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お坊さんの修行について

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無知で大変申し訳ない質問です。
お坊さんは、法事やお葬式で、お一人でお経を上げるようになられるまで、皆さん、
厳しい修行をなさるのですか?

なぜ一般人のお経とお坊さんのお経では、表現しにくいですが、パワーというかオーラというか、違う力があると思ったので、違いは何なのだろうと思った次第です。
失礼かつ無知な質問で申し訳ないです。
何卒よろしくお願いします。

2019年12月18日 16:24

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

同じです。違いがあるとしたら上手い下手でしょうか。

ご相談拝読しました。申し訳ない質問などではないですよ。ご質問ありがとうございます。

一般人のお経もお坊さんのお経も同じお経です。お経はお釈迦様の説法です。呪文ではありません。

しかし読経にはそれぞれの宗派での技法や、僧侶個人の経験による上手い・下手などはあるかもしれません。でもどんなに下手でもお経の内容が唱える人によって変わらないように、そのパワーは変わりません。

場の雰囲気や、僧侶個人の雰囲気、聞き手がお坊さんにかける思い、その時の状況などの違いから何となくパワーの違いを感じることもあるかもしれませんがそれは仏教本来の意図するものではないと思います。あくまでもお経には「教え」が説かれているのですから。

修行については各宗派厳しい研鑽や修学が定められている場合が多いと思いますが、浄土真宗ではこれといった修行はありません。修行して救われるようになるならば修行しない人、できない人は救われない人になってしまいます。

お釈迦様は苦行を否定していますから、他宗においても修行というのは修行を達成して何か特別なものになるという段階論ではなく、修行それ自体が覚りと一つになるようなものなのかもしれません。

各宗派違いが有って面白いですね。その違いは優劣ではなく、この私に本当に成り立つ教えは何かという問題です。どんなに優れた教えでも自分に成り立たないなら絵に描いた餅ですからね。

2019年12月18日 22:15
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はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

私たちの宗派では、志願したお坊さんは、百日間お寺に籠り、朝3時から夜11時まで、水行とひたすらお経を唱え続けるという修行があります。丁度、今、その期間中で来年2月中旬まで続きます。私も経験しました。
修行は特にお経を力いっぱい唱え続けるので、声は枯れ、又、迫力も増します。

もちろん、修行期間が終わり、自分のお寺に戻り、通常のご葬儀や法事、又はご祈祷など営みますが、もちろん普通の声でお唱えしますが、自然に声やお経、そして祈りに何かが加わるのでしょう。

2019年12月18日 20:02
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日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...

本山修行は僧侶の基礎を学ぶ場

ご質問ありがとうございます。私の宗派では本山修行は僧侶として膨大な基礎を学ぶ場であると私は考えます。

おそらく膨大な基礎の修行が、一般の方とは違うお経のオーラ・パワーを感じる部分かと思います。

お葬式・ご法事については本山などでの修行を終えて、自身のお寺に戻り学ぶ事が多いですね。

2019年12月18日 16:43
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小黒澤 和常
大本山總持寺安居ののち、松岩寺副住職となる。テレビ朝日系お坊さんバラエティ...

「仏教における修行」問答一覧

人間はなぜ修行しなければ悟れないのか?

ご質問させて頂きますハルソラと申します。 私は禅の思想に感銘を受け、座禅修行を念頭に日々の生活を送っております。 多数の書物やお話から理屈では「なるほど悟りとはこのようなものか」と理解しつつも、お坊さまはご存知の通り、頭の理解でどうにかなるものではなく悪戦苦闘の日々です。 そこで私はふと思いました。なぜ人間はこんなに修行しなければ悟れないのか?…と。 昔、文鳥を飼っていた事がありますが、文鳥は悟っていると思いました。 すべての行動が「作為なく自然体で、ありのまま」なのです。 例えば、指で突っつくと怒るのですが、次の瞬間に手のひらを差し出すと、怒っていた事はすっかり忘れて手のひらに乗って機嫌良くしているし、 晩年は羽の力も衰えて全く飛べなくなりましたが、そんな事を気にしたり落ち込んだりする様子もなく、シャカシャカと素早く走りいつも通りのご機嫌なのです。 動物植物などはそのように「ありのまま」生きている(…と思う私の推測ですが)のに何故に人間は長い間たくさんの修行をしてやっと悟れるか、あるいはそれでも悟れない、という言わば面倒な存在なのでしょうか? お坊さま方もお忙しい中まことに恐縮ですが、ご教授よろしくお願い致します。

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