒れば怒るほど怒り癖が、怠ければ怠けるほど怠け癖が、威張れば威張るほど威張り癖がつくのです。
悪い癖がつくと自分の苦しみは増えるし、他人には迷惑かけるし、善くありません。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...

質問者からのお礼

翔玄様 お忙しい中、回答下さって有難う御座います。意識の問題なのですね。
小さい頃祖母に「徳を積まんといけんよ」と言われていた意味が解った気がします。
日常生活で少しずつでも実行できる様に心がけて行きたいと思います。

大慈様  
お忙しい中、回答下さって有難う御座います。利行=結果に目を付けないなのですね。中々難しいですね。させて貰える事に感謝して「小さな事」からまず行える様に心がけて行きたいと思います。具体的な例も載せて下さって有難う御座いました。

「仏教全般」問答一覧

仏教とは?

こんにちは。私はとある信仰宗教の元信者です。その宗教ではその宗教のお経を毎日よんで、法名といわれるものをおさめ、つどいと称される会合に参加し、弥勒山という山に登ります。勧誘してきた人は私の20年来の付き合いのある方で、その信仰宗教をとても心から信じていました。しかし、私はこの信仰宗教に違和感を感じていました。職場の方に話してもら辞めた方が良いという回答でした。また、旦那が私には居ましたがその宗教を毛嫌いされ、彼の親族にも激怒され縁をきられてしまいました。私は今実家で幸せに暮らしています。仕事も頑張って居ます。勧誘された方は癌で若くして亡くなりました。彼女は最後までその宗教を信じていましたが、私も彼女もそのお経を毎日読みましたが、私は離婚し、彼女は命を失いました。これのなにが幸せなんでしょうか。私には弟が居ます。まだ若くこれからどうなるか分からないですがきっと結婚するだろうと思います。義理の妹は果たして私の事を理解してくれるかと不安になり、檀家になってるお寺のお坊さんに相談しました。その方は瞑想会をしていて、瞑想すると涅槃の境地に近づけるとの事で、私は毎日するようになり、瞑想会にも参加するようになり、元の信仰宗教は辞めたい。と彼女の旦那さんや支部長に言って辞めさせていただきました。しかし、彼女には本当にお世話になったし、お経を読まないと瞑想出来ない脳になってしまったので、辞めてもお経は読んでいるし、彼女のお墓にお墓参りに行こうと思っています。信仰宗教で出会った方々とはまだLINEで繋がっています。このままいくとまた、戻ってしまうかどうか心配です。私は幸せになりたいからやってるんではありません。ただ、お墓参りして、お経読んで、瞑想して、線香あげて。私は仏教なんて全然知りません。お経の意味も分かりません。でも、これから勉強したいと思います。信仰宗教であげてるのは簡易なもので独自の解釈がされていて本質ではないと思います。瞑想の檀家のお寺のお坊さんも良い方ですが、わたしが涅槃までいけるかどうかは分かりません。こんな私は社会から見ておかしな人間なのでしょうか?仏教ってなんなんでしょうか?お経読む事でしょうか?墓参りする事でしょうか?瞑想する事でしょうか?私は宗教を理由に仕事休んだ事はありません。信仰宗教勧誘は一度しかやった事がなく、家族からも止められてるので今はやってないです。

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最後の言葉「ありがとう、また会おう」

長文で失礼致します。 急ぎの相談ではありませんので、お時間のある際にお話いただければ幸いです。 もう1点、伺いたいことがあるのですが、お坊さま方もお忙しいと思い、別の機会にさせていただきます。 父親のいなかった私たちを、親代わりになって育ててくれた祖父が先日他界しました。 母や叔父と叔母にとっては、優しくも厳しい一面もある父親だったそうですが、孫全員には優しく頼もしく接してくれて、「いい思い出」しか残っていません。 ここ数年は持病が悪化し、コロナ禍ということもあり、楽しみにしていた大勢で食事を楽しむ機会を設けれなかったことだけは心残りです。 入院先の配慮で、最後にお話をする機会があり、駆けつけた祖母・母と叔父・叔母、孫全員と話をすることができたのが幸いです。 「遅くまでいると迷惑がかかる」と祖父に促され、亡くなる前日の別れの際にかけられた言葉が印象的でした。 「じーちゃんが死んだ後、コロナが収まったらな、ばーちゃんに会いに行ってやってくれ」 最後まで祖母を思う優しさ、そして。 「ありがとう……また、会おう」 この言葉は、もしかすると生きて会えるのは最後とわかっていて、「来世」でまた会おうという意味だと私は受け取りました。 葬儀をお願いした元々ご縁のあるお寺のご住職も、「今の別れは、ゆくゆくは浄土で再会するまでの一時的なもの」とお説法をされていたので、受け取り方は違ってなかったのかなと思うのですが、いかがでしょうか?

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初めて知った事に対して、怖いです

三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫。三虫(さんちゅう)三彭(さんほう)伏尸(ふくし)尸虫(しちゅう)尸鬼(しき)尸彭(しほう)ともいう。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。一人では夜あかしをして過ごすことは難しいことから、庚申待(こうしんまち)の行事がおこなわれる。 日本では平安時代に貴族の間で始まり[1]、民間では江戸時代に入ってから地域で庚申講(こうしんこう)とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまった。 道教では人間に欲望を起こさせたり寿命を縮めさせるところから、仙人となる上で体内から排除すべき存在としてこれを挙げている ウィキペディアからコピーさせていただきました。 こちらの文章を読んだ上でご質問させていただきます。 質問ですが・・、本当に3匹の虫が体の中に入っているのでしょうか? とある小説でこのような事を知りました。 正直、今までこんな事知らなかったので、怖いです。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられと wikiに書かれていますが・・・、 寝ないで1日越した方がよいでしょうか?あまりいい気分がしないので教えていただけると嬉しいです・・。 お坊さんの方々もこの日は何か特別な事はやってらっしゃるのでしょうか?

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