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戒名・法名について。

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戒名・法名は、人が亡くなり仏になった事の名前だと良く聞くのですが、以前戒名等を調べた時に、生前に付けてもらっても良いと書かれていて、ミドルネームと一緒みたいなものだとも書かれていました。
何時から法名・戒名が、亡くなった時に付ける名前と言う認識に変わったのでしょうか?
それと、今は戒名・法名も付けない人が多いと
最近TVで見ました。
主人も付けなく良いと言っていますが、どうなんだろう?と、考えています。
実父が亡くなった時に遺言で、葬式するな・お骨拾うな・法名付けるなと言われましたが、結局法名をつけました。
生まれた時に付けてもらった名前が有るから良いと言う考え方も確かに出来ますが、どちらが良いのか分からないので、アドバイスをもらえないでしょうか?

2016年3月17日 18:23

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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

戒名要らん = オレは自己中エゴエゴ教でいい を意味します

我々僧侶はみんな生きているうちに、生きながら戒名で生きています。
私の場合は「〇?覚元」が戒名に当たるものです。
ただし、誰であっても戒名をもらっただけでは、まだ人として半人前、と言っておきます。
なぜなら仏教は、戒名をもらってOKではない。
戒名を頂いて「仏の道に適った生き方」をしていなければ嘘ラベル。偽装ラベル。
「イイ人」でないのに仏の名前は付けられない。
付けられたからには「イイ人」であるように生きる。
亡くなった人の場合はもちろん遺族の方々がその課題です。
「お布施高けー」という人も居ます。安くもできます。
それよりもあなた自身の自分ラブな人生はいつ終わるのか?という問いかけ無しに戒名もホーリーネームもありません。
仏の道に適っていない生き方とは、自己中心的な生き方。エゴ、自分ラブ、マイ思想。
そういう生き方をしていると必ず苦しむ。
自分のことしかないから、世の中なんて良くならなくてもいいと思っている。
それではいかんと思う人は菩提心を起こす。世の中ガツンとよくしたいと思って自分のエゴを捨てて、精神向上、世のためになる事をする。
その為には、まず自分の精神が大切です。
私は戒名を頂いて、そして、ここで皆さんに人間としての最高の在り方を説いています。
死んでからでは遅いのです。
生きているうちにそういう人間になろうとする誓いが無ければあらゆる人間は無宗教者で死んでいくからです。
無宗教=自分のためだけに生きている姿なのです。
もちろん無宗教でも、無自覚にエゴを離れて仏教的な生き方とリンク・重なって生きている方もおられます。大切なのはラベルより、実質。素敵なラベルを頂いたならそれに恥じない生き方をすることです。

2016年3月18日 1:59
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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 坐禅会 法話・提唱会 毎週...

生前戒名が本来の姿

戒名・法名は、仏弟子になったときにいただく名前で、本来は生きているときにつけるものです。私たち僧侶は、得度を受けた時にいただきました。一般在家の方も生前戒名をいただいている方は結構いますよ。宗派によって異なりますが、1日ないし数日の講習と儀式に参加していただく場合が多いようです。菩提寺等のご縁のある寺で尋ねてみてください。毎年ないし数年に一回、行事をしているところがあります。また、随時戒名を授けていらっしゃる宗派もあるようです。
死んでから戒名を付けるのは生前ご縁のなかった方に後付けするもので、日本では千年以上前から行われたようです。

2016年3月17日 20:41
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おきもち

高野山真言宗大僧都。高野山本山布教師心得。高野山大学密教文化研究所研究員。...

名前が本体ではない

「戒名・法名はどうなのか」という論点は半歩ズレています。と言うのも、不殺生戒や不邪淫戒などの戒を受け、出家をする受戒(授戒)が本体であって、名前が本体ではないからです。(ただし浄土真宗さんはそもそも戒が存在しない特殊な宗派ですので例外。この回答でも言及しません)

ここが分かっていないからマルチメディアの葬儀観は素人論なんです。ああいうのは間に受けないで下さい。仏教系新聞の社説でも、観光系の記事はともかく「少しでも社会性を帯びた番組や記事」は「質の低い」「基本的知識に欠ける」と酷評されています。
http://www.chugainippoh.co.jp/editorial/2016/0316.html

さて、受戒というのは仏教では世界共通です。実はインドでも死後に葬儀で受戒するそうです。というか下のリンクを読むと形は違えど本質的には日本の葬儀と同じことをしているようです。少なくとも禅宗とは。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~zen9you/pada/syokus.htm
私はラオスで修行しましたが、ラオス仏教(タイ仏教の系譜)でもお坊さんがお葬式をします。誰だよお坊さんが葬儀をするのは日本だけとか言ったの!酷い大嘘やん!

受戒は生前が望ましいというのは私も同じ意見です。一日でも早い方がより善いです。
ただし出家するということは、お坊さんとしてのアイデンティティを得るのではなく、俺が俺が私が私がという自分勝手を抜いた状態なんです。だから人としての自分を終え、大自然に還ってゆくその時にスーッと効いてくるわけですよ。ご遺族への法話を込みとして。
親しい人を送り出すことを通じて、遺された人が自分自身の生き方を考えるのです。タイ仏教では親の葬儀で子が受戒します。受戒する主語はどちらでも良いのですが、結局はその受戒に触れる全ての人に、仏道のある生き方を考えていただきたいのですよ。

だから「私のために葬儀をしないでほしい」というご自分の希望はできるだけご遠慮いただきたいと思います。生命のことはいくら本を読んでも、ドラマや映画を見ても、本当に大切なところは学べません。実体験として実感するしか無いのです。そこで誰でも学べる機会が葬儀から供養へと続く一連の送り出しであり、その学びに善い方向性を与えるのが仏教です。お葬式の本質は名前ではなくコッチです。

2016年3月18日 11:36
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おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

私の意見は

戒名は元々生前に出家して僧侶になった時に与えられる名前です。
僧侶の証です。
そして、僧侶となった人は修行により覚りを目指すのです。

それが鎌倉時代、浄土宗などのように、生前に出家して修行して覚りに至ってなくても、阿弥陀仏にお願いして極楽浄土に連れて行って貰えばいい。
極楽浄土で仏様やご先祖様と共に修行して覚りを目指せばよい。
という教えが広がって、死後に僧侶になる儀式を行い、戒名が付けられるようになったようです。
死後に僧侶となって極楽浄土で覚りを目指すのです。

ただし、浄土宗の宗祖法然上人は極楽浄土に行く方法は、極楽浄土を作った阿弥陀仏にお願いすればいいと仏典は示していると教えています。
お願いするとはつまり南無阿弥陀仏と唱える事であります。
浄土真宗でも唱えているでしょう。
(もっとも浄土真宗では阿弥陀仏に救われることを感謝して念仏を唱えると思いますが。)
なので、戒名が無くても、南無阿弥陀仏と唱えれば極楽浄土に行けるのです。
極楽浄土に行ったら多くの仏様が居られるので、そこで仏門に入り戒名を貰うこともできるでしょう。
そう考えると、無理して生前に戒名を付け無くてもいいかもしれませんね。

他にもいろいろな考え方があると思います。
あなた達が納得する考え方を見つけてください。
一緒に勉強しましょうね。

2016年3月17日 21:26
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おきもち

私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...

新しい世界で、まっさらさらな名前をいただく。

 「お戒名」とはその名の通り、仏弟子(お釈迦さまのお弟子さま)になるための戒を授けられ、仏弟子となった証として付けられるものです。つまり、本来は生きている人が出家する時に付けてもらうものです。

 出家するって事は、今までの事は全部捨てて、誰も知らない新しい所で修行の身になるって事です。人生のリセットですね。ちょうど亡くなった時みたいですよね。曹洞宗のお葬式は、亡くなった方に戒と戒名を授け、お釈迦さまの弟子とさせる内容となっております。

 あなたがもし、今までの人生を全部捨て、全部リセットして、新しい世界で、誰にも見つからないように、もういっちょがんばってみたい、と思った時、どうでしょう?やっぱり新しい自分に新しい名前が欲しいですね?新しい世界で、まっさらさらな名前をいただく。それが戒名だと思うんです。

2016年3月17日 22:31
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おきもち

・曹洞宗/静岡県/40歳代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが...

私も戒名要らないかも

遺言で、葬式するな・お骨拾うな・法名付けるなと言われても、
送る側の気持ちとして供養で何かしてあげたいものですね。
送られる側の気持ちも分かりますが、
送る側の気持ちを理解しての遺言なのでしょうか?
どちらが良いというよりも、自分が良いと思えばどちらもアリと思います。
形より気持ちが大切と思います。

2016年3月17日 23:53
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おきもち

50代、妻と娘2人。 若い頃はタイやインドなどアジアを中心に10年程旅行...

質問者からのお礼

渋谷宗寂様、やはり生前に戒名を付けてもやはり良いんですね。
戒名の頂き方まで教えて頂いて、ありがとうございました。

聖草様、前回の質問にも丁寧に回答して頂いて、ありがとうございます。
宗派によって、戒名に対する考え方が微妙に違うんですね。
もう少し自分なりに、戒名・法名を勉強してみます。

光禪様、戒名に関する新しい考え方を教えて頂いて、ありがとうございます。
今色々な意味で、もう一度自分を見直したいと
思っているので、今が戒名・法名を貰う時なのかと思ったりしました。
ありがとうございました。

水上昇真様、父がお葬式に関するテレビ番組を見て、この様な事を私に話してくれました。
理由を聞いてみたら、孫や娘達にお骨の面倒を見させるのが嫌と言う事と、葬式で無駄なお金を使わせたくないと言う事でした。
父らしい遺言だなと思いました。

皆さん、本当にありがとうございました。

丹下覚元様、回答して頂いて、ありがとうございました。
戒名・法名は、付けてもらった後の生き方も凄く大切なんだなと初めて知りました。
もう一度、戒名・法名の意味を考えてみたいと思います。
素敵な御言葉、ありがとうございました。

大慈様、回答して頂いてありがとうございます。
まず父の葬儀ですが、簡素では有りますが
娘が出来る最後の親孝行だと思い、真宗大谷派の御住職にお願いして、葬儀をしました。
戒名・法名ですが、主人はともかく私個人は
まずは、親に付けてもらった名前に恥じない生き方が出来ているかなと皆さんの回答を読んでいて思いました。
個人的には名前に負けない生き方が出来ているとは思えない自分がいます。
なので、もう少し自分の名前に自信が持てる様になってから、法名・戒名を考えてみたいと思います。

御住職方、本当にありがとうございました。

「戒名」問答一覧

赤ちゃんの戒名(位牌)について※長文です

初めて質問させていただきます。 3週間前に愛娘が病気で亡くなりました。生後6ヶ月の赤ちゃんです。悲しみに浸るまもなく、あれよあれよと葬儀を終え、来月四十九日の法要をする予定です。 本位牌を手配するため戒名の意味など調べておりました。 義実家の菩提寺は天台宗で、普段よりお付き合いは全くなく、私はこの度初めてそのお寺の存在を知りました。そちらで書いていただいた仮のお位牌 では「満6ヶ月」と「数貮歳」の2つの表記があり、私に数え年の知識が無かったものですから、「なぜ2歳なのか?」ととても気になりました。電話をかけてご住職に伺いましたところ、数え年について説明もいただき、本位牌には両方入れてもどちらかだけでも良いとの回答をいただきました。自分でも数え年についていろいろ調べ、2つ書いていただいた意味も理解できましたが、本位牌には「満6ヶ月」だけにしたいと思いました。なぜなら私の感覚では娘は0歳の赤ちゃんで、病気のため身体も新生児ほどの大きさしかなかったのに、2歳という言葉(年齢)はあまりに違和感があるからです。 さらに戒名自体については、主に1歳くらいまでの赤ちゃんには「嬰女」、2~3歳くらいには「孩女」という位号をつけることが多いと言われているそうですが、うちの子は「孩女」とつけていただいていました。おそらく数え年で2歳だからなのかと思ったのですが、ここでも物凄く違和感を感じてしまい、なんだかモヤモヤしています。一瞬、「嬰女」に変えていただきたいとすら思いましたが、再度お電話差し上げる勇気もないですし、つけていただいた戒名に難癖つけたいわけでもないです。ただ、数え年を使う意味やメリットには、宗教的な考えもあるでしょうが、昔の時代背景による簡便化といったことばかりが出てきて、この戒名にちっとも納得出来ません。私は無宗教ですし。数え年で戒名をつくることに、少しでもプラスに考えられるようなお話があれば是非お聞かせ願いたいです。「昔は面倒臭かったから」なんてことではない理由が知りたくて調べているのに、調べれば調べるほど墓穴を掘ります。2歳の戒名でも良いんだと思えるようなお話をお願いします。可愛い可愛い愛してやまない娘です。モヤモヤしたまま位牌は作れないです。どうぞよろしくお願いします。

有り難し有り難し 13
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法名の頂き方について

法名のいただき方について教えてください。 死んでからだと自分の法名を知る事ができないし、また法名を知っておきたいという理由もあり、生きているうちに法名を頂ければと思っています。 祖父母が亡くなった時は菩提寺経由で法名を頂きましたが、浄土真宗本願寺派(我が家がお世話になっている宗派です)のホームページには帰敬式を受式する事によって法名を頂けるとありました。 信徒ではありますが、まだ本山に行った事がないので、近い将来、帰敬式受式及び、参拝に行きたいと思っています。 この場合、法名は直接本山から頂く事になると思うのですが、いつもお世話になっている菩提寺に「法名を頂きに行ってきます」「法名が欲しい」といった事前相談はしなくてもいいのでしょうか? 法名を内願する場合は菩提寺からの申請とありますが、特に希望しない場合は、相談する必要はないのでしょうか? あと、あるサイトに「自分の名前を一文字入れておかないと、死後、法名を見ただけでは誰なのか分からないので、内願はしておいた方が良いかもしれないです」とありましたが、やはりそうなのでしょうか? 私は今のところ独り身なので、合同墓地を希望しています。 家の墓はありますが、将来的に兄家族が入ると思うので、私は入れないと思いますし、仮に入れたとしても入る気はありません。 なので、法名で「この人誰?」といった事にはならないと思っています。 法名について深く考えた事がなく、無知で恥ずかしい限りですが、ご教示いただけますと幸いです。 どうぞよろしくお願いします。

有り難し有り難し 11
回答数回答 3

お金が無く火葬しか出来ず未だに戒名お経もできません。

初めまして。よろしくお願い致します。 昨年実の父が102歳で他界しました。長い間の寝た切りの介護の 末老衰でした。その間の介護費用はかなりの出費で私は 苦しんできました。私も15年前に主人を亡くしており 不動産はありますが、年金の現金がなくほとんど父の 入退院などと自宅介護費用に消えてしまいました。 高齢ですし準備をするにも月1万円の貯金もできずに 20年間介護をし続けました。しかしお金以外は苦痛でも何でもなく 辛いと思った事もありませんでした。 むしろ介護中から父はもう世話になるばかりで長生きしすぎた とすまない、申し訳ないを繰り返すばかりでもしもの時には もう昔のような葬儀は行わないで家族3人(孫、ひ孫)で送ってほしいと 言われ続けていました。又高齢なのに「これからはそんな時代だから 気にしないで」と言われ続けましたがいつもそれを聞くたびに泣くばかりでしたがとうとう旅立ってしまいました。 本当にお金はすっからかんでしたので火葬だけで済ませましたが お住職さまを呼ぶお金も枕経も戒名もなく未だに遺骨だけです。又 余りの悲しみに欝状態になり寝込んでしまいました。 それでも日々お経をあげてあげたい戒名も付けてあげたいと思い つづけています。49日をしないと故人が迷って次の世に行けないという文などを読みますと涙がとまりません、ご先祖様の中で窮屈な想いしてるだろうと想うと情けなく可愛相でしかたありません。 そこでお尋ねします。本当に父は成仏していないのでしょうか? 私は住居にしている不動産維持のお金に消えてしまう 生活費だけでも今は苦戦しています。 又これからお金もないし父は浮かばれるでしょうか せっかく立派な先祖を 自分が立ち切ってしまった無念さで一杯です。 私自身は「真言宗」でしたが実家は『曹洞宗」でした。 知り合いもなく曹洞宗とは一体何をどうすればいいのでしょうか? これまでの不義理を戒名とお経をしていただくのに3万円ほどしか 今はありません。納骨の費用も捻出できません。 今私が出来ることを教えていただけないでしょうか? お線香をあげて貧乏で待っていてと言うばかりです。 曹洞宗はどのようになっているのでしょうか?どうすれば 成仏して先祖のもとにいけるでしょうか教えて下さい。 ご指導下さい。よろしくお願いします。お願いします。助けて下さい。

有り難し有り難し 20
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