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お坊さんのエイプリルフール

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もうすぐエイプリルフールですが、お坊さんならではのエイプリルフール体験談ってありますか?
笑える話、シュールな話、びっくりな話

なんでもOKです

2014年3月26日 22:35

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

4月1日は・・・

 振り返ってみたら、エイプリルフールってそう身近ではないなぁと思いました。学生時代は春休みでそんなに友達と会わなかったし、社会人になってからは、新年度の初日ですからそんな気分ではなかったし・・・。

 お坊さんになってから初めて知りましたが、この日は親鸞聖人の誕生日なので、エイプリルフールとは全く無縁になりました。ウソをつくことは五戒の一つなので、お坊さんならではのエピソードは無いかも知れませんね。

2014年3月30日 17:39
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有り難し
おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

「揶揄節」のエイプリルフール起源説

kyosuke様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

もうすぐエイプリルフールですね。

そうですね・・基本的に嘘を付くこと(妄語)自体が仏教では悪い行いとなりますので、冗談でも避けないといけないこととなりますが・・まあ、ほどほどのユーモア程度で済むものでしたら、それもこの日ばかりはありかとも存じます。

エイプリルフールと仏教との関係・・実はあながちないとも言えません。なぜならば、エイプリルフールの仏教起源説があるからでございます。

いつの時代かにおいて、インドにおける仏教修行の集中期間の一つとして、3月の春分の日から月末までの期間が設けられており、4月1日に厳しい過酷な修行が明けた修行僧たちが、俗世へと戻った開放感からか、羽目をはずして、悪ふざけをしたり、人をからかったり、いたずらしたりした風習としての「揶揄節」ということが、やがて欧米にも広まって、エイプリルフールになったという説でございます。※補足・・確かに日本でも春分とその前後三日間が「彼岸」として、特に六波羅蜜行の実践、功徳を積む修行期間であると言えますが、彼岸がインド仏教の由来かどうかはっきりしていません。

例えば、このような風習として、少し異なるものの、現在日本の禅宗においてもっとも過酷な修行期間となる臘八(ろうはつ)大接心が明けた冬至灯夜の日に、年一回の無礼講、徹底放行の馬鹿騒ぎが許されています。※もちろん、各僧堂や宗派(臨済宗・曹洞宗)によっても差異があるかとは存じます。

とにかく、この時ばかりは、上下関係も関係なくなり、飲めや歌えや踊れの放行三昧、昔は、日頃の鬱憤をこの機会に晴らさんと、上の先輩に対して仕返しをしてもこの日ばかりは許されていたため、日頃厳しい覚えのある先輩は、一目散に逃げ隠れたとも聞き及びました(笑)

また、「揶揄節」については、別に、過酷な厳しい修行の間、高い境地にあった僧侶たちが、修行が明けて修行が終わって俗世に戻った途端に迷い始めるということを世間の人がからかって、揶揄したということから「揶揄節」になったという説もあります。

いずれにしましても、旧年度がいよいよ終わって、新年度の始まる最初のこの日ばかりは少し開放感を持って、楽しく過ごし、新年度へ向けて心機一転して臨んで参りたいものでございますね。

川口英俊 合掌

2014年3月30日 16:18
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

「お坊さん・僧侶全般」問答一覧

病んでしまった人が住職になれるだろうか?

私は寺の長男に生まれました。が保育園のころから電気が好きで、小学校1年の時の将来の夢が最初は電気屋さんになりたい。でした。ですが、住職である父に「電気屋さんがお坊さんはできないけど、お坊さんが電気屋さんはできるんだよ。」という今考えるとわけのわからない理屈で言いくるめられ、将来はお坊さんになりたい。と書き換えさせられました。かといって仏教が嫌いだったわけではなく、児童向けのおしゃかさまのでんきを友達からもらって読んだり、生まれて初めて映画を見たのが井上靖の天平の甍(鑑真さんの話)だったりしたのもそのころでした。小学5年生の時に東京の増上寺で得度しました。秋葉原に行けるからでした。生まれて初めて飛行機に乗りました。その後中学1年の時に初めてパソコンを買ってもらい、ゲームやプログラミングに夢中になりました。MSXでしたが、パソコン・モニター・データレコーダ・漢字ROM・プリンタと買いそろえてもらいました。中学2年の時に独学で国家試験を受けて、電話級アマチュア無線の免許を取りました。開局したのは高校になってからでしたが、無線も好きでした。高校では科学部物理班でアマチュア無線とパソコンに夢中でした。将来は工学部に進んで風力発電の研究をしてエンジニアになるのが夢でした。しかし文理選択で寺の後を継がなくてはなというプレッシャーに負けてしまい、文系を選択したのでその道は絶たれました。そのころひろさちやの仏教大百科を読んで、浄土宗は大正大学か佛教大学に行くことを知りました。親は大正大学に行けとは一言も言いませんでした。そして大正大学には入ったものの授業に出たことはないです。サークルにばかり逃げていました。サークルがなかったら、大学を中退していたかもしれません。テストだけは受けていたので単位は取れました。(何個か落とした単位もあるが再取得。)大学在学中に加行をなんとか御え住職資格を取り(風邪で3日休んで下山寸前だった。)そのあと大本山にある修行道場で1年間更に修行しました。大学在学中から心が病んでいて医者にかかっていたので、修行道場も医者に通いながら勤めました。修行のほうが寺にいるより楽しかったからです。町寺の法事葬式で回っている感じが嫌いでした。でも仏教は好きという矛盾を抱えていました。心の病気が酷くなって私は今は寺を離れていますが、私にはもう住職は無理なのでしょうか?

有り難し有り難し 9
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法事の僧侶を変更したいです

先日亡母の一周忌法要の読経を所謂檀那寺に依頼して執り行いました。葬儀の時と同じ僧です。まず、亡母の法名を把握されていませんでした(法名はこの僧がつけお布施を支払っています)読経の前に長々と浄土真宗のPR、報恩講の内容、他宗の批判、自宅で本尊を祀っているかなどの遺族への質問等を約1時間ほど話してから読経されました。阿弥陀経、観無量寿経そして正信偈。70歳を過ぎた高齢の為だけとは思えない非常に変わった節回しで終始下手な読経でした。そして、自らが日本仏教会の役員であると言ってニヤニヤと自慢話までされていました。時間にして1時間半以上でした。  昨年の葬儀の際は、枕経は忙しいのでしません!と言われ、出棺の際にも次の葬儀の予定があるので失礼しますと言って帰られました。当然、火葬場では僧侶による読経なしの見送りでした。他のお見送りされるご遺族の方には寄り添ってらっしゃる僧侶ないし牧師様のような方がいました。  また、私が「本来は七日ごとの法要(二七日〜四七日)をお願いすべきですが、一般の通例として遺族がそれぞれ自らの気持ちで念仏したいが、三十五日と一周忌の際は宜しく御願い出来ますか?」とこの住職に尋ねると、「お前は法事をサボるのか?」と言われ、サボる訳ではないが、、と伝えても「サボるんだろ!」と恫喝されました。そう言われても一周忌はお布施もきちんと致しました。当たり前のことですから。  この住職とは祖母の頃からの付き合いですので、存命の父の考えも尊重して我慢してきましたが、親族から「三回忌は(違う僧侶を)考えた方が良くないか?」との意見も出ております。  そこで、質問ですが、①法事の際、檀那寺から違う僧侶へ変更は可能でしょうか?②この住職の言動で傷つく方が現れないように世間に知らせてあげる方法はないものでしょうか?法事の会場のスタッフの方からもあのお寺さんはかなり特殊ですね!と言われ、業界でも有名のようでした。  大変長々と拙い文章で申し訳ございませんが、宜しくお願い申し上げます。

有り難し有り難し 17
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再び迷っています

以前に得度について質問したものです。 あれから、自分でも色々調べてみました。まず、わたしのような者の師僧になって下さる僧侶の方に深く感謝します。 費用についても、ほぼ工面できます。 僧侶になった後、入りたいお寺も、あります。(実家のある田舎のお寺の僧侶が事件を起こし、懲役刑となり 解任となったあと五年も住職不在です。このままつぁは廃寺になりそうなので、これは大変と、墓は都会にうつしましたが、いまは早まったかなと後悔しています。子供の頃から親しんできたお寺なので、もし、お許しがあればそこに入りたいです)自分一人の生活費は、なんとかなります。過疎の限界集落で若い人はほとんどいませんが、それでも残って生活している知り合いのおじちゃん、おばちゃんの力になりたいのです。(平均年齢は90近いです) で、今日の相談なのですが、いろんなお坊さんのお話を聞いているうちに、お坊さんの世界にも権力闘争とか、色と欲にまみれている方とかが、いるようです。高名な僧侶の方の耳を疑うようなスキャンダルも耳にしました。 そんな深い闇があるとは!わたしに、つとまるのか!ここに来て少しびびってしまいました。 もう、師僧(お墓を移した都会のお寺の住職さん)に法名をつけてもらっているのですが、自分のこころを整えるために、修行を進めるのを少し待ってもらっても良いものでしょうか。 つけ加えると、中学生の頃から仏道や出家への憧れがありました。菩提寺の住職さんといろいろと話しているうちに「得度してみるかね」「はい」とお答えしました。いろんな条件も整っているので、周りからの異論はありませんが、以前した質問のように仏教界には、ほとんど無知なのです。実情を見聞きして、少し気持ちが萎えてきました。

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他のお坊さんのご意見が聞きたいです。

先日、母の一周忌でお坊さんを派遣して頂きました。初めてお会いする方です。 その方に、お仏壇について色々お教え頂きました。中に入れてはいけないもの、必要なもの。ありがたいこととは思いますが、親の宗派で私自身は特に信仰しているわけではなくなく、全てを揃えなければいけないのか?と疑問に思いました。また、母の好きなもの、生前大切にしていたものを置いておいたのですが、それもいけないと言われてしまい悲しくなりました。もちろん、決まり事はあるでしょうが。 お仏壇は、きちんと決まりを守らなければいけないものでしょうか。マンション住まいで立派なものは用意できませんし、私たちにとっては精一杯の母への供養のつもりで用意したものなのですが。 また、私と兄、2人だけの参列だったのですが。「そもそも、法要は親しいものが集って行うもの。集って行わなければ意味がない」というような趣旨のお話をされました。私たちは親戚が遠方にしかおらず、年老いた親戚を呼び寄せることも出来ません。 少ない人数では、法要は行っては意味がないのでしょうか。 母のために、一通り供養をしたいという想いでお坊さんをお呼びしましたが、とっても悲しくなってしまいました。 もう、お坊さんを今後お呼びしたいとも思わなくなりました。 もちろん、そのお坊さんは悪気があって仰ったことではないとわかっていますが。 他のお坊さんは、このようなこのお坊さんの言葉をどう思われますでしょうか? 教えて頂きたいです。

有り難し有り難し 19
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