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坊さん

回答数回答 6
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あほか あんたら
適当なこと言って!
人には自分もできないアドバイスして
ふだんはお布施だなんだかんだ高い金ふんだくって
自分の身が危なくなると、逃げ腰で、
神仏を出して人を脅す
人の悩みにつけ込んで神様仏様気取るんじゃねえ
正々堂々してろってんだよ!

内輪もめでもしてろ

丁寧な言葉使っても騙されないよ

そんな坊さんがいました


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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

だから何だ

これは質問では有りません
私は、仏様は気取って無いし
神様は神社に言ってくれ
堂々とプロフィール掲げてやっている
時によっては、汚い言葉だって使う。
自分の出来ないアドバイスでも、もしかしたら、その人なら出来るかもしれない。
解決できるかもしれない知恵があるから語る。
自分は何も出来ないと、目と耳を閉じていては居ないのと同じ。
今のここにいるからこそ、勇気を出して返事を書いている。
あなたが知っているお坊さんは何人だ。
ここには100人を超えるお坊さんがいる。
ネット社会だからこそ、批判を受けるかもしれないと言う恐怖と戦いながらも一つ一つ質問に答えている。
100人分とは言わないが、10人分でも答えを読んでみなさい。

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私は日蓮宗 今治 寺町法華寺の住職をしております讃岐英昌(サヌキ エイショ...

よっしゃ、ほな正々堂々させてもらいましょか

あえて丁寧な言葉を使わんと話させてもらうで(`・ω・´)

「自分に出来ないことを人にアドバイスして」、って言うのはな、ほんまその通りやで、僕かて自分に出来てないけどもそういうことも相手には言うこともある
せやけどそれは頭ごなしに言うことでもなければ、自分を棚に上げてるつもりで言うてるわけでもない

「僕も出来てへん、でも出来るようになった方がいいことは分かるし相手にもそうなってもらいたい、でも僕も出来てへん、せやから一緒にそう出来るようにしましょう、一緒にそう考えていきましょう」
僕が大事にしたいと思ってるのはあくまでこういうスタンス、相手が出来てないからあかんとも言わんし言う資格もない

>お布施だなんだと高い金ふんだくって
そうですなぁ、昨今はただお金を集めてるだけの人ももしかしたら居るかもしれません
せやけどもそれは「これこれが必要なので寄付をいただけますか」「これこれの為に」と目的をはっきりさせてないのがあかんのであって、目的があって必要なのであればそれはいいのではないか、と思ってるんや

あとな、お坊さんも人間やからな、病気なるしな、インフルなるしな、怪我するしな
入院だってするしな、そういうときの治療費であるとかそういう蓄えもある程度は必要なんや、そして身体が資本やからな、やっぱりある程度普通に生活出来んとあかんのや

逃げ腰になってすぐ神仏を盾に後ろから石投げるようなのは僕から見てもそれはあかんと思うからね、そう思う気持ちはよう分かるで
せやけど盾にするんやなく横に置いて喋ってる人の話は聞いたってや

内輪もめはしたくないなぁ・・・そういうの嫌いというか苦手やし、争いはやめよ、あかん、苦手、競争社会嫌や

そんな坊さんが居たならもう忘れなさいな、忘れてしもてもっと信頼できる坊さんに巡り遭いましょ

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おきもち

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私に直接「疑問」や「この回答どういうこと?」、「これが聞きたい」などがあれ...

いるいる。

おっしゃる通りですね。
私もよく言われます。

そんな坊さん、いっぱいいますよ。

本当に自分を知るには
やはり人という鏡がなくてはならない

と言ったお坊さんが昔いました。

温かなお礼の言葉ばかりだと、勘違いしそうなので
たまにこんな言葉いただくと、わが身を振り返るいいきっかけになります。

聴かせてくれてありがとうございました。

お坊さんのことは嫌いになっても、このhasunohaは嫌いにならないでくださいね。

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おきもち

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正義を武器にされると辛い。 わかっていることを責められても辛い。 余裕...

同事!を生きる。

あなたには苦の先に苦しか見えないのでしょうか。
あなたの心は真実を探してもがき苦しんでいませんか?

二つの骸骨の絵を並べて描いて、その絵にこんな言葉を書いてあります。
「喧嘩しないで暮らそうじぅあないか、末は互いにこの姿。」
生きていた時には、親子喧嘩、夫婦喧嘩、兄弟喧嘩、嫁姑喧嘩、
友達、近所、など元気な時は喧嘩もしたが死んでしまえば皆同じ」
「気に要らぬ風もあろう柳かな」この言葉を思い出す。

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褒めてる?

こんばんは。まぁ、匿名の立場から「正々堂々しろって…」って言ってもなぁ、と最初は思ったのですが、
最後のね、「そんな坊さんがいました」、これ、何だろう。

そこまでの全体、憤っている。で、「そんな坊さんがいました。」そんな憤っている坊さんに、あなたは出会ったの?そういう気概のある坊さんに?ということなの?

まぁ、私も「自分でもできないことをアドバイス」してること、あると思うけれど、薄っぺらい批判だなぁ。まぁ、女性らしい発想だとは感じますけど。アドバイスって、人に伝えることで自分もそれを問うているのよ?あなたが他人にアドバイスしたことあるか、分からないけど。「がんばろうよ」とかも?
人の悩みに付け込んで…気どるんじゃねぇ。 ああ、これ良く聞く話。坊さんはね、みんな人間よ。仏という字は、「人+ム」なのよ、人にあらず。キリスト様と混同しているのかなぁ。鎌倉時代からこのかた、大概の日本仏教は「自分は凡夫」をスタートにしてる。中学校でやったと思うんだけどなぁ。でも、お坊さんイコール仏様、と勘違いしている人、いるんですよね。霊能者みたいな?
でもきっと、「つけこまれた」ことがあるんでしょうね、大変でしたね、それは。
丁寧な言葉を使っても、騙されないよ…それはいいことだ。政治家の言葉とか、笑っちゃうこともあるよね。でもなぁ、騙そうと思って丁寧な言葉を使ってると思うなら、そこは間違いだね。特にここでは、気どる必要ありませんから。相手に寄り添おうと思って、ではないかな?

ということで、いくつか書いてきたけれど、私の最初の理解、「私は気概ある坊さんに会いました」というご報告なのかな?この理解、合ってる?そこは、できたら教えて欲しいです。

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一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊...

不敢軽慢

かぶ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

自省申し上げます。

かぶ様も発心を起こされて、確かなる仏道を歩まれましたら、きっと仏さまに御成りになられることができますでしょう。

是非、これも機縁とし、より深く仏教を修習なさられていかれて下さいましたら、有り難く、尊いことでございます。

共に頑張って参りましょう。

「我深敬汝等 不敢軽慢 所以者何 汝等皆行菩薩道 当得作仏」

我深く汝等を敬う
敢えて軽慢せず
所以は何ん
汝等皆菩薩の道を行じて
当に作仏することを得べし

法華経・常不軽菩薩品第二十より

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

質問者からのお礼

そんな坊さんに会いました。
これまで、人から殺されかけたり、裏切られたり、隠蔽されたり。人は信じられないと思ってました。
ある時、坊さんにであいました。私の弱さ甘さを言い、厳しい言葉をもらいました。でも、信用しました。感謝さえ感じました。
ところが、あることで具体的な提案をされました。私は、いろんな事から、それは出来ないと思いました。
坊さんは見放しました。
それだけならよかった。
同じような事が坊さんに起こりました。坊さんは私にアドバイスしたように自分も行動したが、立場が悪くなり、恐れおののき、私にまで文句を言ってきました。
知らねーよ!てめえの判断だろうが!あほか!

今言えることは、アドバイスを受け入れて行動しなくてよかった。
やっぱり人は信用してはいけないとわかったことです。

菩提寺を変えることにします。

お返事ありがとうございました。

讃岐さんに賛成した坊さん数が一番多い。
賛成した坊さんたち。がんばってください。

「お坊さん・僧侶全般」問答一覧

嫁ぎ先がお坊さん便を使うこと

死後の世界はわからないものだとこちらでも他質問でいくつか拝読いたしました。 現代では亡き親族の供養の仕方は様々かと思います。いろんな考え方があって当たり前だと思うのに、いざ自分のことになると気持ちがついていきません。 私は名家出身とかでは全くないですが、両親はあるお寺の檀家として必要だと思うことはやってきておりました。父は亡くなっております。 私自身、それが普通だと思って生きてきまして、嫁いだら私の実家のお墓に入れなくても、宗派は違えども、嫁ぎ先のお墓・御先祖を大切にし、供養や法要等やるものだと思っていました。 しかし、主人の実家では檀家などの概念がありません。そのような考えがない方も現代にはいらっしゃると分かってはいます。 こちらでも、葬儀は必要なのか、法要は必要なのか、お墓は必要なのか、、、などと、類似の質問はあるかと思います。 ただ、義祖父の亡き後、葬儀はお坊さん宅配便…法要は最低限…。なんだか寂しいような、理解できない気持ちになってしまいました。 ですが、そのときに来ていただいた和尚さまには私としては感謝しかありません。 私自身、正直仏教について詳しく存じている訳では全くありませんのでこのような質問をさせていただくこともどうかとは思うところもあります。 ただ、気持ちの置き所をどうしたら良いのかわかりません。厳しいお言葉でも構いません。何かお示しいただけたら幸いと思い、質問をさせていただいました。よろしくお願いいたします。

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乞食と喜捨に関する考え方

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実家が寺で、仏教系の大学に通っている僧侶見習いです。 僧侶が社会システムにおいて必要とされる意義が「人に仮初の夢を見せて心のケアをする」以外しか見いだせなくてこれからの将来に絶望しています。 僧侶は、昔みたいに医者の代わりや教員の代わりをする訳でもなく、月回向や葬儀関連で人々の心を慰めるくらいしかしていません。 僧侶が利益(りえき)を得ることを人々は否定します。実際、聖職であるが故に本来は金銭を対価に何かをするというのはあまりに俗に塗れているような気がします。布施はそれ自体が神聖なものであることは分かっています。 しかし結局のところ、(観光という商売をしている寺は除いて)寺やそこにある僧侶という存在は「嘘をついて金を檀家さんや信者さんから貰う」ものに過ぎないのではないか?と思ってしまっているのです。 道徳を説くならそれはカウンセラーでも哲学者でも構わないわけです。 では僧侶が持つ他とは違うアイデンティティとは何かと言ってしまえば「仏教という仏になる為の指針」なのですが、結局のところ今の今まで人の身で完全に釈尊(応身)と同じステージに立った者もいない訳で。 本当に仏となることが出来るかも分からない教え、しかも数多の偽典があるであろう経典の内容を引いてきて、悩める人々に滔々とそれを説く。自分の中ではこれから自分がなる僧侶という職は、そんなもののように思えてしまいます。 私よりも遥かに経験を積み、たくさんの経典を読んだここにいらっしゃるお坊さんの方々に、私の悩みをただ、聞いて欲しいです。そして願わくは、自分の中の仏教に対する、僧侶に対する悪感情を解く何かを教えて欲しいです。 散文的になってしまい、申し訳ありません。宜しくお願いします。

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